第51話
「閣下!」
朝食の時間になってもソウタが部屋から出てこないので、異変を察したリンが慌てて駆け込んできた。
「言われた直後にこれだ……」
ソウタは発熱で顔が真っ赤になっており、汗が次から次に吹き出していた。
「それより早く治療です!」
だが、この宿場町では医者が常駐しておらず、呼びに行くにも日数が掛かってしまうとのことだった。
「すまない……。王都まで……戻ろう……」
馬車は通常の倍以上の速度で道を急ぎ、王都へ向かう。
「クソっ……。どうしてこうなった……」
「ですからあれほど!」
昨夜の注意以前から、ソウタは周囲から忠告を受け続けていたのだ。
振り返ってみれば休みらしい休みはクブルへの往復の船旅の間ぐらい。ソウタはカ・ナンでは日中は執務・夜は勉強に寝る間を惜しんで費やし続けていたのだ。
移動時間中でさえ、カ・ナンに移転できそうな技術を調べるために電子化されていた書籍を手引きに、概略から専門まで図書館から借りるのはもちろん、これはと思った書籍は取り寄せて読みふけっていたのだ。
「どうして倒れられるまで、出身でもない我が国のために身を削られたのですか!?」
「ヒトミとエリが命がけで守ろうとしている居る国だからな……。それに……」
「それに?」
「楽しいからさ……」
カ・ナンはエリが即位する前後から、度々大規模な疫病に襲われてきたただけでなく、先のゴ・ズマとの戦いで発言力のある頭の固い年長者たちが身分を問わず壊滅しており、若者たちの発言力が大きくなっていた。
その上、最高権力者のエリは、ソウタの提案にはほとんど反対することなく、強力に後押ししてくれた。そのため、ソウタが持ち込んだ物品だけでなく、発想なども柔軟に受け入れてくれた。
ソウタが駆け回って持ち込んだ資材は、みるみる目に見える形で道具や武器に姿を変え、カ・ナンの人々は柔軟にそれを受け入れて使いこなしていく。それを見るとさらにソウタは意欲が湧いて、さらに新たな文物を、考え方を持ち込んでいく。
その繰り返しで、日ごとに変貌していくカ・ナンを見るのが楽しくて仕方がなかった。努力すればその分、いや、それ以上に成果が上がっていくのは何物にも勝る快感だった。
その快感に身も心も浸かり切ってしまったソウタは、我が身の調子も顧みずに、日本とカ・ナンとその周辺を駆けまわり、激務をこなし続けていた。
しかしそのツケを払う時がついに来てしまったというわけなのだ。
王都にはすでにタツノ宰相が倒れたと連絡が入っており、すでに医師のメレクやテオたちが出発しており、大トンネルを抜けたところで合流に成功した。
すぐに体温を測り脈をとる。体温は40度近くになっており、大量に汗が噴き出して止まらない。
「典型的なダナン熱ですが、症状が酷い……」
王都ではソウタが倒れたと聞きつけて、主だった者たちが皆駆け付けていた。
「ざまぁないな……」
ソウタは屋敷の床で己に毒づく。
病状は悪化する一方だった。ダナン風邪はこの世界の病気で、元来は幼少期に罹患する病気の一つ。
幼少期であれば命を落とすほど悪化するのは稀だが、罹患せずに成人になってから発症した場合、重篤化することで知られていた。
「このまま熱が引かなければ、命にかかわります」
メレクが皆に診断結果を告げた。
「薬はないのかよ!壊血病だって一発だったんだ!ダナン熱ぐらい!」
メリーベルが思わず吠えるがテオは首を振る。
「解熱剤はありますが、この病の特効薬ではありません……」
「なあ、シシノ将軍、向こうには特効薬があるんじゃないのかい?!」
だがヒトミはうつむいたまま首を振る。
「それが無いの。物と選ばれた人以外の生き物は全部、植物の種さえ通れないから、この病気は日本には無い病気なの。だから、誰も研究なんてしていないから、日本に戻ってもこの病気に効く薬は無いの……」
その言葉に一同が沈黙した。
「私の、私のせいだ……。私がソウタくんを巻き込んじゃったばっかりに……こんなことに!」
「そうね、こうなったのも、ヒトミ、あなたがソウタをここに連れてきたせいよ」
「!」
そこにエリが現れた。エリの鋭い眼光がヒトミを深々と刺し貫く。ヒトミは震え、声も出せない。
『陛下!』
エリは皆を押しのけソウタの間近に向かうと一喝した。
「ソウタの大バカ!こんなになるまで何やってたの!!」
「体がついてこれなくなったみたいだ……」
ソウタの様子を見て、エリは命令を下した。
「ヒトミ、ソウタを急いで日本に送り返しなさい!」
「エリちゃん!でも、日本にだってダナン熱に効く薬は無いんだよ!」
「落ち着きなさいヒトミ!転移門を通ったら病原体は体から追い出されるはずよ!私も昔、そうやって切り抜けたことがあるから問題ないわ!」
その手があるのかと、皆に安堵の表情が浮かぶ。だが、エリは厳しい表情を全く崩していない。
「でもここまで体がガタガタになっていたら、病院できちんと診て貰わなきゃダメ。看護も必要になるわ。だからヒトミ、ソウタの搬送と看護を任せるわ!」
「陛下、看護は私が!」
名乗り出たリンだったが、エリは即座に否定する。
「あなたじゃダメ!日本の事情、全然わからないでしょ?!」
「ですが陛下!」
「貴方は残りなさい!ソウタに託けられていた仕事の処理を優先するのよ!」
「ですがシシノ将軍には作戦立案の大任があります!それこそ抜けられてしまっては!」
ヒトミを送るというエリの命令に反対の声が上がるが、エリは一喝した。
「作戦案は大まかにはできてるでしょ!あとはこっちでなんとかするから!最高指揮官は女王であるこの私よ!」
命令は下された。一行はソウタを連れて転移門に向かう。ソウタとヒトミは着替え、扉の前に。ソウタは車椅子に乗せられていた。
「ヒトミ、わかっていると思うけど、向こうに出たらすぐに病院!」
「う、うん!」
ヒトミはすでに運転免許を取得していたので、転移門のある倉庫に駐車しているソウタの車の運転は可能だ。鍵も手元にある。
「そしてヒトミは病院からソウタの完治報告書をもらうまで、絶対にこっちに戻ってこないで!ソウタをここに連れてくるのを許可した私にも責任はあるけど、巻き込んだのはあなたなのよ!だから絶対にソウタが完治するまで面倒見なさい!」
「は、はい!」
ヒトミの声が浮ついていたのを敏感に察知したエリは念を押す。
「ヒトミ、もう一度言うわ。ソウタが完治するまで絶対にここに戻ってこないで!途中で投げたしたりしない事!いい、絶対に絶対よ!あなたにソウタの命、預けるんだから!」
「エリちゃん……」
「いいわね!ソウタにもしものことがあったら絶対許さない!その時は絶交よ!二度とこの国に、この世界に来るのは許さないから!」
エリの刺し貫くような眼光と咆哮。その凄まじい剣幕に飲まれ、ヒトミは心の底から震えおののいていた。
「そしてソウタが完治したら、その時にこの封を開けるのよ。それまで絶対に開けちゃ駄目だからね!」
渡したのは手提げサイズのアタッシュケース。中身がぎっしり詰まっているのか、ずっしりと重たい。
「じゃあ頼んだわよ!」
「う、うん、わかった!」
エリはヒトミの背中を強く押して送り出した。ヒトミはぐったりしているソウタが乗った車椅子を押して、日本に向かった。
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