呼ばれて就任☆異世界プライム・ミニスター ~Fラン学生の俺が異世界の首相に就任して無敵の国造り~

むげんゆう

プロローグ

第1話

 ―――これはやがて至る、未来の光景―――



 緑豊かな針葉樹らしき森林地帯の先。突き出す剣の切っ先の如く峻険な山脈が連なるその先に、巨大な洞窟、いやトンネルがあった。何者が作ったのか定かではないが、普通自動車なら二台並走して通過できそうなほど幅広い巨大なトンネルであった。


 そのトンネルに向かって突き進んでいくのは、槍と盾を持ち、鎧兜で身を固めた完全武装の重装歩兵たち。

 いや、さらにその先陣を切って進撃してくるのは、四つ足で地を這う、それも象ほどもあろうかという巨大な蜥蜴、いや竜としか形容できない怪物の群れだった。


 地竜たちは呪術師たちの命令に呼応して、トンネルの奥に敷かれた障害物に体当たりを繰り返して打ち崩していく。その数は正面に三頭、いやその奥に何十頭も突き進んできている。正に奔流の如し。


『閣下ぁ!もう半分は突破されちまったよぉ!』


 閣下と呼ばれた青年の耳に装着されたインカムに、防戦を続ける指揮官らしい者の声が響く。その声の背後からけたたましい木や金属の軋み砕ける音も響く。


『時間稼ぎありがとう!こちらの準備はもうすぐ終わる!負傷者を連れて、すぐに出口まで撤退してくれ!』


 短い返事をしたその指揮官は、部下たちに甲高い口笛で合図を送ると、一目散に撤退を開始した。


 指揮官とその護衛は殿を務めて、途中の罠を起動させて時間を稼ぎながら撤退していく。だが、地竜たちはそれらを体当たりで打ち砕きながら突き進んでくる。


「閣下、あと少しで連中はここまで来ちまうよ!」


 息を切らして駆け込んできた指揮官は出口の傍、土嚢を積み上げ塞がれた、わずかに隙間の光が見えるところで合流した青年に告げる。


「ありがとう。もう準備はできているから、全員早く脱出してくれ」


 閣下と呼ばれた青年は、全身を白装束、いや、化学防護服に身を包んでいた。会話するために防毒面こそまだ装着していないが、準備はすぐに整う構えだ。


「了解!無茶しないでくれよ!」


 指揮官に背を向けたまま、右手を横に突き出して親指を立てて返事する。


 正面から轟音が迫ってくる。それは防護柵が破壊される轟音と、地竜たちの咆哮だ。

 青年は傍らに立てられていたメガホンを掴んでスイッチを入れる。


『我が国への侵攻に対して、こちらは、あらゆる武装火器の使用を認められている!お前たちは、速やかにこの地より撤収せよ!』


 青年は洞窟、いやトンネルの出口に陣取り、迫りくる相手に向かってメガホンで警告を叫ぶ。


 相手は怪物故に聞く耳など持ってはいない。呪術師たちやその指揮官の耳には届いていても、意に介しはしないだろう。


 巨体が金属にぶつかる激しい音が響いた。五十メートルほど前方に設置されていた、巨大な鉄杭のバリケードに竜たちが激突したのだ。ガリガリと音を立てて、徐々にではあるが押されているように感じる。


『警告は行った!今より、冥府の使いを解き放つ!これから起こることは全て、お前たちの所業の報いと知れ!』


 宣言を行うと化学防護服の、防毒面を完全に装着。スイッチを入れると、工業用の大型扇風機四台が全力で運転を開始し、力強く風を前面に吹きつけはじめる。

 そして青年は手元にあったバルブに手をかけた。


(もうこれで、後戻りは本当にできなくなる)


 しばらく迷うが、防護面越しに耳に突き刺さる竜たちの叫び声に覚悟を決める。


「解放!」


 バルブをひねると、黄緑色の禍々しい煙が噴き出した。通常の空気より比重が重いガスは、背部からの扇風機の風に乗って一直線に竜たちの下に向かう。


『!!』


 煙が竜たちを覆った直後に異変が起こる。黄緑色の煙を吸った竜たちは次々と苦悶の咆哮をあげると身もだえ、のたうち、やがて目と口から血を流し、力尽きて死んでいく。


「何だ?!何が起こったのだ?!」


 後方にいた竜たちは、すぐさま命の危険を察知し、竜使いたちの命令を無視して逃げ出し始めた。だが、扇風機に押し出される煙の速度は速く、その巨体ゆえにその場に詰まった竜たちだけでなく、後方に控えていた竜使いや兵士たちを飲み込んでいく。


『ぎゃゃぁぁぁぁぁ!!』


『うぐわぁぁぁぁぁ!!』


 阿鼻叫喚が、断末魔の叫びがトンネル内に響き渡る。


 トンネルの入り口から、真っ先に吐き出されたのは竜たちだった。だが、どれも目と口から血を吹き出していて、制御を受け付けない狂奔状態となっている。

 待機していた自軍の部隊に飛び込むと、のたうちながら兵たちを吹き飛ばし、蹴散らし粉砕していく。


「ええい!何が起こっている」


 馬に乗った指揮官が、何とか統制を取ろうとするが、そこにトンネルから出てきた黄緑色の煙が到達した。煙は兵たちを、指揮官の馬を覆う。


『うがぁぁ!』


『ぎゃぁぁ!』


 煙に巻かれた兵たちは武器を放り出して、目と口元を抑えてもだえ苦しむ。煙を吸った馬たちも狂奔し、背に乗っていた指揮官たちを放り捨てる。


 投げ出された指揮官は強かに地面に叩きつけられた。地面には煙が最も濃く流れており、指揮官は打撲だけで無くこの煙を否応なく吸い込んでしまう。


『ぐふぁ!!』


 指揮官は体を砕かれた痛みと、目と喉、そして肺を焼かれた痛みにもだえ苦しみながら死んでいく。


「地獄だ。これはまぎれもなく地獄の光景だ……」


 迷彩服に身を固めた者たち数名が、巨木の上から眼下の惨状を眺めていた。


 双眼鏡に映っているのは迫る煙に巻かれ、もだえ苦しみながら死んでいく大勢の兵士たち。指揮官たちも統制が取れなくなる中、狂奔にのまれ落馬し、やはり死んでいく。


 迫りくる死の霧を前に、懸命に統制を取ろうとしているのは敵の将軍だろうか。


「あれだな」


 それを見つけると、樹上の一人は、樹上を風のように風のように駆け抜け、付近の大木に。混乱の渦中、その者の接近に誰も気づく様子はない。


「好機!」


 その者は背負っていたコンポジットボウを手にすると、瞬く間に矢をつがえ、標的をにらむ。標的は無論、この場で最も華やかな装備をし、護衛に囲まれている敵将らしき人物。狙いはその無防備な……顔面。


 わずかな静けさをつかんだ瞬間に一矢を放つ。矢は鋭く疾く一条の光となって、敵将の眉間を射抜いた。


 敵将はそのまま、馬から転げ落ち、地面に叩きつけられた。


 それだけ見届けると、長居は無用と、またしても風のように樹上を走り抜けるように飛び渡る。追手の気配は無い。咄嗟に追いつける場所と速度では無い上に、何より彼らには毒霧が迫っていた。


『閣下、効果は絶大だ。敵は大混乱に陥り指揮官らを失った。念のため敵将を射かけておいたが、生死は大して問題にならないだろう。貴方はこの地上に真の地獄を現出させたのだから』


『そうか』


 防護服に身を包み、閣下と呼ばれた男はトランシーバーからの通信に淡々と答える。


『報告ありがとう。君たちも速やかに退去してくれ。状況報告は観測所から行ってもらう。そして地上に降りるなら絶対に防護面の装着を忘れないでくれ。毒ガスは相手を選別してくれないのだから』


『了解した』


 通信を聞き終えると、男はトンネルの塞がれていた簡易の戸を開いた。眩しい光が一杯に目に飛び込んでくる。


「閣下を洗浄しろ!」


 勢いよく青年に水が浴びせられ、付着していた埃もろとも洗い流される。そしてすぐに布を持った者たちが水気をふき取る。しっかり流し落とせば大丈夫なはずだ。


「ぷはぁ!」


 青年は防毒面を取った。その額、いや顔中が滝のような汗で水浸しのようになっているのは決して防毒面内部の暑さによるものだけではない。


 思わず自分の手で額を拭いそうになったが、その前に周囲の者が布で丁寧に汗を拭ってくれた。


「ありがとう」


 礼を言うと対岸の景色を見る。美しき山野、草原、そして白く輝く城。そして喜び駆け寄る人々。


「閣下!」


「よくぞご無事で!」


 この光景こそが、彼があらゆる非道を行使してでも守り抜くと誓った人々が住まう土地なのだ……。

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