第13話

 カ・ナイ湖の視察を終えると平野部の穀倉地帯を通過する。説明を聞きたかったのでこの日は馬車だった。

 

 穀倉地帯を突っ切る大きな水路は真っすぐ直線になっており、山裾から対岸まで一直線に引かれている。その水路に沿って、整然と仕切られた田畑が広がっているのも目を引く。


「前宰相閣下の主導で水路の発掘と再整備、合わせて土地の区画の見直しを行い、栽培する作物も高度に計算して入れ替えることで、収穫量はこれまでの何倍にも増えました」


 リンの話を聞く限り、神代の時代には大規模な用水路も整備されていたことになる。


「発掘ということは、ほかにも埋もれているってことだよね」


「はい。詳細はまだ手が付けられていませんが、表に掘られていただけでなく、地下を通しているのもあったとも言われています」


「でも、区画整備とこれだけの大規模農法をやろうとしたら、土地の所有者が細分化していたら難しいと思うんだけど」


「おっしゃる通りです。ですがこの地域は十数年前に大規模な疫病が襲って、大勢の人々が亡くなってしまいました。王都もですが、この地もそうだったんです……」


 リンが少し目をそらして遠くを見つめていた。後でソウタが他の者から聞いたわけだが、彼女の両親や兄弟たちもその時の疫病で皆亡くなり、彼女も危うく命を落とす寸前まで苦しめられたのだという。


「この地は特に人が減ってしまい、農業の復興は国が主体になって行うことになったので、経営者と契約した(農業)労働者によって行われています」


 馬車は長く続く田園地帯を抜けて南部に。穀物は大規模化が進んでいるが、国土の大半を占める山間部は畑作にも向かないため、個人経営の酪農などが主流であるとレクチャーを受ける。


 他にも品種改良や農業振興のため農業試験場の設立や、エリからの強い要望もあって、6歳から12歳までの期間、読み書きと算数を中心にした義務教育を行う学校が町だけでなく全ての村に設置されているという。


 そして各学校の教師を育成する為に師範学校が設立されていて、成績優秀者は無償で教育が受けられるように制度が整えられているという。


(内政に関してはきちんと手が打たれているみたいだし、今こちらから口出ししても余計な混乱を招くことになりそうだな……)


 到着したのは、カ・ナンの台所とも呼ばれる町クラタメ。様々な作物や畜獣がここに集約され、製粉されるものはカ・ナン湖方面に送られ、あるいはニライなどに送られるのだ。


 そのまま一泊したが、ここでの食事は、豊富に収穫される穀物や野菜。そして酪農で飼育されていた四足獣の肉や乳を使ったメインディッシュだったが、この国では王都を除けば最も良いという評判通りだった。


 さらに翌日は王都を通過して、南東側に向かう。


 集落が見えたが、そこには数多くのテントが並び、身を寄せ合う家族の姿が見えた。


「ここは?」


「かつての疫病が原因で廃村になっていましたが、今はガンプからの避難民のキャンプ地になっています」


 カ・ナン川の河口にあった貿易都市ガンプはゴ・ズマの侵攻で滅ぼされていた。大勢の住民が殺戮され、脱出に成功した生き残りが、カ・ナンに避難していたのだ。


 一時期は村の敷地から溢れるほど滞在していたが、商人を中心に再雇用や新規に商売を始めることができた世帯が離脱し、現状は男性が主に肉体労働のために離れ、その家族が主に残されていたのだ。


「何とか職を与えて定住させるか、故郷に帰還できれば良いのですが……」


「これも何とかしないといけないな……」


  しばらく進むと、大勢の人々、いや、兵士たちが行進を行っていた。


「ソウタくん、もう少し先にいくと、この間戦場になった場所なんだよ」


 まだ半年も経過していないため、生々しい傷跡が残っているという。まず出迎えたのは廃墟となってしまった村の跡地。


「先日から徴兵されて集められた者たちは例外なくここを見せられています。戦う相手について知っておかねばなりませんので……」


 外れには石碑が建てられていた。この地で戦って命を落とした者たちの慰霊碑である。


「ここでたくさんの人たちが亡くなったんだよ。私と一緒に戦った人たちもたくさん……」


 慰霊碑にお参りするヒトミの背中は明らかに重く沈んでいた。


「もう一箇所はこの山の向こうにあります」


 道を進むと山肌に巨大なトンネルが現れた。自然に形成された洞窟ではない。卵形に掘られたまぎれもないトンネルである。


「ダムといいトンネルといい、神代の技術はこっち並だったんだな」


 幅といい高さといい、人の往来だけでなく、馬車、いや、トラックか列車の通過を前提にしたとしか思えない。


 全長は2.5kmというところだろうか。ほとんどずれなく真っ直ぐに岩山をくり貫かれており、一定の距離ごとに広間が設けられている。


 およそ中央部分には関所も置かれているが、広間は基本的に馬車か、さらに大きな車などの行き違い用に設けられていたようである。


 トンネルを抜けると渓谷が広がっていた。トンネルから数キロ向こうには、カ・ナイ川からの水が巨大な滝となって流れ落ちている。幅約三十メートル、落差数百メートルのあまりに巨大な滝だ。


「あのカ・ナンの大滝があるため、水運は滝のふもとまでしか機能していません。また滝から上流は切り立った渓谷になっているので、余程訓練した者で無い限り、動物さえ容易に越せません。下流の国に向かうにはこの大隧道が唯一の道と言ってよいでしょう」


 そして出口には真新しい石碑が建立されていた。ここも慰霊碑である。


「外敵が攻めてきたときは、ここで陣を張ってしまえばどんなに相手が大勢でも一度に向かって来れないから大丈夫なんだって言ってたけど、この間の戦いで、相手が大きなトカゲを使ってきて……、みんな殺されてしまったの」


 ここで守っていたヒトミの伯父や従兄弟たちもここで皆殺しにされてしまったのだ。


「みんな懸命に戦ったけど、ボク以外はみんなあいつらに反応し切れなくてやられちゃったんだ」


 サラマンダの剥製を見せられていたが、ゾウほどもある巨大なオオトカゲが、馬並みの速度で体当たりしてきたのであれば、生身の人間が防ぎきれるものではない。初めて相対したこともあって、ろくな対処も出来ずに蹂躙されてしまったのだ。


 さらに噛まれた傷口から恐ろしい毒や雑菌が進入し、負傷者も次々に命を落としていったという。


「私は何とか操ってる人を見つけて倒してもらったからどうにかできたんだけど、同じ手が今度も通じるって考えにくくて……」


「ボクは一対一なら勝てるけど、みんなは無理だから」


 弓はもちろん槍でも歯が立たず、斧で切りつけないとサラマンダの皮膚は破れなかった。


 しかもゆっくりした動きでなく、馬のように俊敏に動くのだから、人間が手にできる打撃武器ではよほどの豪傑、それも超人じみた者でなければ対処は不可能である。


「凡人は大砲持ち出さないととても倒せそうに無いよな」


 だが、激しく動き回る巨大トカゲを大砲で直接照準して狙い打つのも無茶な話である。


 どう対処すればいいのか思案を続けていると、国境に近い麓の村に到着した。


 先の戦いで破壊された爪跡がいまだ修復されておらず、元の住民は一人も残っていない。今は最前線の基地として、貿易商の休憩地点と、兵士たちの宿舎が再建されているのみであった。


「ここから川に沿って二日ほど下れば、海に出ます。河口には貿易都市ガンプがありましたが、先日破壊されてしまい、今は再建さえ放棄されています。ですのでそこから西にさらに二日向かった貿易都市セキトで主に我が国は交易を行うようになりました」


 今回は国内の視察が目的なので、国境線の防衛体制の視察と、偶然この村に到着していた御用商家と会うことが出来た。


「はじめてお目にかかります、新宰相閣下。ガネ家のビルスと申します。こちらは娘の」


「はじめまして!シーナと申します!」


 シーナは先日10歳になったばかりだが、我が娘ながら才覚があるらしく、妻の逝去もあって自宅にあまり残さずに商売のたびに連れているという。


 その夜は、ガネ家の父娘からセキトの様子はもちろん扱われている品物と物価などについて、熱心に聞き取りを行った。


「前宰相閣下も商家には目を掛けて下さりましたが、今度の宰相閣下はそれ以上にご熱心ですな」


「まあ、とにかく資金が必要だからね。国債出したところで、存亡の危機にあって風前の灯で貸し倒れしそうな国の国債なんて、どれだけ利率高くても誰も買ってくれないだろうし」


「ほほぅ。閣下はお若いのにご賢察ですな」


「そのくらいは初歩の初歩だよ」


 Fラン大学生でもそのぐらいは分かる話である。そこからしばらく経済や商業についての話をしたが、複式簿記の知識はこの地には普及していないようだった。


(身一つで生きていくだけだったら、簿記の知識と電卓、できれば念のためソロバン使えたら商才無くても商家に潜り込んで会計として食っていけそうだな……)

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