4-アタシとお姉ちゃん
集合住宅。
ケジャキヤはハクマ王国の中心地であり、それはつまりその場所に多くの人が集まるということでもある。
人口の多いケジャキヤには、全ての人々に住む場所を提供するため、現実世界における集合住宅が存在する。マンションのような大規模な物はないが、2階建てのアパートはケジャキヤでも珍しくはない。
そんなケジャキヤにあるアパートの1つ。その2階の奥の部屋がジエルの住処だった。
「ほら、ここ」
「お邪魔するわね」
仕事が終わった後、ジエルは昼間出会った客をアパートに招いていた。
プレシス・プレシャス。
短めの髪に大人びた顔つき、高い身長の彼女は、まさに大人の女性と呼ぶべき見た目をしっている。
「座ってて、今お茶出すから」
「あ、ありがとう……」
床に敷かれた座布団に座るプレシス。部屋の真ん中にはちゃぶ台が置かれ、ちゃぶ台の真ん中にはお菓子の入った皿が置かれている。これで床が畳だったらと、日本人なら思ったに違いない。
「はい。ムギティーで良かった?」
ちゃぶ台にお茶の入ったコップが置かれる。
「え、ええ。ありがとう……」
お礼を言うプレシスの言葉はなんだか歯切れが悪く、顔色も良くない。
しばらく、無言の時間が続く。10年間、全く出会うことも話すこともなかったのだ。急に話すというのも無理な話なのかもしれない。
プレシスが黙っている間、ジエルは昔のことを思い出していた。
ジエルがプレシスと初めて出会ったのは、彼女がまだ5才の頃だった。スペンシー家の悲劇など誰も想像もしておらず、ジエルの両親も屋敷の使用人も生きていたあの頃のこと。
ある日、ジエルは父親のストーネを探して屋敷の中を歩き回っていた。
「お父さん、どこー?」
そして、客間の扉を開けると、ストーネの他に2人の男女がいた。男の方はドリルのように前に突き出た髪型、女の方は腰まである長い髪が特徴的で、2人共騎士団の制服を着ていた。
黒いソファーに座ってテーブルを挟んで向かい合い、ストーネと2人の男女は談笑している。
「ジエル、どうしたんだ?」
ストーネはジエルに気付くと、こちらに手招きする。
「お父さんに遊んでもらおうと思って」
「そうかそうか」
ジエルがストーネに駆け寄ると、ストーネは嬉しそうにジエルの頭を撫でる。
「娘さんか? ストーネ」
「ああ、可愛いだろ? ジエル、お父さんの友達のロックおじちゃんとプレシスお姉ちゃんだ」
「はじめまして。ジエルです!」
ジエルが笑顔で挨拶をすると、ロックとプレシスもまた笑顔になる。
「礼儀正しい挨拶ができるなんてすごいじゃないか。私はロック。よろしくね? ジエルちゃん」
「可愛いですねぇジエルちゃん。私プレシスって言うの。よろしく」
父親の紹介によってジエルはロックとプレシスの2人と出会った。当時からロックとプレシスは騎士団に所属しており、ロックはこの頃既に騎士団の中でも副隊長の地位にあり、一方のプレシスは入団したての新人だった。
ストーネは貴族であったため、少なからず騎士団との繋がりを持っており、宝石商の仕事の際に騎士団から人員を借りることもあった。また、ストーネの友人であるロックはよくストーネの屋敷に遊びだっり仕事だったりで寄っていた。
一方のプレシスはロックの部下として、ロックと一緒にスペンシー家を訪れることが多かったが、大抵の場合は幼いジエルの遊び相手となっていた。そうしてジエルと遊んでいるうちに、プレシスはジエルにとって姉のような存在へとなっていった。
「……まずは、今まで顔を見せないでごめんなさいね」
長い沈黙を破り、プレシスは頭を下げる。
「ううん、大丈夫。アタシのため……だったんだよね?」
ジエルの言葉にプレシスは頷く。
「私の顔を見ることでジエルちゃんがあの事件のことを思い出すんじゃないかって思うと、どうしても不安にね……」
「うん、ありがとう。でもアタシは大丈夫だからさ。それに、プレシスさんに会えない方がずっと悲しいし、苦しいから……できればこれからも会えたら嬉しいな?」
「そっか、そうだよね……会えないのは寂しいもんね……ありがとうね」
ほっとしたように2人は笑う。ぎこちない会話ではあったが、また昔のような関係にもどれそうな気がした。
「ところでプレシスさん、髪切ったんだね。比較対象が10年前だからいつ変えたの? とか気軽に聞けないけど」
「うん、気分転換みたいなものかな?」
「アタシはもっと髪伸ばして大人の女になりたいなー」
「さすがに髪だけじゃ大人っぽさには繋がらないと思うけど……」
話していくにつれ、会話はどんどん滑らかになっていく。昔を懐かしむというよりは、昔を取り戻すように、言葉が溢れてくるようだった。
「それじゃあ、明日も仕事だからそろそろ帰るわね? 今日は久しぶりに会えて本当に楽しかったわ」
「うん、またね」
夜も遅くなってきた頃、プレシスは帰っていった。1人になった部屋でジエルは半分に畳んだ座布団に頭を乗せて横になる。
胸がドキドキしているのが分かる。久しぶりにプレシスに会えた感動がまだ残っているのだろう。
「……今日は良いことがあったんだし、明日から頑張って調べよう」
自分に言い聞かせるようにそう言うと、ジエルは起き上がって晩御飯の準備を始めた。
ジエルはあまり料理をする方ではなかったが、『俺の料理屋』で働くようになってからは人並みに作れるようになったと自負している。
「……でも、アタシが事件について調べようとしてるって知ったら、プレシスさんは悲しむかなあ?」
包丁で野菜を斬りながらふとジエルは考える。
プレシスが自分に10年も会わなかったのは、自分の顔を見せることでジエルを不安にさせたくなかったから。悲しませたくなかったのだ。
そんな彼女が自分のやろうとしていることを知ったら、もしかしたら自分を止めようとするのではないだろうか。
ジエルが事件について調べようとしっているのは、偶然が重なったから、そして自分が関わっていることだからというのもあるが、1番大きな理由は違和感と好奇心だ。
ジエルは自分の記憶に違和感を感じている。事件の日、彼女が最後に見たのは血まみれの死体だらけの部屋で1人だけ立っている、ナイフを持った影だ。そしてジエルは気がついた時にはロックとプレシスに保護されていたという。
あの影の正体はいったい誰だったのか。ナイフを持っていたことは覚えているのだ。普通に考えれば強盗団のリーダーであり、投げナイフを得意とするイフナだろう。
だが、影の正体がイフナであるということに関して、ジエルは引っかかりを覚える。明確な理由はないが、思い出せそうで思い出せない、ある種の気持ち悪さのようなものを感じていた。
例えば、本のタイトルなどを度忘れして思い出そうとする時、「あれでもない、これでもない」と、違っているものは除外していくだろう。ジエルの場合もそれと同じだ。記憶の中の影の正体を思い出そうとすると、何故かイフナは違うと感じてしまうのだ。
幼いジエルの記憶は本当に曖昧で、影の顔どころか性別、身長、ナイフを握っていたという点以外には何1つ分からない。だというのに、ジエルは影の正体を知っている。それこそ、度忘れしてしまっているだけなのだと、確信のようなものを抱いていた。
1度考え始めると、分からない部分を残しておくのがひどく気持ち悪く思えてくる。時間が経てば経つ程、自分の中の気持ち悪さは増大していく。やはり、事件についてちゃんと調べなけれないけない。
そんな風に考え続け、ふと手元を見てジエルは絶句した。
「野菜、粉々になってる……」
考え事に頭を使いすぎたらしい。
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