79. お喋りしてあーんして

「さてダーリン」

「なにかなハニー」


……。


「な、なんか恥ずかしいからやめましょ」

「おっけー。とりあえず話の続きをしよう?」


さらっと流された。あたしがこんなに動揺しているというのに…いえ、いいの。郁弥さんなんてこんなものよ。さっきの話の方が大事。


「そうね。…先に話してくれていいわよ?」

「うん。ええっと…カフェラテとカフェモカってミルクの使い方が違うでしょ?ラテはそのままだし、モカは泡立てたミルクだったよね。空気が多いぶんモカの方が濃くなると思うんだよね」

「…あたしもほとんど同じよ。でもモカはチョコレートソース入れるから甘みはモカの方が強いと思うわ。あと、泡でも液体でもそんなに量は変わらないわよ」


たぶんだけど。


「そう、かなぁ…。入れるチョコレートソースが苦い可能性は?」

「…あたしの知ってるチョコレートは甘いわ。郁弥さんのは?」

「…甘いね」


苦笑ダーリンが可愛い。好き。


「つまり、カフェモカの方が甘いのよ。いい?」

「…うーん」


納得してない顔。

…仕方ないわね。


「そもそもの話、あたしと自分自身、どっちの方が正しいと思うの?」

「そんなの日結花ちゃんに決まってるよ…はっ!計ったね!?」

「ふふふ、私程ともなると貴方を奸計かんけいに陥れるなど造作もない事よ」

「あ、うん」

「ちょ、ちょっと!ちゃんと付き合ってよ!」


あたしが一人で空回りしてるみたいじゃないっ。


「いや…なんか気分じゃ…」

「お待たせいたしました。アイスカフェラテになります」

「はい、僕です。ありがとうございますー」

「こちらはアイスチョコレートになります」

「はーい、ありがとうございまーす」


アイスチョコレートを受け取る。一口飲めばチョコレートの甘みが口の中に広がった。


「ごゆっくりどうぞ」


歩いていく店員を尻目に目前の恋人を見つめる。


「な、なに?」


アイスカフェラテをストローで口に含みながら、薄く頬を染めて眉尻を下げた。ほんの少し顔を傾けているところがキュート。


「アイスカフェラテの味はどうなの?」

「あ、うん。甘くはないよ。飲みやすいコーヒー、みたいな感じ?かな」

「ふーん…」


特に変わったこともない様子。あたしのアイスチョコレートとは違って全然甘くないみたい。


「…ね、郁弥さん。少し飲んでもいい?」

「ん?…え、うん。いいけど…いやいや、いいの?」


あせあせと言葉を漏らす。

おそらく、というか確実に間接キスがどうとか考えているんだと思う。赤くなった頬がそれを物語っている。


「いいの。だめ?」

「う…だめじゃないけど…」


上目遣いを披露して彼からの言質をいただいた。


「じゃあいいわね。少しもらうわ」

「あ…」


結露して濡れたガラス製のコップを手に取ってストローを口に含む。

胸がドキドキと高鳴るのは気のせい。顔が熱いのも気のせい。郁弥さんの顔見れないのも気のせい。


「…ん。べ、べつに普通ねっ」


いろんな意味で甘みがすごいとかそんなことないわ。アイスチョコレート飲んだ後だからか、むしろ苦いくらいよ。


「あ、あはは…普通のカフェラテだからね」

「ええ。…えっと、ありがと」

「ううん。いいよ。全部飲まれたわけでもないし、気にしないさ」


くすりと笑って言った。照れもなにもまったくなさそうに普段通り。

ずるい。こっちは顔が火照ってしょうがないというのに。ずるいわ。


「むぅ…」

「えっと…なんか不満そうだね」

「あら、わかったの?」


困り顔に定評があるあたしの郁弥さん。相変わらず癒しの雰囲気がすごい。


「さすがにそんな顔されたらね」

「そう?ならどうしてほしいかもわかる?」


あたしの好きな人ならちゃんと言ってくれるはず。


「…はぁ、うん。僕にできることならなんでもするから、なんでも言ってよ」


諦めの息を一つ。

なんでも言って、ですって。さっすが郁弥さん。そうこなくっちゃ。


「ふふ、はいっ、飲んで?」

「…そうくるかー」


苦笑を隠さずに呟いた。

ごめんね、あたしの気持ちをわかってもらうにはこうするしかなかったの。許さなくていいからちゃんと飲んでね。


「さ、飲みなさい」


ストローを向こう側になるようコップを持つ。軽く傾けて飲みやすく差し出した。


「…ん」


ゆったりとした動作でストローを口に含み、アイスチョコレートを吸い飲む。

なぜかあたしと目を合わせたままで非常によろしくない。急激に顔の温度が上昇する。


「…ふぅ、甘いね。美味しいよ」(ニコッキラ☆)


眩しいっ!


「も、もう終わり!甘いなんてチョコなんだから当然でしょ!まったくもう!」

「ふふ、そうだね。美味しかったよ。ごちそうさま」


軽々と笑ってお礼を言われた。

なんか釈然としないけど…。


「…まあいいわ。それよりほら。今日はこれからどうするの?」


間接キスのことはひとまず忘れて、切り出すのは今日のこと。


「あー…どうしようか?それなりにデートコース考えてきたけど、全然伝えてなかったね」


昨日の夜は今いるお店について少し聞いたくらいだった。いくつかあるうちのどれがいいー?みたいな。

他のことはほとんど決めていないので、郁弥さんの言うデートコースのこともまったく知らない。


「ええ。教えてくれる?」

「いいよ。今日はお昼食べてから色々見回って、適当に駅近くまで見回ったら解散、って流れがいいかなーと思ってたんだ。どうかな?」


なるほど…。悪くない。悪くないけど…。


「…ここ出たあとって外歩き回るの?」


郁弥さんの案には諸手を挙げて賛成したいところなのだけど、頭の冷静な部分が言うの。外は暑いわって。


「ふふ、あんまり歩かないから大丈夫だよ。見ようと思ってるところも考えてあるからね」


爽やかな笑顔にくらっときた。

あたしの思いをきちんと汲んでくれるのが郁弥さんクオリティなのよ。最高っ、大好き!


「ふふん、そりゃそうよねー。だって郁弥さんのデートプランだもん。いいわ。今は聞かないであげる」

「あはは、ありがとう」


和やかな雰囲気で話を続ける。いい感じにカップルっぽくて少しだけ頬が緩んだ。


「それじゃあ日結花ちゃん」

「お待たせいたしました。エビのチーズクリームパスタをご注文のお客様」

「はーい、ありがとうございますー」

「…こちらがベーコンとトマトの地中海風パスタになります」

「ありがとうございます」

「ご注文は以上でよろしいですか?」

「はい、大丈夫です」

「それでは、ごゆっくりどうぞ」


やけにかっこいい美人な店員が去っていく。後ろ姿まで様になっていて、一瞬目を奪われてしまった。

もしやと思って正面に顔を向けた…けど、郁弥さんが見惚れているのは料理、と。…まあ、そうよね。


「食べようか?」

「ええ。いただきます」

「いただきます」


無駄なことに思考を割くのはやめて、フォークでパスタをくるくると。


「…ん」


…はー美味しい。

エビの魚介っぽいコクがチーズと混ざってぎゅーって詰まったみたいになってる。

味は濃い目ね、これ。美味しいわ。


「…あむ…うんうん……郁弥さん郁弥さん」

「…はい、なに?」


少し食べてみて、それから想い人の方はと確認する。食べてる最中だったからか急いで飲み込んで返事をくれた。

ごめんね、大事な話だから許してちょうだい。


「あら大変!頬にパスタがついてるわ!」

「え?なにそれあり…んむ」


ささっとおしぼりで唇の横を拭ってあげる。なにやら抗議の声をあげようとしていたらしいけれど、途中で遮らせてもらった。


「えへへ、はい取れた!よかったわね!」

「…ええと」


頬に薄っすらと朱が差す。

…勢いでやってよかったわ。あたしも顔熱いもの。


「…色々言いたいことあるんだけど、とりあえずパスタって頬につかないよね…」

「そうかしら?」

「…せめてソースだったらありえなくもなかったかもね」

「ふーん…次からそうするわ」

「あ、今認めたよね」

「…気のせいじゃない?」

「…はぁ」


ため息をつかれた。

理不尽な。断固抗議するわよ。


「まあ、うん。別にいいけどさ。日結花ちゃんのやりたいことにはなんでも付き合うって話したもんね」


あたしをちら見してから照れ気味に続けた。

いいわ。抗議は取り下げてあげる。ついでにあたしの恋人への昇進も考えて…いえ、推薦してあげる。


「そう?じゃあ一ついい?」


ちょうどいいからもう一つお願いしておこう。どうせやることだし、なんでもやってくれるならお願いしちゃう。


「なに?いいよ?」

「そっちのパスタ一口もらえる?」


あたしのお願いが予想外だったのか、目をぱちくりさせて口を開く。

可愛い。付き合いましょ。


「そんなことでいいの?」

「ええ、お願い」

「うん。はい、食べていいよ?」


軽い調子で答えてお皿をあたしに向けた。飲み物のグラスとかずらしてパスタのお皿をこちらに近づける。


「……」

「……うん?」


無言でお皿を見て、それから郁弥さんの瞳を見つめる。

こうやって見てると思うけど、あたしの恋人ってとことん優男オーラあるわよね。優男…というより人畜無害なロバとかポニーみたいな…。ほら、今だって不思議そうな顔してぽわぽわしてる。癒される。


「食べないの?」

「あ…」


…ごめんね、忘れてた。


「食べ…たいけど、そうじゃないでしょ」


あっぶなかったぁ。普通に食べようとするところだった。そうじゃない、そうじゃなかったのよ。


「え、何が違うの?」

「お皿差し出すんじゃなくてちゃんとフォーク差し出しなさいよ。だめでしょ?まったく」

「ええぇ…」


ピシッと人差し指を立てて教えてあげた。

そう。お皿を差し出すんじゃなくてフォークであーんしてくれなきゃ。


「なんで僕が叱られてるみたいになってるのかわからないけど…はいあーん」

「あー…ん…んふふ、美味しいわっ」


ぽつりと文句を言いながらも流れるようにあーんしてくれた。

だから郁弥さん好きー!



「はいあーんっ!あたしのも食べて?」

「…んん…うん、美味しい」

「ふふ、よかった。どう?もっと食べる?」

「日結花ちゃんが頼んだものだし、遠慮しておくよ」

「もっと食べる?」

「え?いや日結花ちゃんのだから」

「食べる?」

「…遠慮し」

「食べて?」

「…はい」


「あ…む……ふぅ、もういいよね?半分は食べたよ?交換しよう交換」

「それは…あたしに食べさせてくれるってことね?」

「…そうだね。うん。それでいいよ」

「ふふ、お願いねー?あ、ベーコンも一緒でいい?」

「はいはい、承りましたよお姫様」

「んふふ…んー……んんー!美味しい!次々ー!」

「はいあーん」

「んー……はー美味しい…」


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