1-超音波系アイドル・ラゴラちゃん

「はな……びと……?」

 ユキは首を傾げる。

「はい! 花人です!」

 大きな声でそう言いながらラゴラはぴょんぴょん飛び跳ねる。

「花人……」

 ユキはラゴラをじっと見つめる。

「どうかしましたか? そんなに見つめられると私、照れちゃいますッ‼」

「照れてる人はそんなに元気よく言いません。……人間とほとんど変わらないんですね……」

 魔物の体に人間の精神を入れたステラは例外として、ユキの周りで人間以外の種族といえばサラマンダーくらいだが、彼とは違ってラゴラの見た目は人間とほとんど変わらない。頭に花が咲いているくらいの違いしかない。

「おや! もしかして人間以外の種族を見るのは初めてですか⁉」

「いや、初めてって訳ではないんですけど、私の知り合いの竜人りゅうじんはあんまり人間っぽくないので」

「なんと竜人のお知り合いが! それなら仕方ありませんね!」

「は、はあ……」

 1人で納得してしまった。せめて説明くらいは欲しいのだが。

「こらこら、ラゴラさん。ユキさんが困ってらっしゃいますよ」

 そこに助け舟を出したのはマネージだった。

「この世界には獣人じゅうじんや竜人、ラゴラさんのような花人など、いろんな種族が住んでいます。昔はどの種族も特徴的な見た目をしていたらしいんですが、人間と交流を始めた頃からどの種族も段々と見た目が人間に近づいていったんです。今となっては昔のままの姿でいるのは、何百年も生きている者か、竜人くらいです。不思議なことに竜人だけは今もほとんど見た目が変わらないんですよねえ」

「なるほど」

 まさか1日に3回も講義を受けるとは思わなかった。しかもアイドル関係の話でアイドルに全く関係ない講義を受けるとは、世の中何があるか分からないものだ。

「さて、お話も一段落したところで、本部の中をご案内しましょう」

「分かりました」

「あ、私もついていきます! 何だか面白そうなので!」

 マネージの後に続き、ユキとラゴラは歌声前線の本部へと入っていく。


「ここは録音室。曲を作る部屋になってます。アイドルは見た目にも気を使いますが、やっぱり歌が上手くないと誰も振り向いてくれませんからね」

 マネージに最初に案内されたのは、いろいろな機械が置かれている部屋だった。

「この響音器きょうおんきを使って音を記録するんです! 記録した音は集音装置が自動的に音版にしてくれるんです!」

 部屋の中だとより大きく響く声で説明しながら、ラゴラは正方形の部屋の中央にある物を指さす。

 それはライブや演説などでよく見る長いマイクスタンドのような、というよりマイクスタンドそのものにしか見えなかった。マイクがセットされたマイクスタンド。この2つが合わさって響音器。おそらく使い方もマイクと同じなのだろう。

 響音器からは何やらコードのような物が伸びていて、箱型の装置に繋がっている。これが集音装置。もはやマイクとスピーカーにしか見えない。

「この集音装置に何の音も入っていない音版を入れて……」

 ラゴラは録音室の机に置いてあった正方形の板を手に持つと、集音装置の側面のフタを開いて中に入れる。

 ユキもなんとなく机の上の音版を手に取ってみる。カセットテープのようなモノかと思ったが、中にテープが入っているようでもないようだ。見た目でいえば1番似ているのはフロッピーディスクだ。最近だと知らない人も増えてきたアレである。

「それじゃあ、歌いますよー!」

 ユキが音版とフロッピーディスクに思いをはせていると、集音装置に音版をセットしたラゴラが響音器の前に立つ。

 そして


「ぴええええええええええええええええええええッ‼」


 とてつもない絶叫が部屋の中に響いた。元々のラゴラの声の大きさ、マイクとほとんど同じ機能を持つ響音器による音量の増加、壁に反射した音、ありとあらゆる要素が混ざり合って部屋に地獄のような数秒間が訪れる。

「な、何が起きて……?」

「す、すいません……ラゴラさんって元々声が大きいのに加えて、叫ぶのが好きらしく、歌おうとするとああなってしまうんです……」

 クラクラする頭を押さえるユキに、同じように頭を押さえながらマネージが事情を説明する。

「あ、この響音器、スイッチが入ってないです! やり直さなきゃ!」

「え?」

「へ?」

 耳がキンキンしていても、ラゴラの大きな声はよく聞こえる。だからこそ、カチリとラゴラが響音器のスイッチを入れた瞬間、2人はとっさに耳を塞いだ。


「ぴええええええええええええええええええええッ‼」


 再び響く大絶叫。耳を塞いでいてもそのうるささは身に染みる。

「これでよしです!」

 1人納得したように頷くラゴラ。

「……マネージさん? 歌が上手くないと誰も振り向いてくれないんじゃ?」

「い、いやホラ、彼女見た目はいいんですよ? それに哀愁系の曲はキチンと叫ばずに歌えるんです。今何を歌おうとしたのは分かりませんけど……」

 ユキはマネージを横目に見る。マネージは必死に言い訳する。

 歌と言うよりはただの叫び声。耳を塞いでいてもその破壊力は感じ取れる。まあ、魂はこもっているかもしれない。

「これでよし! これで音響器を通して集音装置の中の音版に私の歌声が記録されたハズです。確かめるために再生してみましょう!」

「は?」

「い?」

 ラゴラは満足気に頷きながら、集音装置にたくさんついているスイッチの1つを押した。


「ぴええええええええええええええええええええッ‼」


 泣きっ面に蜂。踏んだり蹴ったり。弱り目に祟り目。一難去ってまた一難。そんな言葉にプラスアルファを付け加えたくなるような、3度目の地獄がユキとマネージを襲った。

 それはもう、音に違いなどなく、完璧な再現だった。

 電話やラジオから聞こえる声と、実際に生で聞く人の声に多少の違和感を感じるような、そんなちょっとした音のズレもなく、ラゴラ本人の声そのものだった。

 本人の本気の絶叫だった。

「どうですか⁉ すごいでしょう⁉ 音版ってこんなに簡単に作れるんですよ!」

 満面の笑みを浮かべるラゴラに対して、ユキは疲れ切っていた。まだ案内され始めたばかりだというのに先が思いやられる。

 アイドルって何だっけ?


「ここが会議室になります。アイドル達の打ち合わせや企画の提案、外部からやって来た人との商談など、ありとあらゆる話し合いがこの部屋で行われているのです」

 次にやって来たのは会議室。広い部屋に長い机がロの字に並べられ、たくさんの子が置いてある。部屋の壁にはホワイトボードがとりつけられている。

「しかし、ここに来れば誰かしらが打ち合わせをしていると思ったのですが、狙ったかのように誰もいませんね……」

 マネージの言葉通り、会議室にはマネージ達3人以外誰もいない。これだけ椅子があっても人がいないとなんだか物寂しく感じるものだ。

「これだけがらんとしていると、なんだか叫びたくなってきますよね!」

 ラゴラが目を輝かせる。

「だ、ダメですよ⁉ さっき十分叫んだでしょう⁉」

 そんなラゴラにマネージは顔を青くして止める。さすがに4度目の悲劇はもうこりごりだ。

「貴方の叫び声は他の部屋や他の階にも響くんですから、録音室以外で全力で叫ぶのはダメですよ?」

「はーい……」

 マネージの教えに少ししょぼくれるラゴラ。まるで学校の先生と生徒のようだ。

 ユキは口を挟む暇もなくただただ会話を黙って聞いていた。そんな時だ。

「なーんか騒がしいな……あれ? マネージさんにラゴラちゃんに……どちら様?」

 ユキの隣に見知らぬ男がやって来た。肩までかかる髪を左右に分け、ヒゲを生やしてサングラスをかけたその男はアイドルという見た目ではない。

「ああ! コンポーさん! お待ちしておりました!」

 男を見るなりマネージは嬉しそうに手を合わせる。

「あの、マネージさん。こちらの方は?」

 ユキが聞くと、マネージは待ってましたとばかりに口を開く。


「こちらはコンポー・ユーゴーさん、ハクマ王国でも有名な作曲家さんです!」

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