第92話

 ほどなく儀式が開始される。数人が祝詞のような文言を読み上げ、オカリナのような土笛の音が鳴り響くなか、粛々と儀式が進められる。


 夜の帳が降りるころ一連の儀式が終わると、二人はさらに奥に通される。礼拝堂を通り抜けて、里の最深部に。


 祠の前で火が炊かれ、祈祷が行われる。神木らしい木片がくべられ、それが燃え尽きるまで祈祷が続いた。


 やがて神木が燃え尽きると、用意した炭壷に入れて封がされる。


「完全に熱が収まってから、この炭で戦勝祈願の書をしたためます」


 これで戦勝祈願の儀式の大よそは終わったという。


「閣下、我々は今からもう一つの儀式があるので手伝って欲しい」


「ああ」


 空腹を覚えてきたところで、到着したお堂に食事が並べられていた。


「閣下、これが今晩の食事だ」


「随分とシンプルだな」


 穀物の粒が大目のお粥に、塩茹しただけの葉物、根物などが十種類ほど。


 肉も魚も無い、精進料理を思わせるものだった。


「では、いただきます」


 食前に薄いどぶろくのような穀物の濁り酒を飲み、食事にありつく。


 とはいえ、食べる順番も指定されているようで、アタラの食べている順で口に運ぶ。


 お粥以外の、特に根物は薬草の原料なのか、どれも塩茹しただけとは思えない独特な濃い味をしていた。


 食事を終えると口を漱ぎ、小屋から出て、さらにその奥の洞窟に案内された。


(何だか身体が火照ってきたな……)


 洞窟の入り口は広めで、洞窟からは湧き出した水が小川のように流れ出していた。


「タツノ宰相、こちらの奥は、一族の故人の骨を収める場所となっております」


 松明の明かりの奥には砂利が敷かれた先に木の頑丈な扉が。その奥が日本でいう納骨堂になっているらしい。


「この儀式はこちらにて執り行います」


 一行は扉に向かって一礼すると、横に曲がって足元が木で作られた通路を進み、人の手で掘られた場所に入っていく。


 その最深部は部屋になっており、板張りの上に厚手のフェルトのマットが敷かれていた。


 明かりはランプほどの光を放つ円柱形の石が壁に二箇所置かれていて、ほのかに薄暗いが視界は確保できている。


「ではアタラよ……」


「はい」


 最長老を含めて皆が洞窟から出てしまう。


「?」


 最深部に、ソウタはアタラと二人で残されてしまった。


「ここは?」


「この洞窟は一族で最も神聖な、死と再生の洞窟。死した者はこの奥に葬られ、新たに生まれる命もここから出てくる」


 生と死が通じているという発想は珍しくはないものだ。


「それで、これからどうするんだ?」


「閣下、ここは少々冷えるが手洗いは特にないので、もし催したら入り口の辺りを流れている小川に流すしかないから注意してくれ」


「いや、これからどうするのかって……」


「朝日が差すまでここに篭るのだ。まだ儀式が残っているからな」


 そう言うと、アタラは身に纏っていた布を脱いで床に敷いた。その下は何も身に纏っていない生まれたままの白く美しい姿。


「閣下には、戦に臨む女に施す儀式を手伝って貰いたいのだ」


「まさか?!」


「無論、命を宿すのだ。だが相手が私では閣下は不満だったか?」


 そんなソウタにアタラが尋ねる。今まで戦場に赴く時さえ見せなかった気弱で不安げな顔をしている。


「そういう事じゃない!どういうことか説明してくれ」


 アタラは静かに語る。


 白エルフは通常の人間のように時期を問わずに繁殖活動を行うのではなく、一年のうちに定まった時期のみ男女共に身体が整うように術が長年施されているという。


 アタラは彼女の祖父母の代から人間の血が入っているが、彼女もその術を受けて育ち、身体の仕組みがそうなっているというのだ。


「我が一族の身体が整うのは今この時節。そして実は私も今、身体が整っているのだ」


 白エルフたちは繁殖可能な時期が限られている分、この時期に受精するとかなりの高確率で受胎するのだという。


「つまり今度の戦で、万一私が武運拙く敵の手に落ちて辱められでもしたら、下種の子を孕まねばならなくなる……」


 アタラはソウタに縋るように抱きつく。


「ならば後顧の憂い無きよう、先に閣下から種を拝領したいのだ……」


 彼女もまた、メリーベルのようにもしも敗れた場合に待っている陵辱を、望まぬ相手に孕まされる事を恐れていたのだ。


 白エルフの一族はそのような時期に戦に臨まねばならない場合は、既婚者は夫と、未婚者は同族や認められた者と事前にまぐわって、認めぬ血の混入を防ぐ仕来りがあるという。


 だが、アタラが相手に望んだのは同族ではなく、自ら思慕し長老たちからも認められているソウタだった。


 白エルフはこの時期の祭りで、特に想う相手がいなければ一族の誰かと交わって子を作る事もあるというが、彼女は今までそれに気乗りしなかったので加わった事はなかったという。


「昼はメリーベルを抱いたのだろう?私はダメなのか?」


「わかった……」


 小刻みに震えるアタラを抱きしめると、ゆっくりと床に寝かせた。


「覚悟はできている。遠慮なく貫いてくれ……」


「O.K.わかった……」


 こうして二人は神聖な儀式を行い、共に一夜を明かした。




 翌朝、朝の光が入らない部屋に、朝日が差した事を告げる鈴が鳴らされる。


「おはよう閣下。これで儀式は終わりだ」


 かつてソウタが寝袋をアタラに貸した後、その匂いが悩ましくてしばらくその寝袋では眠れなかったのだが、昨夜はその大元であるアタラと何度も身を重ね、そのまま抱き合って眠りについたが深く安らかに眠ることができていた。 


 二人とも上半身を起こして座る。するとアタラは甘えるようにソウタにもたれかかってきた。


「これで私に憂いは無い。閣下の矢として盾としてこの力を振るい、閣下と私の命を未来に繋がねば……」


 鈴が鳴らされ10分ほどして年配の女性神官が部屋に入り、部屋をあらため二人を外に案内する。


 二人は沐浴せずに元の服に着替えたところで、一連の儀式はようやく終わりを告げた。儀式を終えたソウタとアタラは朝食後に王都への帰路に就いた。


「アタラ、もし……」


「白エルフ族の女は定まった期間に精を受ければ、ほぼ確実に身篭る。結果がハッキリするのは半年後で、生まれるなら二年ほど後になるだろう」


「そうか……」


 白エルフ族はその長い寿命と老いの遅さと関係するのか、人族の約三倍長く胎内で育つという。


「そうだ閣下。これを」


 アタラは小さな瓢箪のような植物の乾燥した実をソウタに渡した。これは器で、中には液体が入っているようだ。


「これは?」


「精をつける秘薬だ。飲めば半日で精力が戻る。戻れば奥方が待っているのだろう?私やメリーベルで消耗したまま送り出すのは忍びなくてな」


「ありがとう」


 ソウタは薬を飲み干した。喉から胃まで痺れる熱さが伝わった。そしてアタラを後ろに乗せて王都への帰路に着いた。

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