56. 映画デートにお食事の話

『―――俺たちにしかできないことがある!そうだろみんなっ!?』

『はは…そうだったな団長。あんたはそういうやつだった…ついていくぜ、俺はあんたによ』

『私もあなたの想いに惹かれて来たんです…このステージ、最後までやり切りましょう』

『…団長。あんたに言われちゃ負けられねえや…やってやるぜ!』


主人公チームが熱血風に団結している。舞台は決勝…でもなんでもなく準々決勝。

映画としては、2の主人公ことウィリス率いる団が予選から決勝まで全て違う魅せ方をすることが目玉で、この準々決勝は負けそうになるところを大逆転のド派手な勝利で飾る演出になっている。


『…なぁ、アリティア。あれがうちのリーダーが言ってたチームか?』

『…らしいですわね。わたくしも少し予想と違いすぎて困惑しております』

『二回戦のときとは大違いじゃないか…もしかして一回戦のときも違ったのかい?』

『アタシは知らねえぞ。見てねえからな。アリティアは見てたか?』

『いいえ、私も知りませんわ。リーダーなら知っているかと思いますが…』

『…あの人お手洗いにこもりっきりだからなぁ』


普通、ステージは一つの団だけなのにウィリスの団は魔法で敵を作って、あたかも別のチームがいるように見せている。

その舞台を眺めて感想を述べているのがあたし含めライバルチーム。ちなみにアリティアがあたし。


「「……おー」」


ちょうど敵チームが光になって色とりどりな魔法が飛び散ったところ。魔法の雨が降り注いで幻想的な水の演出が決まる。

二人揃って声を漏らしてしまった。


「…えへへ」

「…はは」


目配せをして小さく笑い合う。


「…日結花ちゃん」

「っ!?…な、なに?」


あ、あやうく普通に声出しちゃうところだった…。近すぎる。耳元で囁かないでっ…。


「…ええっと、今話しても大丈夫?」


躊躇いがちな声音に顔を彼の方へ向ける。当然間近に目と鼻と口があるわけで、ほんの少し詰めればちゅーが……。


「う、うん…平気よ」


ううん、平気じゃない。全然平気じゃないから。こっちは距離詰めようとするの必死にこらえているのよ?早くちゅーして…違う違う。前向こう前。


「…さっきからそうかなって思ってたんだけど、アリティアって日結花ちゃんだよね」


どうにか前を向いたはいいものの、そのぶん耳元に声が入ってきて…なにかしらこれ。変な感じ。くすぐったくてドキドキして…このままぎゅっと横抱きしてほしいわ。


「はふぅ…」


また色々やってみたいことが出てきちゃった。囁かれるだけでこんな幸せなら、ぎゅーっと抱きしめてもらいながら寝たらどうなるのよ…あぁ、うん。あたし幸福死するわね。

他にもぴったり横でくっついて身体預けたり、耳元で"好きだよ"とか"大好きだよ"とか囁かれたいわ。


「日結花ちゃん?」

「え…あ、うん。あたしあたし。アリティアはあたしよ」


完全に忘れてた。今隣に郁弥さんいるんだった…。


「やっぱり?日結花ちゃんっぽい声だったからね」

「ふーん?…よく当てられたわね。ありがと」

「ううん。日結花ちゃんの声だから…これくらいわかるよ」


せっかく前を向いたのに、グッとくる優しい声に反応してしまった。あたしを惹きつけた当の本人は何事もなかったように映画を見ている。

横顔に表情が浮かんでいるわけでもなく、自分を見つめる瞳に気づいて軽くウインクをぱちりと…。


「…はぅ」


ずきゅーんと効果音が聞こえた…ような。聞こえなかったような…。とにかく破壊力が強過ぎた。あたしのハートが綺麗に撃ち抜かれちゃった。

もともと撃ち抜かれていたのは置いておくとして、この人ウインクなんてする柄じゃないのに…映画でいつもより気分上がってるのかな。


「……」


まともに顔が見れない。熱い。惚れる。照れる。ここが映画館で本当によかったと思う。顔赤くしててもばれないし、話さなくても違和感ないもの。

……よーし、映画見よ。…あ、もう一回ウインクしてくれてもいいのよ?



「うー、終わったー」

「終わっちゃったね…面白かったなぁ」

「ん、そう?面白かった?ほんとに?」

「あはは、そんな聞かなくても本当だから大丈夫だよ」


2時間弱の『Magicgl Music2』が終わり、劇場を出た。満足げな呟きに冗談めかして聞き返すと柔らかい笑みが返ってきた。


「ふふ、どの辺が面白かった?」


基本的にステージは全部面白いし、それぞれの団員のやりとりも面白い。特にウィリスの団は個性豊かで笑いが多い。

ちなみに、あたしは準決勝でアリティアがジュエルマジックを連鎖させて魅せるシーンが一番好きだったりする。


「ずっと面白かったけど…やっぱりステージかな。演出が綺麗で見応えあったし」

「まーそうよね。アリティアはどうだった?」

「え、可愛かったけど?」


当然とでも言いたげに純粋な瞳。

その可愛いはアリティアを演じた役者の人なのか、アリティアの声を吹き替えたあたしのことなのか…。


「それはあたし?それともアリティアを演じた人?」

「ええぇ…それ聞く?僕アリティア役の人知らないよ?」

「知らなくてもいいわ。アリティアを見ての感想だけでいいから。どっち?」

「うーん…答えなきゃだめ?」


ちらっと上目遣いにひどくきゅんとし…じゃなくて、ここはきちんと答えてもらわなきゃ。あたしにそんな困り顔しても通じないわよ。


「だめ」

「ええと…どっちも可愛かったよ。アリティア役の人ブロンドで綺麗だったし、日結花ちゃんはいつも通り良い声してたから…まあでも日結花ちゃんが演じてなかったらそもそも気にしなかったと思う…よ?」

「…つまり?」


回りくどく話すところをまとめる。簡潔に言ってもらわないと面白くない。


「…つまり、日結花ちゃんの演技が素敵でした…。恥ずかしいなぁこれ。もう言わせないでくださいっ…」


顔を背けて小声になる。後ろから見えた横顔は赤みがかって照れた表情が素敵。

あたしの演技が素敵とか言うけど、郁弥さんの表情豊かな顔の方が素敵だと思うのよ。もちろんあたしの演技も素敵だけど。実際アリティアはいい出来だったし。


「ふふ、さすがあたしよねー。これなら知宵にも勝てるんじゃない?」

「え、それは無理じゃないかな」

「ど、どうして郁弥さんが言うのよ!!」

「ごめんごめん!つい口が滑っちゃって!」


…あたしだってわかってるわよ。上手いは上手いにしても知宵には勝てないことくらい。でも…今の雰囲気は賛同してくれるところでしょう?


「…なら本心ってことよね」

「…うん。言い訳させてもらうと、日結花ちゃんにはもっと上を目指してもらいたいんだ。日結花ちゃんの声は大好きだけど、役作りが今より上手くなればもっともっと好きになれると思うから」

「…むぅ」


"もっと上を目指す"とか、どっかの漫画みたいなセリフ。全力で反論したかったのに…あたしが好きとか言われたら言い返せない。ずるい。


「…いいわ。頑張るから。じゃあもうこの話終わりね。次行きましょ次。ご飯の話!」

「おーけー。応援してるよ…それでご飯か…お腹減ったね」

「ええ。もう15時30分だもの」


時計を見れば時刻は15時半前。お昼どころかおやつ時。朝遅くしたとはいえお腹減った。早く食べたい。


「どこ行こうかー。何か食べたいものある?」

「ないわ」

「即答かぁ…」

「そういう郁弥さんこそないの?」

「ないよ」

「あたしと変わらないじゃない…」


映画館を出て歩く。目的地は決めず、とりあえず飲食店の多い方向へ。


「あはは…何食べるかは後で決めるとしてさ。まずはフリルーモまで行かない?」

「ええ。いいわよ」


さ!手を繋いで行きましょ!!とか言えたらいいのにねっ!


「じゃあ、手繋ぐ?」

「……え?」


なに?手繋ごうって言った?ほんとに?


「今日はデートだからね」

「……」


普段通りな笑顔で微塵も動揺なく手を差し出してきた。

デートだからってそんな簡単に言えるものなの?…あたしには無理。こんな人目のあるところで手繋ぎデートにきゃっきゃうふふはできないわ。


「…繋いだ方がいい?」

「うん?うーん…やめようか。僕も冗談のつもりだったけど、日結花ちゃん悩ませちゃったみたいだし」

「…うん」


…冗談かぁ。もったいないことしたかな。この人のことだから冗談って言ってもほんとに繋いじゃったらそのままでいてくれそうだし…でも、これでよかったかも。まだ手を繋ぐには早いと思うの。手を繋ぐなんてそれこそ恋人になってからじゃないと…。


「ん…手を繋ぐのは…そうね。郁弥さんがあたしに告白でもしてくれたら考えてあげるわ」


はぁ…変にドキドキしたぁ。手…繋いでおけばよかったかな。ちょっとだけ後悔。


「告白ねぇ…はは、それはどうかな。期待しないで待っててよ」

「…さては告白しないつもりね。そんなこと言ってるといつまで経っても恋人できないわよ?いいの?」


さらりと受け流された話を上手く変えて打ち返した。

あなたが期待しないでって言ってもあたしは期待するから。むしら期待しかしないんだから。今もそうだけど、もやもやさせられたぶんだけプラスで期待していくんだから!


「はっはっは!残念だったね日結花ちゃん!僕に恋人がいないっていつ言ったかな!?」

「え!嘘!?いるの!?」


無駄に自信満々な姿を見て不安がよぎる。頭の中では美人な女の人が微笑んでいて…なにそれやめて。ていうか誰よ。ちょっとだけ知宵に似ててむかつく。


「もちろん嘘だけどね!」

「…殴るわよ?」

「ご、ごめんなさいっ」


謎の自信は粉々に砕け散って、びくびくと悲しそうな顔を見せた。久しぶりに見る挙動が緊張さんを彷彿ほうふつとさせて笑いそうになる。


「んん、こほん…どうしてくだらない嘘をついたのかしら?」

「いきお」

「ノリとか勢いとか言ったら抱きついて悲鳴あげるから」

「やめてっ!?僕の人生終わるよそれ!シャレにならないからね!?」


あせあせ弁解しようとするところが可愛らしい。悲鳴をあげるといっても声にならない悲鳴できゃーきゃー言うだけなのは内緒。

実際抱きついたりしないもの。細かいことまで伝える必要ないわ。


「はいはい。なら真面目に言いなさい」

「…日結花ちゃんはご存知なように、僕はもうすぐ25歳です」

「ええ、そうね?」


神妙な面持ちで話し始めたと思いきや、また長そうな前置き。

いくら長いお話でも、あたしは優しいからちゃんと聞いてあげる。


「25ともなれば、恋人の一人や二人いて当然だと思うんだ」

「そう、かしら?」

「そうなんだよ…だから見栄を張ってしまいました。ごめんなさい」

「ふーん…」


25に恋人がいるかどうかはどうでもいいとして、見栄なんて張ることないのにね。だってあたしがいるし。恋人くらいいつでもなってあげるわよ。


「女の子とデートしてる最中に恋人がいるとかいないとか常識ないと思うの、あたし」

「…滅相もございません」

「…まったく、今度嘘ついたら怒るから。わかった?」


ほんとにまったくよ、もう。好きな人できたとか恋人できたとかそんな楽しくない嘘はいらないわ。もっと楽しい…あたしを好きになっちゃったとかあたしが大好きになっちゃったとかそういうのにして。


「…はい…じゃあえっと、ご飯しようか?」

「う…」


なんて破壊力っ。目を伏せた状態からの子犬みたいな瞳はずるい。言い方もずるいのよ。なにその"ご飯しよう"って。わざとじゃないのはわかってるんだけど、むしろだからこそ胸が高鳴る。かっこいいのとも大人なのとも違って、これもすっごくあたしを惹きつける。


「ええ。ご飯しましょ…お店はどうするの?」

「…どうしようか。ここまで来たけど日結花ちゃんとの話が楽しくて何も考えてなかったよ…」


きゃー!!大好き!結婚しましょ!!

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