5-囚われ体質な彼女

「あれあれあれ? 店長、冷凍庫に魚入ってないわよォ? 買い忘れた?」

 ストラーテとプライネルの2人が来た次の日の朝早く、『俺の料理屋』で開店準備をしていたサラマンダーは、冷凍庫の中を見ていたヒルマの言葉に赤い顔を青くした。

「あ⁉ 無い⁉ もうなくなったのか⁉ 仕入れ先が来るのは明後日だぞ⁉」

「あ、貝類ならあるわよォ。買い忘れてないわ貝だけに」

「上手くねーよ! おーい、ユキー!」

 焦った様子のサラマンダーに呼ばれて店の掃除をしていたユキは奥の調理室に顔を覗かせる。

「どうかしました?」

「ちょっくら集合商店の早朝コーナーで魚買って来てくれ! 掃除は俺がやっとくから!」

「分かりました。行っています」

「おう! 急ぎで頼む!」

 サラマンダーは紙とペンを持って来て手の平の上でサラサラと器用に買い物リストを書くと、それをユキに渡した。

 紙を受け取るとユキは小走りで店から出て行く。

「あー、朝から慌ただしいなァ……仕方ねえ、魚料理は最悪午後からにするか……」

「あれ? 店長、ユキちゃんにお金渡したァ?」

「あ? あ……しまったアアアアア! ユキ! ちょっと待ってエエエエエ‼」

 サラマンダーは全力疾走で店から出て行く。

「おはようございまーす」

「あ、ジエルちゃん」

 サラマンダーが店から出て行った後、入れ替わるようにジエルが入ってくる。

「小走りのユキと全速力の店長とすれ違ったんだけど、ヒルマさん何か知ってる?」

「ああ、朝からちょっとバタバタしててねェ。まるで陸に上がったお魚みたいに……あ! 今の例え、中々イケてるんじゃない⁉」

「え、ええ?」

 自画自賛するヒルマにジエルは状況が分からず首を傾げるばかりだった。


 ケジャキヤ集合商店には早朝コーナーと呼ばれる場所がある。他の場所よりも早くに開店し、肉や魚などの食品が、早朝だけの特別価格で売られているのだ。材料が足りなくなったの飲食店の他に家計を気にする奥様に人気があるのだ。

「えーと、メモに書いてあるのは……」

 朝早くではあるが、客の数は予想よりも多い。

 忙しく目を動かしながら、ユキは店の中を歩く。紙に書かれた魚の名前と売られている魚に表示されている名前を1つ1つ見比べていく。ずらりと並んだ魚と、それを冷やす大量の氷。魚と言えば基本的に切り身ばっかり見ていたユキにはなんだか新鮮な光景だった。しかし、魚を探すのにも時間がかかる。コンビニのバイトでは生肉や生魚を売る経験なんてしたことがない。そのうえここは異世界だ。現実世界でさえあやふやなのに、異世界の魚の種類なんて分かる訳がない。

「すいません、モーサンってこの魚で合ってますか?」

「はい、こちらがモーサンになります。他に何かお探しですか?」

 困ったら店員さんに聞こう。人と話すのは苦手でも店の人に商品の場所を聞くのは簡単だ。

「えーと、あとはイエロヘッドとレレクマとエニダースと……」

 そうやって店員さんに確認してもらっている時だった。


「おらあ! 全員大人しくしろ! 動いたらぶち殺すぞ!」


 突然、叫び声と共に店の中に同じ格好をした人が何人も押しかけてきた。皆黒いマントを身に纏い、鳥のようなお面で顔を隠し、片手に小型のナイフを持っている。

「今からここは俺達『鳥面族ちょうめんぞく』が占拠する! お前らは人質だ! 逆らうんじゃねーぞ!」

 他は皆白い鳥面をつけているが、1人だけ色の違う黒い鳥面が荒々しい声を張り上げる。恐らくはリーダーだろう。

「ひ、ひいいぃい!」

 ユキの隣にいた店員が恐怖で逃げ出そうとする。

「動くなって言ったのが聞こえなかったのかテメェ⁉」

 そんな店員に向かって鳥面の1人が手を向けると、そこから火球が撃ち出される。火球は店員の着ていたエプロンをかすり、そのまま店の壁にぶつかって焦げ目を作る。火球がかすったエプロンに小さな火が燃え移る。

「う、うわあああああ⁉」

 さらに慌てる店員。混乱してどうしていいか分からない様子。このままではマズイ。なんとかしなければ。

 そう思って火を消す物を探そうと周りを見れば、魚が置いてある棚のすぐ横に、バケツが置いてあった。反射的にバケツを持って中身を店員にぶっかける。

 バケツから勢いよく水と小さな貝が飛び出し、店員はずぶ濡れ、床には貝が散乱するが、火は消えたようだ。

「あ、ありがとうございます……つめひゃい……」

 夏だと言うのに、少し震えながらお礼を言う店員を見て、なんだかリアクション芸人を見ているような気分になった。こんな状況だというのに。

「ふん、命拾いしたな。次はねえぞ?」

 リーダーらしき鳥面は店員から目を離し、ぶっきらぼうにそう言った。他の鳥面達はコーナーを囲むように並び、買い物客や店員達を威圧して1ヵ所に集める。

「……騎士団を待つか……店長、魚料理は諦めましょう」

 周りがただただ怯える中で、ユキは1人『俺の料理屋』の事を考えていた。諦めて大人しくしていようという気持ちもあるのかもしれないが、ここ最近似たような出来事が続いているせいで少し感覚がマヒしているのかもしれない。


 肝心の『俺の料理屋』では。

「店長、外の掃除終わったよー」

「おうジエル、ご苦労さん。もうすぐ開店だが、ユキは帰って来そうだったか?」

「いやあ、帰って来る気配は全然。それよりも店長、なんか外で噂してたんだけどさ、集合商店の早朝コーナーで立てこもりだって」

「はあ⁉」

 早くも噂が広まっているとかいないとか。


早朝コーナーが『鳥面族』と名乗る鳥の仮面の集団に占拠されてから1時間程経っただろうか。鳥面の1人がリーダー格らしき鳥面に駆け寄った。

「リーダー、どうやら騎士団の連中が来たみたいです」

「馬鹿野郎! リーダーって呼ぶなと突入前に言っただろうが! 鳥頭なのは仮面だけにしとけよ⁉」

 鳥面の言葉に怒るリーダーらしき鳥面。声を聞く限りどちらも男だろう。

「ええ⁉ そんなに露骨に『リーダーです!』って主張した見た目なのにですか⁉」

「こんなに露骨なんだから『もしかしたらアイツがリーダーなのかな?』って騎士団に思わせられるかもしれないだろォ⁉」

「リーダーなのかな? って、リーダーじゃないですか!」

「だーかーらー! 作戦だっつってんだろーが!」

 おめでとう、リーダーらしき鳥面はリーダーの鳥面にランクアップした。

 それはそうと、店の外には騎士団が来ているらしい。

 ケジャキヤ集合商店は売る物によって区分けされているが、早朝コーナーは集合商店の最も外側に位置しており、集合商店の出入り口の1つと繋がっている。他の出入り口はシャッターで閉められ、本来の開店時間にならなければ開かない。そうなると、早朝コーナーの出入り口は1つだけということになる。当然、鳥面族も騎士団も、最も注目するのはこの出入り口だ。

 店の外では騎士達が出入り口を囲むように半円を描いて並んでいる。そんな騎士達のさらに外側にプライネルは立っていた。

「隊長、プライネル隊、全員配置に就きました」

 イーベルがプライネルに駆け寄り報告すると、プライネルは頷いた。

「分かった、全員そのまま待機だ!」

 騎士達はその場から動かないが、腰の剣はいつでも抜けるようにしておく。

「そう言えば、ストラーテ隊はどうしたんですか? 出動命令はあっちにも出てますよね?」

「分からない……命令が出た以上、現場に向かってはいるハズだが……」

 イーベルの言葉にプライネルは首を横に振る。プライネル隊とストラーテ隊の仲の悪さを間近で見ているイーベルとしては、このままプライネル隊だけでやった方が平和に終わるのではないかと思ってしまう。

 仲間との連携を重要視するプライネル隊が、規律を信条とする隊だとすれば、ストラーテ隊は自由を信条としていると言えるだろう。個人主義で上の命令には従うが、基本的には好き勝手にやる奴らが多い。

 そんな自由なストラーテ隊の騎士の動きは、同じストラーテ隊の騎士でさえ分からない。


 で、そんな自由なストラーテ隊の中でも隊長という立場にいる人物が何をしているかというと。

「貴方、マーさんの店にいた店員さんよね?」

「昨日の騎士団の……隊長さん?」

「はい。王立騎士団ストラーテ隊隊長、ストラーテ・クリアブルーです」

 私服姿でユキと一緒に人質になっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る