第100話

 一方のカ・ナンは、複数の観測台からの報告を得て、状況を大よそ正確に掴んでいた。攻撃は続けさせているが、先発の部隊の進撃を多少緩めさせ、出撃してきた本隊と合流させて態勢をさらに整える。


「女王陛下、敵は混乱の坩堝のようです」


 エリも前線に出ていた。女王自ら出撃する事で、兵たちにこれが決戦である事を改めて示していたのだ。


「本隊は引き続き正面に向かって前進!義勇軍は手はず通り、単独で側面からの攻撃を許可します!」


「よし、敵陣深くに切り込むぞ!」


 ドミナントは剣を抜き放つ。義勇軍部隊は全員徒歩だが本隊同様に全員ライフル銃を装備している。そして同士討ちをできるだけ避ける為に、ヘルメットに白い帯の塗装と、服の上から白いタスキを×の字に結び識別としていた。


「突撃!!」


 混乱の渦中の敵陣に、義勇軍部隊が歓声を挙げて突入する。


「砲兵は引き続き支援を!」


 王都や防衛線からだけでなく、本隊に配備された野砲からも砲撃を行う。


 落下傘を開いて眩い光を放ちながら空をゆっくり降下する照明弾。炸裂する砲弾の赤々とした爆炎。そして王都や砦から照射されるサーチライトに、雲間から射す月明かり。


 そこに浮かび上がるのは、混乱を極めるゴ・ズマの陣営。渦中のゴ・ズマ兵は周り全てが敵という状態に陥っていた。




 一方、カ・ナンの本命である強襲部隊は、待機地点から未だ動かずに様子を伺っていた。


「派手にやってるじゃないかい」


 メリーベルは感心していた。雲が晴れて満月が顔を出した事もあるが、暗視装置付きの双眼鏡を用いなくても敵陣が大混乱に陥っている様子が見て取れるのだ。


『各部隊は連携をきちんと!突出しすぎて孤立しないように、常に相互の位置を確認なさい!』


 敵の注意を引き付ける事と、敵の指揮系統を麻痺させるのが本隊の目的である。


(驚くほど目論見どおりに事が運んでいるが、エリ女王は慎重であらせられるな)


 本陣のマガフはエリの指揮を評価していた。敵の崩壊に乗じて一気に突入するのも手であるが、あえて“本隊”を慎重に進めていたからだ。


(後世、慎重に過ぎたと評されるかもしれんが、言わせておけば良かろう……)


『目的地点まであと1kmというところね。必ず確保するのよ!』


 敵の引き付けはこのまま攻撃する事で行い、敵の指揮系統を麻痺させるために、敵司令部に大型野砲を撃ち込んで、粉砕するのだ。


「義勇兵は敵陣に切り込み中。エリたちの本隊は隊列を維持して正面の敵にだけ攻撃してゆっくり前進中。敵は反乱まで起きて無茶苦茶になって同士討ちさえ多数か」


 相次ぐ報告、双眼鏡から見える状況は、今が機であることを示している。


「ヒトミ、見えるのか?」


「うん、線がハッキリと見えてるよ。そしてその先に動かない、赤い点があるの」


 ヒトミが見ているのは、戦の流れ。先年の戦いで発揮された、突破口を穿つ点を見出していた。


「じゃあ行こう!主役は俺たちだからな!」


「うん!」


 その言葉に反応して、皆がヒトミを注視した。


「私たちも行動を開始します!事前の打ち合わせどおり、できるだけ静かに、敵に接触しないように、静かに水が浸透するように前進します!」


 喧騒にまぎれて、静かに強襲部隊の前進が開始された。




 ソウタたちは敵陣に近づくが、敵が気付く様子は無かった。こちらは攻勢の反対側なので、ここから敵部隊が慌しく次々送り出されている様子が暗視スコープ越しに見えるばかり。


 こちらは騎馬だけでなく群れた狼や二輪の機械の大群まで連れた異様な集団なのだが、図ったように満月に雲がかかって薄暗く、かつ堂々としていた為か禄に誰何されずに素通りできた。


「早く応援に向かってくれ!頼むぞ!」


 ゴ・ズマは急激に膨張した多国籍多民族の軍団で文化の異なる部隊が混在していたので、風貌が少々異様であっても、整然としていれば警戒されないのだろうか。


「ここまで順調すぎるとかえって怖くなるねぇ……」


 メリーベルが思わず口をゆがめてしまう。彼らは二重三重に巡らされていた敵陣を素通りして、敵の中枢近くまで静かに浸透する事に成功していたのだ。


 ほどなく侵入していた猟兵の特殊部隊の数名が合流を果たした。


「この先の連中は守りを固めたまま動こうとしません。恐らく大帝の本部を守る近衛部隊でしょう」


 暗視装置で先の様子を見たアタラは、その報告を裏書する報告を送ってきた。敵はまだこちらに気付いていないが、他の陣のように出撃していく気配は無い。これ以上は素通りできる様子ではなかった。


「わかりました。強行突破します!」


 ヒトミは旗を掲げた。スイッチをいれたのでその先端部と旗に縫いこまれたLEDのランプが、赤青緑と色とりどりの光を放つ。松明の明かりとは異質な、正しく闇夜に七色に輝く旗が現れたのだ。


「私についてきてください!」


『おう!!』


 呼応して一斉に動力付きの二輪車のライトが次々と点灯し、松明ばかりの赤い光しかない陣中に、異質で鮮烈な白い光を持ち込んだ。同時にエンジンの起動音が鳴り響く。


「突撃開始!!」


 かくして大帝の本陣を目指す、カ・ナンの命運を賭けた強襲作戦が開始された。

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