第42話
ソウタはパーティを終えると、遅くならないうちに引き上げて宿泊先の部屋に戻っていた。アンジュは良家の令嬢だけあって、パーティが終わるとそれ以上ソウタを引き止めずに送り出してくれたのだ。
なのでこれ以上遅い来客は無いだろうと、部屋でゆっくりしていた。
「さて、明日からまたしばらく船だな……」
二日酔い対策の薬をブドウジュースで流し込むと、窓からクブルの町を見下ろす。この方面では最大規模の港町だけあって、祭りでもないのにまだまだにぎやかな様子である。
ドアを叩く音がした。開けてみるとメリーベルが酒瓶を抱えて立っていた。
「なあ閣下ぁ、一杯つきあってくれよぉ」
ソウタは溜息をついてメリーベルを部屋に入れた。
彼女が持ってきたのはカ・ナンやセキト、そしてクブルの酒ではなく、日本で購入した日本のボーディという銘柄の国産ウイスキー。丸っこい独特の瓶が特徴の、少々値が張るウイスキーである。わざわざ持ってきていたのだ。
「閣下と日本に行っていろんな酒を仕入れて飲んできたけどさ、アタシはこいつが一番お手頃で気に入ってるんだよぉ」
日本で流通している酒は、こちらの同価格の酒よりも質がはるかに安定していて、それでいて味も良いのだ。
ソウタもセキトで出された酒を思い返すと質が安定しているのは間違いないと思うところだった(ソウタはカ・ナンでは酒をほとんど口にせず、クブルでは賓客待遇なので常に最高級の酒が供されていた)。
「クブルでの成功、かんぱーい」
「かんぱーい」
ソウタはウイスキーの水割りをお猪口程度の小さなガラスコップに少々。メリーベルはグラスに一杯。どちらも1/4ほど水で薄めていた。
「旨い酒だねぇ……。いやさ、この酒はもちろん、こうやって飲めるのが良いんだよ」
「この部屋、品はいいと思うけど、豪勢というほどじゃないと思うけど」
「そうじゃないよ。閣下のお陰で、アタシら赤いスペード団は壊血病で全滅しなくて済んだし、カ・ナンの海兵団になれたし、ニホンで良い思いさせてもらってこの酒も手に入ったし、今度は新しく船も手に入ったし、本当にいいことづくめだよぉ」
すでに酒が入っているらしく少々顔が赤らんでいる上に、口調も回りが悪くなっているが、日本での旅行を思い出すに、メリーベルにとってこの程度は軽く酔った程度で、酩酊には程遠いことはわかっていた。
「まあ、そういう星の巡りだったってことさ」
「何だい、いつになく感傷的じゃないかい閣下ぁ……」
ぐいっとグラスのウイスキーを飲むメリーベル。
「そういやそうだねぇ。今回はシシノ将軍も、リンも同行してないからねぇ」
赤らんだ顔でニヤニヤ笑いながら、距離を縮めてくる。
「で、閣下は誰が本命なんだい?」
「本命?」
「しらばっくれちゃって、まったく」
飲めと手でせかされたので、ソウタは小さなグラスを一気に飲み干す。琥珀色の液体が喉から胃を焼く感覚が痺れるようだった。
「幼馴染のヒトミちゃんとエリちゃん、そして側近のリンちゃん。アタシが見る限り、タツノ・ソウタの本命は、この三人の誰かなんだよ」
「ちょ、ちょっと待て……。ほ、本命って」
「なに~、しらばっくれちゃうのかよぉ?」
頬を指で軽くつつかれるソウタ。今しがた入ったウイスキーがぐるぐる回って思考が混濁してくる。
「女王やってるエリちゃんはともかく、ヒトミちゃんとリンちゃんは、日ごろから仲良く傍に置いてるじゃないかい」
「それと一体どういう……」
「アタラから聞いてるんだよ!閣下に裸で迫ってもはぐらかされたってね。アタラほどの美女に裸で迫られてはぐらかすんだったら、女に興味が無いか、本命に操立ててるかのどっちかしかないじゃないか」
「な、ちょちょちょっと……」
思わぬ質問に酒が入っていたこともあって、思い切り取り乱してしまうソウタ。
「大体ねぇ、閣下はいい年してるのに、ここやセキトだけじゃなく、ニライやズマサでだって女遊びをしてないじゃないかい。男なんてのは、どこだろうと(酒を)飲む、(博打を)打つ、(女を)買うって相場が決まってるんだよ!」
メリーベルはさらにグラスにウイスキーを注いで口に含む。飲んで吐き出した息は、酒と女の色香が強い。
「んで閣下ときたらどれもしない!男好きな様子もない!こうなると年増のアタシとしちゃあ、気になっちまうのさ」
「な、なにをだよ?」
メリーベルは鼻と鼻が触れてしまうギリギリまで顔を近づけてきた。
「閣下が本当に男なのか、ってねぇ!」
「?!」
メリーベルはソウタの脇を両手で抱えると、ひょいと持ち上げて後ろのベッドに投げ込んだ。驚くべき腕力である。
「!!」
酒で頭が回らないふいをつかれて身動きできないソウタ。続けてメリーベルもソウタの胸元に飛び込んできた。
「あっ?!おっ!?」
ソウタが下を見るとメリーベルの燃えるように赤い髪が一杯に広がっていた。メリーベルは胸元に顔を埋める様に潜り込ませながら、ソウタの上着のボタンを瞬く間に外していく。
「ああ……いい匂いだ。アタシが見込んだ通りの極上の……」
へその上から首元までの正中線沿いに生暖かく湿った柔らかい感覚が伝う。彼女の舌が毛筆の筆先のように伝ったのだ。
「いい味だよ。見込んだ通りに……」
今度は視界一杯に、上気したメリーベルの顔が、瞳が。さらに彼女のやわらかで豊満な胸の感触が広がる。
「おぃ……。ちょっと……」
「さぁて、ここはどうなって……」
彼女の右手がズボン越しに股間に被さる。そこまで布地は分厚くないので、その下がどうなっているかは、触ればすぐにわかるだろう。
「ふふふ……。ちゃんとここは立派に反応してるじゃないかい」
メリーベルは上着を脱ぎ捨てると上は下着一枚に。伸び縮みしやすい布で巻いているが、上下のかなりの面積は隠しきれていない。窓からの月明りに照らされると、興奮して上気しているようだった。
「言っておくけど、アタシはこの身体を安売りしたことはないからねぇ……」
再びソウタの胸に顔を埋めながらメリーベルは語りだす。彼女は元々黒エルフの末裔を自称する船主の一人娘だったという。
ある時、悪名高い海賊団に襲撃されて船主だった父親は殺され、自らも奴隷として売り飛ばされようとしたところ、対立していた他の海賊が襲撃してきて助けられたという。
「その時アタシを救ってくれた若い頭目は、どっかの貴族崩れの若様でねぇ。そりゃあいい男だったんだよ。で、アタシはそいつに惚れちまって、女房になってやろうって決心して海賊になったんだけど、その若様は一年経ったら流行病であっけなく死んでしまったのさ……」
その若頭が残した海賊の1/3ほどを受け継いで彼女が立ち上げたのが「赤いスペード団」だったのだ。
「んで、赤いスペード団で生きていくことにしたところで」
「ロイドさん、に出会ったって」
「そうだよ……」
すでに話を聞かされていた博物学者のロイドと出会い、彼と将来を誓い合ったところで、ゴ・ズマに襲撃されてロイドは命を落としたのだった。
「アタシが今まで身体を許してきたのは、この二人だけなのさ。他の奴らにゃあ部下だって許しちゃいないし、襲ってきた奴らは全員タマをグチャッと潰してやったんだよ。蹴り飛ばしたり握りつぶしたりしてねぇ」
「……」
寒気が走って息を呑むソウタ。
「自分で言うのもなんだけど、アタシは上等な身体してるからねぇ。だからこの身体は簡単には許したりしないよ。位が高いってだけの中身が安い男にだって許しはしないさ」
「……。で、これは……?」
メリーベルは無邪気に、まるで年端のいかぬ少女のような純真な笑顔を浮かべた。
「閣下は合格ってことさ。アタシもここんとこご無沙汰だったから疼いて仕方がなくってね……」
メリーベルは自分のズボンのボタンを外し脱ぎ捨てると下着を露わに。
「なぁに、閣下に本命が居たって別にいいのさ。男は将来、誰を抱くにしても経験が多い方がいいに決まってるからね。閣下はこの分だと、まだ女を知らなそうだから、アタシが教えてあげようっていうわけだよ……」
ソウタの鼓動が早鐘のように鳴りだす。メリーベルの指が這うようにソウタの胸から腹を伝い、ズボンの、下着の中に侵入してくる。すると身体は男として敏感に反応したが、思考の方は酒が回っていたのもあってほとんど機能しなくなっていた。
「それじゃあ閣下の、男の御印、御開帳……」
彼女がソウタのズボンと下着を下ろそうとしたその時だった。重く激しい金属音が響き、ドアが揺れる。そして直後にドアが蹴破られて、部屋の内側に倒れこんできた。
『!!』
「見つけたぞ、てめえらぁ!!」
何者かが突如として襲撃してきたのだ。
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