コノクニ☆リサーチ

第9話

「さて、早速フィールドワークといこう」


 王都ニライに早速繰り出す。この町、すなわちこの国の文化と技術水準を確認しなければ何もできないからだ。


 同行はヒトミと、代理でも宰相なので早速秘書官がつけられた。


「ニヨ・ド・リンと申します。閣下、それでは宜しくお願いします!」


 礼儀正しく会釈する女性。彼女が秘書官のリンだ。


 黒髪のロングヘヤーの、凛とした才女で容姿は清楚で端麗。亡くなった前宰相の養女であるが、縁故よりもその才能を見込んでエリが抜擢したのだ。


 彼女は記憶力もよく、学識もありこの国では貴重なインテリなのだが、歩きがフラフラしがちだったり、時折物にぶつかっている。聞けば極度の近眼という欠点を抱えているという。


「それにしても、この都は石というかコンクリート作りが多いんだな」


 王宮に入る際にも見ていたが、路面は石畳となっているが、建物の土台はほぼコンクリート製だった。


「はい閣下。この都は数千年前に当時の王朝が作ったものを整備して使い続けています」


 今では失われた技術となっているが、この都を作ったのはとてつもない技術と物量を投入できる集団だったのであろう。


「ソウタくん、この街は上水も下水も整っているんだよ」


 リンを意識しているのか、ヒトミも得ていた知識を披露した。


 この都では衛生面を考慮して、犬猫以上の大きさの家畜の飼育が厳しく規制されていて、特に馬の飼育については城内の四隅に限られていた。


 トイレは上水で引き込んだ水が破棄される際の水で流される水洗となっており、各種のゴミは決まった日に指定箇所に集積されて村々に売却されているという。そのため、周辺国では最も清浄な都市として有名だという。


「サウナはあるんだけど、湯船はないの」


「随分と清潔にしてあるんだな。この手の都市って、衛生面は問題が多かったって聞くけど」


「はい。十年ほど前までは、この王都もあまり良い衛生状態ではありませんでした」


 この都市が建設されて千年以上。最初に築いた者たちは遥か昔に去り、その後入居した者たちが都市を維持していた。


 だが、年月が経つにつれ、上下水道設備は整備がなされなくなって忘れられ、野放図の状態になっていた。と、そこに伝染病が猛威を振るい、身分の区別無く大勢の命を奪い去ってしまったのだ。


「そこでエリちゃんが帰ってきて、最初にニライを徹底的にお掃除と消毒をして、上下水道をまた使えるようにしたんだって。そしてそれからはゴミ出し日まできちんと決めて、ずっと清潔に保つようにしたんだよ」


 後で詳しく調べたところ、王都中に消石灰を散布して消毒を行ったので、その日は“白の日”として毎年徹底清掃を行う日と定めたという。


 また、上下水道の再整備と合わせて、木の灰や特殊なマメ科植物のサヤを洗剤として利用して、衣類の洗濯も頻繁に行われるようになったので、結果、衛生面が原因の流行病はほぼ流行らなくなったという。


「あれが洗濯屋か」


 飲料用として掛け流しされた水の出口付近で、足で踏んだり棒で叩いたりするなどして衣類などが大量に洗濯されていた。


「洗濯板は無いみたいだな」


「洗濯……板?」


「そっか、言われてみればそうだよね」


 洗濯板は欧州で西暦1797年に発明されたものであり、意外に新しいものである。板を加工すればすぐに作れるので、普及させる価値はあるだろう。


「衛生面がしっかりしているのはわかったけど、数年前に伝染病が流行ってたっていうのは……」


「うん。その時はインフルエンザみたいな病気が流行ったんだって」


「病気の問題は難しいな……」


 市場に本格的に入る。市場に売られていたのは穀物に豆類に芋類、野菜に魚と肉類などの食料品がほとんど。穀物は麦や米のようなものは見られず、アワやヒエ、キビの粒を少々大きくしたものが主食になっていた。


 途中、穀物を製粉したものを水でこねた生地を円形に焼いた、南アジアで見られるチャパティのようなパンが売っていたので一枚だけ購入する。売り子は15、6歳ほどに見える愛らしい少女。この時間は夕食用を売っているとの事だった。

 

 昼食代わりに早速口に運ぶソウタ。本来はソースを付けたり、料理を包んで食するようだが、あえてそのまま口に入れる。明らかに小麦や米とは違う穀物の味がした。


「うん、悪くないな」


「閣下のお口に合うようで何よりです」


 リンが支払ってくれたが、通常より多めに支払ったらしく、売り子の少女は目に見えて喜んでいるようだった。


 道具屋では簡単な作りの工具が主だったが、中には置時計などの機械を扱っている店もあった。


 寺院もいくつかあるが、特定の教えが極端に強いことにはなっておらず、おおむね共存しているとの事だった。


「輸送と交通の手段は?」


「川沿いは船で、陸路は馬車を用いております。ですが戦争が迫っておりますので、馬のほとんどは軍用に回しております」


 荷車の作りが明らかに馬が引くようになっているのに、人が何とか引いている光景も。


「いきなり機械化ってわけにはいかないからな……」


 王都を見て回ると、やがて夜の帳が下りてくる。山村では日が沈むとほどなく寝静まることになるが、王都だけあって、日没から数時間は店は閉まっても人々は活動していた。


 灯りは主にアブラナに似た植物の種から取れる油と、王宮用にはハゼノキに似た植物の種から採取したロウで作られた木蝋が使われていた。


 視察が終わると、この日は王宮で夕食となった。食事はソウタとヒトミ、そしてエリの幼馴染三人組。大木を割って作った一枚板のテーブルに、料理が並べられている。


 炭水化物系は、蒸した芋類にバターの添え物と、穀物を製粉して水を加え、少し寝かせて発酵させて焼いたナンのようなもの。

 先ほど市場で売られていたのは黄色が強くて薄焼きだったが、こちらは白色でふかふかとしているので、上層用に手間が掛けられているのだろう。


 他は水鳥の焼き物、豆とカブと小型の四足獣の肉が入ったスープなどがあり、メインとしてナマズに似た大型の魚を岩塩で包み焼きしたものが、テーブルの中央に鎮座していた。


 急な来訪だったが、この日の夕食はその種類の豊富さからみて、かなり豪勢だったようだ。とはいえ当然味付けはシンプルで、塩やハーブ系が中心の薄味気味であった。


 穀類から作られたビールに似た発酵酒も出された。


「ソウタくん、お酒は大丈夫なの?」


「この間二十歳になったから大手を振って大丈夫だ」


 ソウタはすでに飲酒可能な年齢になっているので遠慮なく飲む。味は独特の苦味を伴う味。まあまあというところか。アルコール度数は缶ビールより低い。


「で、料理の味は?」


 エリの問いに率直に答える。


「何というか……懐かしいな。時々家族同士で集まって外でバーベキューとかしてたけど、あの時、こんな料理が良く出てたよな」


「まあ、こういう事だったんだよね」


 エリとヒトミの親たちにとって、故郷の味だったということなのだろう。


「どうにも作為を感じるんだが、もしかして俺の両親とか先祖もここに関わってたりしてないか?」


「それはなかったわ。アンタの両親は、こっちじゃ全く縁もゆかりも無かったもの」


「そうか。でも、全く知らなかったとは思えなくなったな」


 ソウタの両親はすでに亡くなっているため確認のしようが無かったが、この分だと何かしら両家の事情を知っていた可能性は高いと推察した。


(確か、うちの両親とエリの親父さん、ヒトミの母さんは大学時代からの友人だったはずだけど)


 一度その辺りも調べる必要があるかもしれないと思い至る。


「それはそうとソウタ、今大学生なんでしょ?彼女はいるの?」


 直球の質問がエリの口から飛び出した。ソウタはばつの悪そうな顔になり、ヒトミは反応してむせこんでしまう。


「あのなあ、居たらここにすぐ飛んで来ると思うか?」


「そ、そうだよね……。ソウタくん、他の誰にも相談しないで、真っ直ぐここに来るって決めたんだよね。それに彼女さん居たら、誰にも相談しないで私を家に泊めたりしないよね……」


「ああそうですよ!即断即決でお前らのところに馳せ参じるぐらいには暇してたんだよ!」


 ヒトミに止めを刺されたソウタを見てエリはゲラゲラと大笑い。ヒトミは自分がトドメを指したと気付かずオロオロ。


 かくして久しぶりに三人揃った夕食の席は過ぎていく。


「ともあれ、俺も、もう無縁じゃないんだ」


 食後はサウナ風呂に案内され、汗を出して垢を取る。


 その後は来客用の部屋に。厚手の布地の四角の袋の中に動物の毛を詰め込んだと思しきベッドにそば殻の枕、綿毛布を被ってその日は眠りに付いた。

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