第50話

 ソウタはセキトへ到着すると、ガネ商会のイコエ・トウザとしてではなく、カ・ナン王国の宰相、タツノ・ソウタとしてセキトの代表と公式に会見した。


 セキトの代表も、クブル使節団などの件で、イコエ・トウザがタツノ宰相であると確定的な情報を得たからか、それほど驚かれたわけではなかった。


 ソウタは今まで身分を隠し名を偽っていたことを詫びたが、代表はこれを全く問題とせず、ソウタに対しては彼が持ち込む物品の取り扱いは極力このセキトで行うよう依頼された。


 これに対してソウタは、このセキトでの取引税を従来より大幅に引き下げることを条件に出し、これを飲ませることに成功した。


 その後、ソウタは今回の売り出し物として、ソーラー電池付きの電卓を大々的に販売した。すでにアラビア数字と10進法が普及していたこの世界での需要は高く、あっという間に用意してきた電卓は、全て仕入れの1万倍以上の値段で売れた。


 この売却益の大半はそのまま、弾丸の材料になる鉛や、食料品の調達に回した。クブルからの融資はいずれ返済せねばならないので、少しでも自力で物資を調達せねばとの考えからだった。


 他にも情報の収集にも余念はない。敵国であるゴ・ズマについての軍の装備、編成から動向、国の来歴まで複数の貿易商などから話を聞き、駐在者たちにまとめさせていた。


 こちらの世界の文字をまだ自在に駆使できないソウタは、リンに読み上げてもらいながら自分の世界の歴史と照らし合わせて理解しようとしていた。


「なるほど、ゴ・ズマはまるでモンゴル帝国みたいなものってことか。皇帝が一代で国を立ち上げたら、そのまま他国を一気に蹂躙し戦力に組み込んでさらに拡大とか、血筋や出自を問わず能力最優先で出世させていくとか、やっぱり勢いのある大帝国はどこでもそうなるんだな……」


「敵国を褒めておられるのですか?」


「もちろんさ。こういう相手は本来、真っ向から戦うべきじゃない。手打ちして貿易相手にするか、早々と下って、素通し、まあその時はこちらの軍を供出させられるけど、皆殺しにされるよりはマシだからね」


「閣下に申し上げにくいのですが、我が国にその方法は……」


「わかっているよ。誤解に行き違いあって戦端開かなきゃいけなくなった事実は変えられない。戦って撃退に成功して、敵が本気出して攻めてくるのも、ね」


 ソウタは天井を見上げながら続ける。


「足りないのは相変わらずさ。まともにやっても勝てっこない。でもそれをどうにか覆さなきゃいけない。俺自身は武器はまともに扱えないし、ケンカだって碌にできない。そんな俺にできることは、戦うための準備しかないんだ」


「卑下なさらないでください閣下。閣下が来ていただいたおかげで、我が国はかつてない活気に包まれています。閣下が整えられた軍備に、シシノ将軍の知略と指揮、そして女王陛下がおられるのですから、きっとこの国難も跳ねのけられます!」


 リンは努めて明るく振舞いながらソウタを褒めて励ました。


「ありがとう。だけど敵の強大さを侮るわけにはいかないし、対抗するためにはこの国だけではやっぱり厳しすぎるんだ。他の国にも少しでも協力を願わないとどうにもならない……」


「バ・ラオム様が奮闘しておられますが、ですが目下のところ、色好い返事はどこからも頂けておりません……」


 外務大臣バ・ラオムはほとんど国内の留まらずに、懸命に各国を訪問して協力を取り付けようとしているが、各国の上層部は事態を深刻に受け止めていないのか、連合軍の結成はもちろん、援軍の話さえ乗ってこようとしない。


 彼が無能というわけではないのだが、目下のところ具体的な外交成果は彼の手によるものではなく、ソウタがクプムと結んだ経済協定しかなかった。


「うん、今度は俺がきちんと各国に挨拶回りしなきゃいけないな。いくらなんでも、小国であっても手土産持参の宰相を無下にはしないだろうから」


「閣下、また転移門を使われるのですか?」


 ソウタが何か行動を起こそうとするときは、ほとんど必ず日本に戻って用意してくる。


「ああ。手ぶらではいけないし、こっちに持って帰ってくるものもあれこれあるからね」


 ソウタは各国の有力者への手土産に、真珠の宝飾品を用意するつもりだった。


 真珠はこの世界では宝石の女王と呼ばれ、他の宝石より高額で取り扱われているが、日本では粒が大きくて形の整った養殖真珠が大量に、それも手頃な価格で販売されている。


 日本での購入価格を考えれば、こちらでは真贋を見抜くことができないであろう人造真珠を使うのもいいかもしれないが、そんな事をするよりは全く後ろめたくないので養殖真珠の購入を考えていた。


「こういうのは俺が選ぶより、ヒトミに選んでもらった方がいいんだけど……」


 ソウタがヒトミの名を呟くのを聞いたリンは、彼がヒトミに寄せる信頼がとてもうらやましく思えた。


「閣下、お願いが一つ」


「何か?」


「どうか、閣下はご自愛下さい!閣下はほとんどお休みも取られず、特に最近はお一人で頻繁に転移門を使われています」


「特に体調に問題は無いけどな」


「それは閣下がお若いからです!ですが、だからと油断されないでください。せめてお食事はきちんと摂って、そして十分にお眠りください!前宰相、私の養父は過労で体調を崩し、そのまま病で亡くなりました。ですから……」


「O.K.わかった。気を付けるよ」


「そしてもし何かありましたら私に申してください。膝枕や抱き枕、夜伽であっても構いません!私ごときでよければ、いつでも閣下のお相手を致しますから!」


 リンは鬼気迫る表情で懸命にソウタに訴えてきた。それはソウタを思っての事だというのは痛いほど分かる。


「ありがとう。物凄く魅惑的な提案だけど、今でも十分すぎるぐらい仕事してもらってるから、その気持ちだけでも嬉しいよ」


「閣下……」


 この日、帰国途上の宿泊先での夕食は、三穀のパンと芋とカブのシチュー、そして川魚の塩焼き。注文して具は細かく刻んでもらったのだが、どうにも食欲がわかず喉を通りにくい。


「なんかボーっとしてきたし、疲れが出たのかな……」


 いつものように日本から持ち込んでいたエナジードリンクの小瓶を飲み干すと、そのままベッドに潜り込んだ。


 そしてそのまま、自力で起き上がれなくなってしまったのだった。

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