4-探し物は何ですか?

 次の日。夏の月34日。

 新しい朝が来た! 希望の朝だ! 早速事件について調べてみよう! とはならないのが働く大人の・・・悲しいところだな、とジエルは『俺の料理屋』に向かいながら思うのだった。

「おはよーございまーす」

 いつものように挨拶をしながら開店前の店に入る。

「ああ、ジエルさん。おはようございます」

 店の中でやけに難しい顔で新聞とにらめっこしていたユキがジエルに挨拶を返す。何か気になる記事でもあったのだろうか?

「うーん? 右じゃなくて左?いや、もっと前の方の分岐で既に間違えてる?」

 覗いてみると、パズルコーナーの迷路をやっていた。読んですらいなかった。

「おう、ジエル、おはようさん」

「あ、ジエルちゃんおっはよォ」

 店の奥から雑巾やらモップやら水の入ったバケツやらを持ったサラマンダーとヒルマがやって来る。どうやら自分が最後だったらしい。といっても、この店に来る早さなんぞ競ったら、店に住んでるサラマンダーとユキには絶対勝てないのだろうが。

「よーし! それじゃあ、今日も1日頑張っていこう! 今日頑張れば明日は休みだ!」

 発破をかけるようにサラマンダーが叫ぶ。『俺の料理屋』では5のつく日と0のつく日、つまり5の倍数の日は定休日となる。

「明日は休みか。どのみち今日は仕事しないとだし、明日から本気出そう」

「ジエルさん? そのセリフはなんだか不穏なものを感じます……というか、何かやらかすんですか?」

 ユキはジエルの方を見ずに指で迷路をなぞりながら問いかける。

「その前にやらかすって何よ⁉ 別に悪い事しようって訳じゃないんだからね⁉」

「でもでもでも、私もジエルちゃんが何を企んでるのか気になったりしてェ」

 追い打ちをかけるように雑巾で窓を拭きながらヒルマが問いかける。

「ヒルマさんまで⁉ 企むって……」

「それで、お前さんは何をしでかすつもりでいるんだ?」

 トドメをさすようにサラマンダーがモップで床を拭きながら問いかける。

「ちょっと⁉ 揃いも揃って悪意のある言葉のレパートリーが多すぎない⁉」

 いい加減ツッコミ疲れてきた。まだ朝なのに。

「それで、結局ジエルさんは何をしようとしてるんです?」

 いつの間にか新聞を読むのを止め、雑巾でイスやテーブルを拭き始めたユキが改めて問いかける。

「べ、別に大したことじゃないわよ。えーと……あ、そうだ。ちょ、ちょーっと大人の女になるための秘密の特訓をするだけだから!」

 とっさの言い訳としては苦しいか? もしかして何か怪しまれてしまっただろうか。

「……はあ、そうですか」

「……へェ」

「……そうか、ホラ、掃除続けんぞ」

「ちょっと⁉ 途端に興味無くすの止めてくんない⁉」

 明らかにどうでもよさそうな声色で、3人はそれぞれの作業を続けながら返事をする。気付かなかくて良かったと考えるべきか、この対応に意義を唱えるべきか、それが問題だ。

「いや、だって、お前が大人の女性ってなんか想像できねーし」

「ムキー! いいもんいいもん! 絶対大人になってやるもん! 立派な大人の女性になってギャフンと言わせてやるもん!」

「まあまあまあ、落ち着いてジエルちゃん? 今のセリフで大人っぽさから遠ざかってるわよォ?」

 店は今日も平和だ。皆にはバレなかったが、何か大事なモノを失ったような気がするジエルだった。


 夏の月35日。

 いつも通りの1日を経て、ジエルの調査はようやく動き出す。

 最初にジエルが向かったのは図書館だ。

 ケジャキヤの図書館には小説、伝記、図鑑、地図などありとあらゆる種類の本が揃っており、雑誌や店の広告なども取り扱っている。当然、図書館には昔の新聞の記事も保存されている。

 しかし、文化財産の保護という名目で建てられた図書館であるため、貸し出した本を外へと持ち出すことが出来ない。図書館を出る際には、借りた本を返さなければならないという気まりがある。

 そのような決まりを作っているのだ。当然、図書館には読書用のスペースがある。しかし、中には何かの作業のために本が必要だったり、1日では読み切れないという人もいるだろう。そんな人のために、ケジャキヤの図書館には隣接した宿屋が建っており、図書館から直接宿屋に行くこともできる。その宿屋は図書館の付属として建てられているので、現状、図書館以外で唯一本を持ち出せる場所である。本を読んだり作業をしたりするための宿なので、普通の宿よりも料金が安いという特徴もある。

 この場にユキでもいれば、現実世界との違いに戸惑ったりもしたのだろうが、ジエルは身も心もハクマ王国のケジャキヤ人である。

 まあ実際のところ、わざわざ宿に部屋を借りるよりも本屋に行った方が良いだろうというのがケジャキヤの住人達の考えであるが。異世界の住人でもおかしいと思ったりするものはあるのだ。

「さてと、新聞新聞……」

 図書館に着くと、ジエルはまっすぐ新聞が置いてあるコーナーを目指す。新聞は直接触れないように、透明なファイルに入れられている。

「さてと、どれにしようか……毎朝新聞、読切新聞、うーん……ケジャキヤ日報でいいか」

 新聞といっても様々な種類がある。ジエルが選んだケジャキヤ日報は王都ケジャキヤで起きた出来事を中心に記事が書かれる、ケジャキヤの中でのみ売られている新聞だ。

 読む新聞の種類を選んだら、次はいつの新聞を読むか選ばなくてはならない。

「えーと、事件があったのは夏の月の33日だから……」

 つまりはそれ以降。33日より後の新聞に記事があるハズだ。『スペンシー家の悲劇』なんて呼び名までついているのだ。それなりに大きな記事になっているハズだろう。

「34日……35日……あ、この記事かな?」

 目当ての記事を見つけたら、ファイルごと受付へと持っていき、貸出申請をする。

「はい、貸出1冊、受理しました。戻す際は本棚に直接ではなく、受付の方までお願いします」

 受付のお姉さんの淡々とした言葉と共に、新聞の貸し出しが完了する。ちなみにこの図書館、月に3回子供達を対象に絵本の読み聞かせをするのだが、このお姉さんの場合読み聞かせも淡々と進めるためケジャキヤではちょっとした有名人なんだとか。

 早速、読書スペースに向かい、椅子に座って新聞を読み進める。


 スペンシー家にて奇跡の生還、ジエル・スペンシーちゃん

 夏の月の33日、ハクマ王国の王都ケジャキヤにて、ケジャキヤでも有名な宝石商、ストーネ・スペンシーさん(39)の自宅に強盗が侵入、ストーネさんとその家族、またストーネさん宅で働いていた使用人など、計8人を殺害した。また、善意ある一般市民の通報で駆け付けた騎士達によって、強盗団のメンバーは全員始末されたとのこと。

 調べによると強盗団は最近国中を騒がせていた「イフナ強盗団」であるとのこと。騎士団は今回の事件について、「これでイフナ強盗団は壊滅した。彼らによって国民の生活が脅かされることはもうないだろう」と語っている。騎士団がイフナ強盗団に逃げられずに済んだのも、早めの通報があったからだとのことだ。

 今回の事件ではストーネさんの家族、屋敷の使用人、イフナ強盗団、駆け付けた騎士達の一部など、多くの犠牲者が出てしまったが、奇跡的に1人だけ生き延びた人物がいる。ストーネ・スペンシーさんの1人娘、ジエル・スペンシーちゃん(7)だ。ジエルちゃんは自室のクローゼットの中に隠れていたが、強盗団のメンバーに見つかってしまい、殺されそうになったところを駆け付けた騎士、プレシス・プレシャス(21)に助けられた。記者が伺ったところによると、「ジエルちゃんを見つけられたのは偶然だった。彼女だけでも助けられたことは、この悲しい事件の中で唯一の救いだ」と語っている。


「プレシスさんが、私を助けた……」

 確かに、あの事件の時、ジエルは気が付いたらロックとプレシスによって保護されていた。だが、殺されそうになっているジエルを強盗から助けたのがプレシスだとしたならば……。

「やあ、ジエルちゃん」

 突然聞こえてきた横からの声に振り向くと、すぐ横にロックが立っていた。一昨日とは違い、肩から鞄をかけている。

「ロックさん。どうしてここに?」

「もしかしたらここにジエルちゃんがいるんじゃないかと思ってね。新聞は事件について一般人が調べるには1番大きな情報源だ。だから事件について調べているジエルちゃんはきっと図書館にいるんじゃないかってね。まあ、ありきたりな推理だよ」

 小さく笑いながらロックはジエルの隣の椅子へと座る。

「そうだ、ロックさん。1つ聞いてもいいですか?」

「うん?どうしたんだい?」


「10年前に事件が起きた時、一般市民からの通報を受けた騎士って誰だったんですか?」

「ああ、それはプレシスだ。彼女、血相を変えてスペンシー家が強盗に襲われてるって言って走り出したもんだから、よく覚えているよ」

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