随筆集め

もなか

第1話お地蔵様

母の実家は元商家だ。本家は、農場を持っていて牛乳屋を営んでいる。祖父の代には、やはりあの家の一階は、牛乳屋の店舗となっていたらしい。

木造の二階建ての建物の一階は、国道沿いから見れば店舗であり、玄関のある裏道側から見れば、倉庫になっている。この倉庫は、隣家との塀の隔たりもなく、扉の横には、アロエやコムラサキ、アジサイなどが、どちらの家のものということもなく生え広がっている。そして、その植物に囲まれるように、お地蔵さまが一体ある。このお地蔵さまは、祖父がこちらで家を買う時についてきたものだという。

年に二回、1月と8月にこの地域では『お地蔵さん』と呼ばれているお祭りがある。国道沿いを、箱根の双子山を見ながら歩き、消防署の大きな櫓を右手に見ながら、城山のトンネルの横を抜け、光円寺を右に曲がる。そのまま、まっすぐ歩くと出店が出ており、ずいぶんと賑わっている。さらに歩みを進めると右手に板橋の地蔵堂が見えてくる。祭りは、ここで行われている。1月の昼では、参道をでて寺の敷地の外まで参拝客が並んでいるが、夏の昼は、暑さのためにそれほどの客はいない。

線香を買い、大香炉に指す。煙は、そのまま拝殿へ付いてきて、そこへ充満している。賽銭を終えると、祖父母の命日を伝え「おろー」に火をつけてもらう。

そして、私は必ずこの後に、拝殿を出て左手に飾られている地獄絵図を見る。右側の巻物には、生きながらに、燃えている女や大きな石に押しつぶされて、血を噴き出している男達の絵が書かれている。中央の巻物には、賽ノ河原。左手には、仙人界の文字や、花の咲き誇る場所で優雅に死後を暮らしている人々の様子が描かれている。私は、この絵について詳しい話を聞いたことが有るわけではないので、常々思ってしまう。どれほどの悪事をしでかし、どれほどの善行を繰り返したものがこの様な隔てを産むのだろうかと?

夏の出店には、かき氷が多く出ているが、丁度、寺の目の前の店では、いつも銀色のバケツ一杯にラムネ瓶が沈められていた。参拝を終えると、必ずここでラムネを一本買っていた。からり、からりと瓶とビー玉のぶつかる音に、入道雲が写しだされていた。



『お地蔵さん』のお祭りの日に、母の実家とその近隣では、朝に、坊さまを呼び、先に述べたお地蔵様の前でお教を唱えてもらう。夏の日差しをよけるように、みながお地蔵さまにより、冬場よりもくっついて手を合わせる。右足に、アロエがぶつかり不快に感じるが細い路地裏のために、他に行く場所もない。背中をつぅと、汗がつたう中で、掌を合わせて目を瞑る。坊さんの声に続いて、「南無阿弥陀仏」ともぞもぞと声をだす。赤いよだれかけを着せられたお地蔵様は、どの季節でも表情を変えない。ただ、照り返しの強い夏には、お地蔵さまのあるところだけが、日向になり眩しく輝いているように見えた。

お教が終わると、二階へと続く階段をぱたぱたと登り、真っ青な切り子のコップに入れられた冷たい麦茶を振る舞う。お盆には、必ず水滴がコップの縁の形を描いていた。

麦茶を飲みほして、お礼の言葉を告げでコップをお盆に戻したAさんが、こんな昔話をした。

Aさんの若い頃には(Aさんの年はわからないが、おそらく戦前ころ)、母の実家と隣家の間には、細い小道があり、このお地蔵様はその小道の奥ばったところに置かれていたという。Aさんは、毎朝Aさんの母から、小さなおにぎりをもらいお地蔵さまに供えていたという。

ある日、いつものように小さなおにぎりを持ち、お地蔵様の前へ行き、お供えをした。ふと、お地蔵さまの顔を見るとその目が、本物の人間の目になってこちらを向いていたという。Aさんは、怖くなり泣きながら家に帰ったという。そして、それ以来、彼女はこのお地蔵さまは、生きていて、自分たちの行いを見ているのだと確信したという。




私は、その話を聞いた年の祭りで、お地蔵さんの形をしたお守りを一つ購入し鞄に付けた。

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