第10話

 翌日。視察は馬車で一週間の予定と聞く。国土はそれほど広くないので、その日程で周れるという。


 ヒトミが愛馬イリオスに騎乗で同行し、ソウタはリンと馬車で移動。自転車は折り畳んで搭載した。


「ヒトミ姉ちゃん、この人が?」


「うん。私と陛下のお友達のソウタくんだよ」


 人見知りしがちなヒトミが親しげに話しているのは、中学生ほどに見える少年騎士。


「紹介するね。私の従兄弟のヒイロくんだよ」


「はじめまして閣下兄ちゃん!シシノ・ヒイロです!」


「閣下はいいよ。好きに呼んでくれヒイロ」


「じゃあ、ソウタ兄ちゃん!」


 リンが馴れ馴れしすぎると咎めようとしたが、ソウタはそれでいいよと一言。


 ヒイロはヒトミの従兄弟の中では最年少で、先の戦いでこちらに居た身内がほとんど死んでしまった彼女の四親等以内では唯一の存在となっていた。


 彼はまだ体が150cm程度と小さいが、超人的な身のこなしと、恐れを知らない攻撃精神でサラマンドの攻撃を掻い潜って、手にした短剣で一頭仕留めた剛の者だった。


 かくして一行は王都を後にしたのだが、ソウタは視察の前に馬車を転移門に向かわせた。一度日本に戻るために。


「一晩寝て冷静になったが、最初の挨拶で手ぶらって訳にはいかないだろ、常識的に考えて……」


 買ってきたのは、焼酎の5Lペットボトル10本に砂糖20kgを10袋。


「なによそれ……」


 と、面白そうだからと門の前までついてきたエリにあきれられたが、


「それが自分流だ」


 と一言。


 荷物を積むとソウタは馬車に揺られながら“視察先”に向かっていた。


(二頭立ての馬車が楽に通れる幅の道がほとんど真っすぐ整備されているのか)


 路面は舗装こそされていなかったが、二頭立ての馬車が行き違いに進める幅で整備されていた。日本だと所謂“旧街道”のそれというところだろう。


「閣下、我が国は王都のほかに、10の町と400の村を抱えた国です。御覧の通り、国土の周囲を峻険な岩山で囲まれており、これまで周辺の国が容易に手を出してくることはありませんでした」


 他に護衛が三名。皆、鎧は身にまとっていないが、整った濃紺の服と色とりどりのマントをなびかせ、腰に剣を帯びている。完全に要人待遇というわけだ。


(さて、何ができることやら……)


 最初に向かうのは、王都にほど近いところにある練兵場だった。国を守る兵の実情が分からないと、どんな手を打っていいかわからないからだ。


「カ・ナンの戦力は、先の戦いの結果、大きく削がれてしまいました。その穴を埋めるために、まず傭兵の導入が検討されましたが……」


「足元を見られて、誰も来なかったんだろ?」


「は、はい。お恥ずかしながら……」


 ソウタの想像通りだった。戦が近づけば当然傭兵の価格は上昇するし、相手が大規模に仕掛けてくるなら、なおさら需要は高まる。


 そして傭兵たちはより高値を出してくれて、安易に死にそうにないところを選ぶのも自明である。故に、真っ先に狙われる上に弱小国のカ・ナンに就こうというものは皆無で、応じる素振りを見せるものは法外な値段を要求してくるのだ。


 カ・ナンではこれを鑑みて、最初は募集、その後、徴兵が決定したという。


 村ひとつに対し約10人、町ひとつから約70人、王都から約300人、これで約5000人。頭数はどうにか揃う目途が立っているわけだが……。


 練兵場では行進の訓練が行われていた。指揮官が小さな笛を小刻みに吹き、それに皆が歩調を合わせようと四苦八苦しているようだった。


「行進の練習は基礎の基礎だから、やってもらってるんだけど、やっぱりみんな慣れないから……」


 ヒトミが様子を見ながら説明する。


 日本の場合、小中学校ではほぼ確実に、学校によっては高校でさえ行進の練習が行われるのだが、これは元々軍事教育が由来である。


「それにしても……」


「分かってるけど、とても軍隊に見えないよね……」


 今、行進の練習を行っているのは、全員ソウタと大差ない年齢の若者たちというが、背丈は皆160cm前後というところだろうか。


 服装は各々が持ち寄ったもので統一性はなく、訓練だからか手にしていたのは3mほどの真っ直ぐな物干し竿だった。


「武器は無いのか?」


 ヒトミは黙って頷いた。


 出迎えた練兵場の長から、武器庫を見せてもらった。収められていたのは、棒の先端に刃がつけられた、まさしく槍。だがその数は多く見ても100本ほど。


「ええっと、頭数は5000人は予定しているんだよな?」


「はい」


「しかしこれは……」


「はい。全く足りておりません」


 今まで主力を勤めていた戦士階級は完全に装備を自弁していた。傭兵も装備は自弁なので、徴兵者用の装備はほとんど用意していなかったという。


 村々から徴兵された者たちは、一応武器は持ってきていた。だがそれは、万一野盗から村を自衛するための最低限のもの、さらにそこから託された、ごく限られたもの。山刀に大鎌があればよい方で、中には丸腰で来た者さえいた。


「訓練であれば、しばらく棒でも事足りますが、本当に戦に臨むとなると……」


「……」


 こうして一行は足取り重く練兵場を後にした。

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