本当の美しさ
カゲトモ
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三連休の中日となると、やはり込むことが多い。お蔭様で多くはない席がほぼ埋まっている。いや、正確に言えば一席だけ空いている。カウンターの一番奥の席に座る黒髪の女性の隣だけが空いていた。
別に連れが来るわけでもないし、荷物を置いているわけでもない。ただその隣には誰も座ろうとしないのだ。
「マスター、次はもっと強いのを頂ける?」
関西生まれじゃない俺には良く分からないが、京都弁だろうか、彼女は淑やかで美しい言葉を発するのだ。
「かしこまりました、紫織さん」
「よろしゅうね」
美人、と言う言葉がこんなにピッタリとはまる人がいるだろうか。あの陽気でふざけたおじさんと同じ名前なのに全然違う。紫織さんは少しお年を召した落ち着いた女性で、隣町のクラブの元ママだ。
言葉遣い、仕草、目配せ、全て嫋やかで、上品に年を取ったと言う感じがする。見た目だけだと良いとこのご婦人か、ヤのつくご婦人か、高級クラブのママだと思われる。いや、俺も初めて見た時はヤのつくご婦人だと思ったし。着物をキチッと着て髪も綺麗に纏め上がっていたから。
「お待たせいたしました」
「ありがとうね」
ネイルまで怠らないその指先でグラスを掴む。皺すらも美しさの一部とも思える微笑みで俺を見つめてくれるのだ。
紫織さん、いつ見ても綺麗だなぁ。
纏っている空気が違う。綺麗な女性は沢山いるけれど、こんな風に強く印象に残るような女性はそうそういない。だからだろうか、他の人も一歩引いたところで紫織さん見ている。美しすぎて近寄れない、みたいな。だから隣には座らないのだろう。
そしてそれを紫織さんも知っているのだと思う。必ずカウンターの奥の席に座ってくれるのはせめてもの気遣いだと思うから。
「マスターが作るのはいつも美味しいねぇ」
「とんでもないです」
「私がまだ店やっとったらマスターを引き抜いたのにねぇ」
「ははは、光栄です」
「嘘ちゃうよ、ほんまよ」
そう流し目で言われると、本来ストライクゾーンではない年齢なのに、ぎゅっと心臓を掴まれてしまう。魔性の女ってきっとこの人の事を言うんだといつも思う。
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