ある日の手紙

『ゲンキ デスカ』と気配りやが

『ミナ ソクサイデスカ』と優しい字面

『ソロソロ デス』と『アリガトウゴザイマス』と

『ドウカ――――モウスグ デス』

『イッテキマス』と別れを告げられた

子に読めるようにと

わざとそんな風に書いて

もういなくなるのだから母を守れと

分かる年頃ではないというのに

けたたましいサイレンが危ないとしか分からないのに

難しいことは漢字で書いて

『もし戻らなければ離縁したと思え』

『――彼奴はいい奴だ。怪我をしている』

私は誰に貴方が嫌な人だと言えばいいのだろう

どうでもいいから生きて帰してと誰に言えばいいのだろう


季節が熱を湧いて湯気をだす

火傷をすると知りながら、温泉が出ると信じていた


此度の手紙

『海を渡ります』と簡単な漢字で

『お身体に気を付けて』とまた同じ

そんなことはいいから

父親も母親もいるのだから

今日も下の子らと一緒に畑仕事をしてほしい

土の匂いと日の匂い、ただそれだけを知ってほしい

『これで最期だと思います』

それでも隣の子は帰ってきた

下の子は駄目だった言っていたけれども

生きているのだからそれでいいじゃない


季節が熱を冷まして毒をだす

疑心暗鬼にとらわれて、誰に飲ますか狙うのだ

己から死にゆくものにも煽りを浴びせ

断崖、屋敷、地下、地面、空に海に、帰らぬ家に


昨日のこと

息子の友だと名乗る人が来た。任務地で仲良くなったそうだ。

隣にも地位があると言う人が、要らぬ紙束押し付けて謝罪をしてから隣家に行った。

ああ、あの重たそうな紙袋には沢山の紙束が入っている。

あんなに引きずって、

「その、」

ぼんやり頭で前を見る。腫れた目で友人とやらは白い壺を差し出した。

随分、小さい気もするが、処理をされたらこのくらいか。

「帰らせてほしいと」

そうか、帰還を望むのは私だけではなかったのか。

受け取られた壺に素早く一礼をした彼は上司の後を追いに行く。

あの人よりは軽かった。

手に握る紙束は生きる為に使わぬと心に決めて、

壺は素知らぬ下の子に渡し「ご先祖様の隣に置いてね」と言いつける。

「軽いね」「からからする」「なにがはいってるの」

「兄貴だろ」「前の父ちゃんとは違うよ」「あめかな」「おい、だめだ」

玄関から動けない。あぜ道で遊ぶあの子ら思い出す。

ボールに野球に縄跳びと、あとは何だと必死に廻る。

弟妹を怒り慰め褒めて、遊んで笑う、あの日はいつのことだったろう。

「母ちゃんみて!」

白の貝殻両手で持って、輝く顔で末の子が見せた。

「あの兄ちゃん、きれいな貝がらくれたよ!」

畳にばらまかれた白や茶が、ちょうど、二十個の貝殻で

ただの貝殻が二十個で

貝殻、二十個、たったの

「――――」

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