第19話

 翌朝、ソウタは借りたダンプを運転し、プレスされたスチール缶を扱っているスクラップ工場に向かう。ソウタは伯父の薦めもあって、中型免許も取得していたのだ。


「ソウタくん、どうしてスチール缶なの?さっき資料見たけど、普通のくず鉄の何倍も高いみたいだけど」


 プレスされたスチール缶の価格は、通常のくず鉄より何倍も高額だった。それをあえて購入するというのでヒトミは疑問を口にしたところ、ソウタは即答した。


「スチール缶に使われている鉄は軽くて丈夫な上もので、同じスチール缶だけ集めているから質が整っているんだ。その上、圧縮しているだけだから、人力でも塊を崩しやすいからだよ」


 信号で止まったので、ソウタは缶コーヒーを開けて飲む。この缶もスチール製だ。


「普通のくず鉄だと、いろんな種類が混ざってて、しかも大きさがバラバラだからね。転移門の大きさだと通しにくいし、タクミノまで持って行っても、炉に入るように細かくするのがとても大変になるからね」


「そっか。言われてみればそうだよね。鉄の塊って、木みたいにのこぎりで切るわけにはいかないよね」


 通常のくず鉄を人力で運びやすくしようとすれば、専用の機材を用いて切断しなければならなくなる。しかしプレスされたスチール缶なら、塊を崩すにしても鉄を切断するよりは労力はずいぶん軽くなるはずだ。


「日本で5,000人分の武器を買うのは不可能だよ。でも5,000人分の武器の原料を買うことはできる。それも向こうよりずっと質が良いものをね」


 ヒトミが身にまとっていた鎧も、手にしていた剣も、高度な技術が用いられている一品で、全てカ・ナンのタクミノで作られていたのだ。


 必要な数が揃えられないのは技術がないからではなく、原料が足りないからだという。ならばその原料を調達してやればいいのだ。


「そうだよね。すごく強い人にすごい武器を揃えてあげても、ほんの何人かじゃあ、何千、何万人相手に勝ちなんかないけど、同じだけのお金で、一人でも多くの人に武器を渡せたら、勝ち目が出てくるよね」


「ああ。今の俺たちに必要なのは、一振りの日本刀より、10トンのスチール缶だ!」


 こういう理由でスチール缶の1トンプレスの塊を購入することにしたのだ。


 とはいえ一度に運べる量には限りがあるので、重量制限ギリギリまで積んで、転移門のある倉庫まで持っていくのを繰り返す。


 積み下ろしと往復合わせて一時間の運搬で、休憩含めて丸四日費やしたが、これで100トンものスチール缶を、良質の鉄を確保したのだ。


 次に不用品回収所から自転車を大量に買い漁った。交渉して1台1,000円程度で状態の良い物から調達していく。状態があまりよくなくい物でも、交換用の部品を確保するためさらに格安で購入する。


 自転車を普通に使うなら、当然防犯登録したほうが良い訳だが、使うの場所は外国ならぬ異世界なのだから、それを気にする必要はない。


 そしてカ・ナンには機械に強い者がいるので現物をみせたあとで修理はあとで教えてやれば良い。


 自転車は一台でも多く確保したかったので、不用品回収場での調達を終えると、ヒトミと二人で住宅街をトラックで巡回した。


「ご不要になった自転車があれば無料でお引き取りします!」


 自転車だけでなく、ついでにと家電なども押し付けられたので、それらは不用品回収所で自転車と物々交換した。


 そんなわけで、一週間を費やした第一回目の調達は完了した。


「いっぱい、集まったね」


「ああ。極上の屑鉄100㌧に自転車が約300台」


 壮観といえる光景だった。そして調達したのはそれだけではない。


「腕時計50個。ゼンマイ式で生活防水、自動巻きと手動巻きができるタイプだ。電波式は向こうに電波無いから無意味だし、電池式は切れたらメンテもしてやれないし」


「そっか、ゼンマイ式ならずっと動くよね」


「あとビタミン剤はどうしてなの?」


 ビタミンの錠剤の瓶が入った箱も大量にあったのだ。


「ビルスさんから港町セキトの話を聞いたとき、長旅してきた船乗りが壊血病に掛かっていることが多いっていってたからさ。だったらビタミン剤があれば特効薬として売れるだろうし」


 病原体による病気であれば、こちらの薬が効くかは未知数だが、栄養素の不足が原因の病気であれば、同じ人間で必要な栄養素も同じだから対処可能である。


 今回の調達で掛かった費用だがおおよそ


 腕時計1個当たり約25,000円×50で1,250,000円。


 スチール缶1㌧あたり25,000円×100で2,500,000円。


 不用品回収所からの自転車は1台当たり1,000円×200で200,000円。うち100台は自分たちで回収してきたので無料だ。


 その他、薬品等の購入と運搬に掛かった諸経費で残額が全て消えた。


 あとはこの物資を転移門を通してカ・ナンに送り出すだけである。


「ヒトミ、先に向こうに行って受け入れ態勢を確認してくれ。準備ができたら、フォークリフトを使って向こうに押し込むから」


「うん、待ってて!」


 準備ができたことを確認すると、ソウタはフォークリフトごとくず鉄を転移門の外に運び出す。くず鉄を運び終えると、自転車の番だ。


 こうして100トンものくず鉄と300台の自転車が第一陣としてカ・ナンに持ち込まれた。


 ソウタは送り出し終わると、フォークリフトを伯父の下に返却してからカ・ナンに戻る。


 数日後。日本側での片づけを終えたソウタが鍛治町タクミノに向かうと、町は活気に沸いていた。


「閣下ぁ、すげえ量ですな!」


 親方が大喜びしていた。


「まだまだ。最低でもこの三倍は用意するよ」


 指を三本立てて宣言すると、職人たちはさらに沸きかえった。


 今回持ち込んだのはスチール缶の塊100トン。この量で5,000人分の槍と剣などは生産できるだろうが、その他の用途を考えると、鉄はまだまだ足りない。


「それにしてもこのくず鉄は一体……」


 プレスした塊をほぐした破片を手にとる親方。


「これは缶といって、飲み物や食べ物を詰め込んでおく容器だったものだよ」


「鉄をこれだけ薄く、それもこんなに……」


「俺の国ではこんなもの、道端にゴミとして転がってるさ」


「閣下が酒の席で言っていた、家でも橋でも全部鉄でできているというのはホラじゃないんですな……」


 具体的に大量の屑鉄を見せられれば、ソウタの話を受け入れるしかなかったようだ。


「とにかく、これを溶かして武器を、道具を作ってくれ!」


「任せてくだせえ!」


 そして工匠たちに、あるものの現物と図面を見せて製作を依頼したのだった。

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