花々は波涛を越えて

第126話

 休戦協定締結から五ヵ月後。この日ニライではガンプとニライを結ぶ電信網開通の記念式典が行われていた。


「ウミカラヤマヘハナガサイタ」


 最初の電報が読み上げられると歓声が挙がる。これは先月、カ・ナン海軍が初めて自国で建造した最新鋭艦が、処女航海を無事に終えて帰港した事を伝える内容だった。


 同時にこれで交易と情報の要所となっているガンプからの情報をニライに居ながら得る事ができるようになった事も意味している。 

「おめでとうございます女王陛下!」


 アンジュの賛辞にエリは恭しく礼をする。


「これも貴方の、いえクブルの協力あってのことです。心からお礼を申し上げます」


 エリたちは確かに日本から持ち込んだ無線装置を持っているが、技術が極めて高度なので当然自分たちで製造はおろか修理さえできない。


 だが、今回開通した電信は、電線も電柱も送受信装置も全てがこの世界で作られたのだ。


「バンドウ電気通信社は今後各国への電信網の敷設を売り込み、そのロイヤリティを向こう20年間カ・ナンにお支払致します」


 アンジュは電信網の敷設と通信を行う企業を設立していた。情報を握る者が勝利者となることをバンドウ家は熟知していた。アンジュは技術開発をニライ郊外で行い、ガンプを拠点に世界中に電信網を拡大するつもりなのだ。


 翌日の夜。側室会議が王宮で行われていた。


「遅くなって悪かったね!」


 定刻直前に駆け込んできたのはメリーベル。昨日ガンプに帰港したが、昼近くまで寝てしまい、この会議に間に合わせえるために慌ててバイクで駆けつけたのだ。


「お疲れ様。これで全員揃ったわね」


 メンバーはエリ、ヒトミ、リン、アタラ、メリーベル、ファルル、そしてアタラの7人。元々極端な溝が無いメンバーだったが、この会議を通してより結束が強まっていた。


 円卓に座る各位の目の前に並ぶお茶は茶色のもの。それにお茶請けに日本から買ってきたチョコレートやクッキーが盛られていた。


「じゃあ、好きに食べながら進めましょう」


 早速茶を飲むエリ。カ・ナンの奥地でしか取れないというキノコを煮出し、甘味にローヤルゼリーを加えた滋養強壮に優れたものという。


「それにしても、まだ誰も当たりが出てないのよね」


「そうだよね……」


「……」


 日本から取り寄せた検査器で確認しているが、今のところ誰からも懐妊の反応は出ていなかった。


「それでアタラは?」


「申し訳ない……。まだわからないのだ」


 白エルフは普通の人間より成長が遅いため、予兆が出るのが期間が終わった半年先で、はっきり自覚できるのはもっと先になるという。


「なるほどね……」


 そんなアタラにも検査器で確認を行っているが、白エルフの血を引いているので地球で作られた人間用の検査器がきちんと機能するのか疑わしかった。


「白エルフ族って最長老以外は全員普通の人間との混血だから、アタラも大丈夫でしょうけど……」


「私ね、この間日本でソウタくんと検査受けてきたの」


「何て言われたの?」


「私たちには問題無しだって。二人とも焦りすぎだって……」


「やっぱりそうよね……」


 まだヒトミと結ばれてさえ一年経っていないのだ。いくら相手を増やしても、そうそう結果に繋がるとは限らないのは、徳川将軍家の歴史を見ればわかることである。


「まあゲンブ大帝だって二十人以上相手がいても、今まで育ったのは娘さん一人だけだそうだから、こればっかりはねぇ……」


 メリーベルはそのお茶に懐から出した強い酒を混ぜながら飲んでいた。


「ニホンで検査されて問題ないというのでしたら、やはりタイミングになるのでしょうね」


 アンジュは四角いブロックチョコレートが好物になっていた。


「ま、とにかく努力するだけね」


 エリは軽く笑顔を見せる。


「それで今後だけど……」


 あと一ヶ月でソウタはこのカ・ナンから出立せねばならないので、残り時間の割り当てと、その後に各人がどう動くかについて話し合われた。


「エリ女王、本当に宜しいのでしょうか?」


 アンジュが心配そうに尋ねる。


「国内の事なら大丈夫よ。だからみんな……」


「エリちゃん……」


「ソウタの、宰相の出立にあたってヒトミが同行するのは当然として……、メリーベルとアタラを護衛につけるわ。そしてリン、貴方も秘書官として同行すること」


「エリちゃ……、へ、陛下、本当に私が抜けて宜しいのでしょうか?!」


「当たり前でしょ!貴方はカ・ナンの将軍である前に、ソウタの妻、第一夫人なのよ!今度はヒトミがソウタを支えるのは当然よ!」


 エリの言葉に嗚咽を漏らすヒトミ。


「ゲンブ大帝も私たちがソウタの妻だって認めてるんだから大丈夫よ。向こうで何があるかわからないけど、だからこそソウタの傍に居なさい!」


「他のみんなもそうよ。ソウタの仕事はリンが見ておかなきゃいけないし、身の回りの世話はファルルが慣れてるわ。警護の為には腕利きで行動の自由が利くアタラが必要で、ゴ・ズマに行くにはメリーベルたちが船を出さなきゃいけないわ」


「私はクブルの代表として、ゴ・ズマとも直接取引の話をしなければなりません」


「ええ。そしてそれを私がとやかくは言えないわ」


「じゃあ、エリちゃん以外はみんな……」


「そういう事よ」


 つまり、この場に集まった者はエリ以外は全員ソウタに同行するというのだ。


「残る者たちのことは心配しなくていいわ。最悪、私がやればいいんだから」


 ソウタがカ・ナンに来てから二年近く。その間に不足していた官僚たちの登用は順調で、特に戦後からは目に見えて機能するようになっていた。


 カ・ナンには蓋になるような年長者がほぼおらず、女王以下の幹部たちは合理性最優先でしがらみなど全く意に介していなかった。そのため国内はもちろん国外からも優秀な若者たちが続々と集い、ソウタが持ち込んだ新制度や知識を得て、伸び伸びと腕を振るうようになっていた。


「みんなが抜けるから痛手ではあるけど、内政は順調だし、国防は当分安泰。むしろソウタに何かあったらカ・ナンに波及するのは確実よ」


「だからみんな、各々のためにもソウタのためにもカ・ナンのためにも、ソウタと一緒にゴ・ズマに行って頂戴……」


 言い終わった直後に泣き出してしまうエリ。皆が駆け寄り宥め支え、ファルルがソウタを呼びに向かう。


 ソウタが到着すると泣き縋るエリ。周囲は気を使ってエリとヒトミだけにしようとしたが、当のエリがそれを拒絶した。


「私はまだ大丈夫よ。それより今夜はいつもどおり、みんなで楽しみましょう」


 この夜は場所を移して恒例の全員参加の営みをソウタと行った。営みが終わると本妻二人以外は各々帰路に。


「私たちはともかくエリ女王……」


「とにかく、あと一週間でアタシたちは手を引いてやらなきゃね」


「ああ、当然だな」


 月明かりが照らす中、皆は話ながら帰路に就いていた。

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