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「またお店を出される気はないんですか?」

 紫織さんのクラブは有名な店で、この界隈では知らない人はいない位のところだった。年齢的に(と言ってもまだ還暦は迎えていないはず)新しいママと交代しないといけないからと、自分で一から作り上げた店を次のママに譲ったのだ。本当にすっぱりと。今は趣味で続けていた琴と三味線の先生をしているらしいが、正直勿体ないなと思う。

「ふふふ、あらへんよ、新しい店を出す気なんて」

「でも紫織さんならまだまだいけるでしょう?」

「なんやのマスター、こんなおばちゃん捕まえて」

「いやいや。紫織さんはお綺麗ですから」

「ええんよ、今のゆっくりした生活も気にいってるさかい」

 そうやって笑う仕草も洗練されている。あぁ本当にもったいない。こんな綺麗な人にお酌してもらったら気分がいいだろうに。

「それに今迄の店が一番の生活もめいっぱい楽しんだし、今の自分の為に生きてる生活も楽しいからね」

 「私、人生謳歌しとるから」と紫織さんが続ける。

 その言葉と表情にただただ、凄いなぁと簡単な言葉しか浮かばない。

 店の経営が楽しいことばかりじゃないのは自分が店を持っているからこそ分かる。簡単じゃないし、単純じゃない。色んなものを犠牲にして成り立っているのだ。でもそれを全部ひっくるめて最後に偽りのない笑顔で「楽しかった」と言える紫織さんは凄いし、俺もそうなりたい。

 紫織さんみたいに素敵に年を取っていきたい。

「まだまだ私まだ死ぬつもりはないし、いろいろ楽しんでいくしね」

「はい」

「そやし、まだまだマスターにはお酒作ってもらわなあかんから、引退はまだまだせんといてね」

「っ、はい」

 その魅惑のウインクは反則です。

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