全員集合
第120話
ガンプに向かう馬車の車内。一週間の休暇を終えたソウタはヒトミの肩にもたれて昼寝をしていた。
「……」
その様子を優しい笑顔で見つめるリン。ヒトミはようやく見つめられていた事に気が付いた。
「あ、リンさんごめんなさい……。今まで出張の時はソウタくんの横、リンさんだったのに」
「いえ奥様。私はこうしてお二人を見ているだけでも十分幸せなのです……」
リンの言葉に嘘はなかった。リンは軍を陣頭に立って指揮し、敵陣に乗り込んで祖国を救うという自分には絶対に成し得ない偉業を果たしたヒトミに対して心の底から尊敬の念を抱いていた。
そしてその夫でありリンの上司であるソウタもまた、祖国を救う為に東奔西走し激務を行い、そして自分にも目をかけ世界を広げてくれた最愛の男だった。
その二人がようやく安らいでいる姿を見て、リンも心から安堵していたのだ。
ヒトミがソウタと出張に出るのは今回が初めてではない。戦後は必ず同行していた。
ソウタとエリが内政に追われる中、ヒトミの仕事は落ち着いていた。カ・ナン軍の最高指揮官であることに変わりは無いのだが、事務仕事は部下たちがほぼ行っており、ヒトミは決裁するだけ。そしてその内容には余程のことが無い限り彼女が口を挟む事はなかった。
国軍の組織再編も彼女はほとんど関与しなかった。
直轄の騎兵団も引き続き重要な戦力だが、相次ぐ戦いでの消耗は激しい上に、歩兵に銃が行き渡り、砲兵も拡充しているとなると、その役目がどんどん少なくなる事を彼女はよく理解していた。
そのため、書類の決裁業務を行う事と定期の閲兵、負傷者への慰問を除けば大した仕事は無くなっていた。
「だったらヒトミ、ソウタの出張には毎回同行しなさい。日本だけじゃなく、カ・ナンのどこに行くにも一緒にいるべきよ!」
エリに相談したところ、救国の乙女が国の内外を巡回するほうが役に立てると言われ、以降はソウタの出張には全て同行することに。確かにヒトミが来ると、救国の女将軍、救国の乙女と称えられ、各地で大歓迎を受けた。
「ヒトミが一緒に来てくれると本当に助かるよ。」
ソウタはヒトミが同行できるようになった事を心から喜んでいた。仕事だけでなく、妻が傍に居てくれるのが何より嬉しかったのだ。
「リンさん、場所変わりませんか?私、少し疲れちゃった」
本当は疲れてなどいなかったが、ヒトミはリンのために隣の席を譲った。ヒトミはソウタの妻であったが、常に他の女性、特にリンに対しては気を配っていたのだ。
馬車が大隧道に入ったところで席を替わる二人。ソウタの温もりと匂いを間近に感じてリンは思わず赤面してしまう。
「リンさん大丈夫?」
常夜灯の明かりの車内でもリンが固まってしまっているのがわかってしまうヒトミ。
「も、もうしわけありません……。ど、どうしても」
すでにリンはソウタと何度も夜を明かし、時に昼休み中に抱かれてもいたが、密着されるとどうしてもその時の事を思い出してしまうという。
「大丈夫だよリンさん。今夜はリンさんがメインなんだから」
トンネルを抜けて進むと関所に到着する。
「皆さん、お疲れ様です!」
ヒトミが降車して労うと、関所の衛兵たちは皆、直立して返礼する。
ほどなく関所を後に馬車は進む。
「どうしてもこれ以上削減できないもんな……」
関所の衛兵は戦前までは二十人程度だったが、現在は三百人以上が常駐していた。
「仕方ありません。まだ情勢が安定したとは言い難いですから……」
この関所は旧領土では国境警護の要所であり、現在は新領土に万一があった場合、真っ先に駆けつける戦力の拠点になっていた。
「色々仕方ないものね……」
これまでの領土だけなら旧来の体制でも良かったのだが、大帝からの手土産で新規に広大な領土をカ・ナンは獲得していた。そのため、その地を防衛するための戦力を確保しなければならなくなっていた。
だが、ゴ・ズマとの防衛戦に参加した兵士の大多数は国内の若者たちである。壮健な男子を国防のために国内の主幹産業である農業を中心に二年に渡り放棄させて軍に組み込んでいたが、当然国内生産は大打撃を受けていた。
「優秀な働き手が二年も空けたから、耕作放棄地が広がってしまって農作物の生産はガタ落ち。当然税収も激減だ」
今のところ国ごと篭城する為に大量に食料を買い込んでおいたので、飢饉に陥る事は無かったが、農閑期のうちに徴兵たちを故郷に帰さねば、今年の税収どころか飢饉の危機さえ招きかねない。
「最低限度の兵員を確保しつつ、新しい戦の形に対応できる軍隊を作らなきゃいけないんだ」
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