53. 今回の旅行話とお土産

そんなこんなで収録を途中で切り上げ、ご飯もしっかり食べてホテルに到着した。部屋に行って浴衣に着替えて服装や髪を軽くを整えて、またまたの収録。今日最後の収録はDVD用の映像。


「みなさんこんばんは。咲澄さきすみ日結花ひゆかです」

「みなさんこんばんは。青美あおみ知宵ちよいです。本日はDJCD第四弾、石川観光金沢・加賀山中編をご購入いただきありがとうございました」


…眠い。


「…ええっと、ここまで聞いてくれたリスナーはあたしたちのこともわかっていると思うんだけど…ていうかわざわざDJCD買ってくれてるくらいだからわかってて当然だと思うんだけど…今眠いのよね、あたし」

「…私も眠いのだから一人で言い逃げするのはやめなさい」

「あぁ、うん。ごめんね。普通に眠くて」

「あなた、本当に眠そうね」

「うん…でもこの収録くらいは大丈夫だから。…まずなに話す?」


歯磨きとかしちゃったし正直このまま眠れそうな感じはある。もちろん、お風呂は入ってないし、お化粧も落としてないから眠れないけど。


「…浴衣の話でもする?」

「…別にいいけど、そんな話すことある?」


普通に部屋に置いてあった浴衣に着替えただけで、特に何かあったわけでもない。


「ふむ…」


お隣の浴衣美人はあたしの問いかけには答えず、上から下まで視線を走らせる。突然全身を眺められて居心地がよろしくない。


「よく似合っているじゃない」

「え、あ、ありが…と?」


素直に褒められて微妙な返事になってしまった。

嬉しいには嬉しいんだけど…どう考えてもあたしより知宵の方が似合ってるから、ちょっと複雑。


「知宵も十分似合ってるわ」

「ええ、ふふ。ありがとう」


お互いを褒め合って変に和やかな空気が流れる。


「それに…」


知宵の似合い具合はあたしとは違ったものがあると思う。あたしは世間一般でいう普通に似合ってて可愛い感じ。知宵のは…美人なところが色気を出しているような、色っぽいとかそんな感じがある。すごく癪だけど。


「うん。やっぱり髪が綺麗で長いから似合ってるのよ」

「そうかしら?…和服だと私のイメージも違う?」

「違う違う。今の方が美人っぽい」

「そ、そう…」


頬を薄っすら染めて美人度が上がる。

美人な上に可愛いって…天は二物を与えずとはよく言うけれど、知宵に与えるならあたしに与えてくれてもいいじゃない。ほら、色気とか。


「知宵に浴衣が似合うなんてわかってたからいいのよ。それで?浴衣話ってなに話すの?」

「そうね。私は今年初めて浴衣を着たわ。あなたは?」

「あたし?あたしも初かな。着る機会ないし。前に着たのは…」


いつだったかな…全然記憶にない。イベントとかで着てるとは思うのよ。和服着て朗読したり歌劇やったり、そういうのもあるから…あとは…あー、京都で着たかも。


「あんまり覚えてないけど、とりあえず京都行ったとき一緒に着たでしょ?あのときよ」

「ふむ…私と同じね」

「やっぱり?浴衣とかってあんまり着る機会ないものね」


あたしは浴衣着るの結構好きなのよ?だって可愛いし、旅行来た!って感じもするし。でも着るタイミングそのものが少ないから…あれ。


「ねえ知宵」

「なに?」

「あたしたちってさ。山梨行ったとき、なんで浴衣着なかったんだっけ?」

「山梨?…確か、ホテルそのものに浴衣がなかったような気がするのだけど…」

「うん?……んー」


…やばい。全然思い出せない。言われてみれば浴衣がなかったような気もする…たぶん、知宵が正しいのよね、きっと。そう思っておこう。


「あたしは思い出せないから知宵の言うこと信じるわ。とにかく、お互い浴衣がすっごく久しぶり、ってことでいい?」

「ええ。それでいいわ…」


やけに神妙な顔で頷く。


「…日結花」

「な、なに?」


考え事でもしているのかと思ったら、無駄に真剣な顔と声音に動揺してしまった。


「…このホテル、浴衣を着て過ごすものではないのじゃなくて?」


なにを言うのかと思ったら…今さらもいいところなセリフ。


「そりゃそうでしょ。だってここ旅館じゃないし。それに…たしか部屋着で歩き回っちゃいけないんじゃなかった?」


建物からして洋風?っぽいし、そもそも、この部屋がもう浴衣に合う雰囲気ゼロよゼロ。


「そう、なの…?」

「どうなんですか?その辺」

「咲澄ちゃんの言う通りです。ここは部屋を借りてますし、許可もちゃんと取っているので大丈夫…ですよね史藤さん?」

「はい。大丈夫ですよ」


聞いてみればぱぱっと返事がきた。

やっぱり部屋着で出歩くのはだめらしい。


「そうだったのね…」

「そそ。じゃあ浴衣話は終わりにしましょ?これ以上話すことないでしょ?」


変なところで落ち込む知宵を見て話を打ち切った。


「ええ。次は…昨日と今日の感想でも話しましょう?」

「おっけー…石川県ねー。正直どうだった?色々見てきたけど」

「…良いところよ。私たちのように金沢で定番の観光地を回るのもよし、加賀温泉郷で温泉巡りをするもよし。私としては山中温泉をおすすめしたいけれど、リスナーのみなさんは好きなように石川を回ってみてください」

「あたしたちが行ってないところも色々あるのよね。そもそも能登半島行かないし。金沢だけでも観光地回らないところあるし。加賀温泉郷だって山中温泉しか行かなかったもの」


収録時間的に制限があるから仕方ない。現状でさえ結構時間取っているのに、そんな色々回ってたら数時間軽く超えて値段も跳ね上がっちゃうわ。


「ええ。一つの県を全て見て回るのは難しいのよ。それで、日結花はどうだったの?」

「そうねー。美味しいご飯食べて、知らない場所見て、知宵ママパパからも色々聞けて…もう満足」

「明日があることを忘れていない?」

「それは覚えてるけど、正直もうやり切った気が…あー」

「どうかした?」


唐突に納得の声をあげたからか、怪訝そうな顔をする。浴衣の似合う美人が眉を寄せる姿が様になっていた。

…はぁ、嫉妬する気すら起きないわ。羨ましいけど、それより。


「…どうしてこんなに満たされてやり切った感あるのかわかったから」

「…どうして?」

「これまでのDJCDってさ。こんなに長くやらなかったじゃない」

「…それは、収録時間の話かしら?」

「うん。それも含めて。二泊三日なんてなかったでしょ?」

「あぁ…それはそうね」


京都も山梨も一泊二日。今回みたいな長時間の収録はやったことがなかった。前回だったらこの時間は家でのんびりしてるはず。


「あと、昨日今日みたいな濃い収録はしたことないから…」

「…なるほど。わからなくもないわね」


特に知宵の家で肩の荷が降ろせたのには…本当に疲れた。どっと安心感が襲ってきたというか、精神的な緊張がほどけたというか。気が抜けちゃったのよね。


「色々あって気が抜けちゃったのが大きいかも。うん、たぶんそれ」

「…そう。あなたらしくていいと思うわ」

「ん?…ねえ、気を抜いたのがあたしらしいってどういうこと?」

「そのままの意味だけれど。それより、今はいいにしても明日の収録は真面目にやりなさい?」

「それは、うん。大丈夫。さすがに収録はちゃんとやるから」


それが"あおさき"のお仕事だとしてもしっかりやるから平気。


「お二人とも、まるで今の時間が収録ではないような言い方はやめていただきたいのですが…それはともかくとして、これを」

「え、だって特典DVDだもん…ね、知宵」

「そうね。わざわざやる気を見せる必要性もないでしょう。それで、この袋と紙は…」


知宵が受け取った紙袋と一枚の紙。

紙の方は、おそらくいつも通りにカンぺ。あたしたちが読み上げるようのものだと思う。袋は…なにかしら?何か入っているみたいだけど。


「とりあえずあたしが読む?」

「ええ、お願い」

「ええと、"この収録に参加している三人でお二人にプレゼントを贈ります。三人別々のプレゼントを選んだので、どのプレゼントが一番だったかを決めてください"だって」

「なるほど、これは私たちへのプレゼントなのね」

「らしいけど…開けていいんですか?」


高凪さんから無言でOKサインをもらい、知宵に袋を開けてもらう。


「日結花、どれから開ける?」

「うーん…知宵の直感で決めていいわよ」

「そう?ならこれから開けるわね」


袋から取り出した三つの白い小袋。そのうちの一つ、一番大きいものを選び取った。


「これはっ!」

「ん、なになに?」


知宵が取り出したのは金色に輝く液体で、それはまるで女性に美をもたらすような―――。


「…これかー」


なんてことはない。ただの化粧水。たしか…。


「ブライトナノローション、とか言った?」

「そうよ。私も買ったわ。一回り小さいものだけれどね。はい日結花、片方渡すわ」

「え、二つ入ってたの?」

「ええ、なんとも大盤振る舞いなことにね」


手渡された金の化粧水。普通に良い香りのする化粧水で、試用したときの使い心地も悪くなかった。

ただ、あたしよりママの方が気に入りそうなのよね、これ。


「それじゃあ遠慮なく」


受け取った化粧水を机のこちら側に置いておく。


「さ、次は日結花が開けなさい」

「あ、うん」


言葉と同時に渡された袋を開く。今度はさっきより少し小さい。


「…うん?」


取り出したのはタオルのような見た目で、それよりも生地が薄く和風っぽい…手ぬぐい?


「それは…手ぬぐい?」

「そうみたい。はい知宵のぶん」

「これも二つ入っていたの?」

「入ってたわよ」


一つは知宵に渡して、もう一つをひらひらと振った。どちらも絵柄は同じで、加賀温泉郷の加賀四湯が描かれている。


「悪くないセンスしているわね。ただ、以前から思っていたことなのだけれど、私、手ぬぐいの使いどころがわからないのよ」

「使いどころかー…」


言われてみれば、全然使い道が思いつかない。ハンドタオルにしては大きすぎるし、バスタオルにしては小さいし薄い。ハンカチ代わりはハンドタオルでいいし…。


「…飾り布?」

「飾り布って…いえ、それでいいのかもしれないわ」

「うんうん。じゃあ、最後の一個行きましょ。ほら、開けて?」

「ええ」


手ぬぐいを化粧水の横に置いて、知宵が取り出すお土産を待つ。


「…あら…ふふ、日結花。見なさい」


微笑をこぼしてあたしに手を差し出す。知宵にしては珍しく柔らかな笑み。いつもより大人びて綺麗なような…あたしが目を奪われるなんて。これだから大人美人はずるい。


「はいはい…ええと、これ、髪留め?」

「ええ。それもお揃いの髪留めを選んでくれたらしいわ」


手のひらには二つの髪留め。シンプルなデザインで端に花があしらわれている。色はあたしたちのイメージカラーな薄い青色と橙色。


「…普通に可愛いんだけど。あたし、これ普段使いしちゃうわよ?」

「私もよ。普段使いだけじゃなくて、イベントで付けるのも悪くないわね」


カメラに向かってしっかり見せたあと、さっきの二つと同じで受け取ったものをあたし側に置く。


「さて知宵」

「…なにかしら?改まって」

「さっさと一番を決めましょう?」

「あぁ、そういえばそんな趣旨しゅしだったわね」

「そ。だから一番を決めるの」


ちゃっちゃと決めてさっさと部屋に帰ってお風呂入って寝る。眠い。


「…ふぁ」

「…日結花。可愛らしく手で押さえてもあくびはあくびなのよ?」

「う、うん…ほんとに眠くなっちゃって…ごめんね?」

「いえ、いいわ。少し無防備過ぎて心配しただけだから」


…はぁ、普通にあくび出ちゃった。あぶない。手が間に合わなかったらカットしてもらうことになってた。あぶないあぶない。


「ん、ありがと…じゃあ一番決めましょ」

「それはいいけれど、どうせなら私たち同時に言いましょう?」

「あー、うん。いいわよそれで」

「わかったわ。それなら…高凪さん。フリだけでいいのでお願いします」


あくびで気が抜けたのか、あんまり頭が回らない。…ううん。この収録始めたときから全然集中できてなかったわ。高凪さんのフリが、さんのにーの…。


「髪留めかな…」

「髪留め…よね」


集中力に欠けたままの答えは当然のごとく揃った。

…うん。わかってた。


「それで…これって誰が買ってくれたんですか。あたしは篠原さんだと思いますけど…」

「私も篠原さんだと…違いましたか?」

「ふふ、日結花ちゃんと知宵ちゃん。正解ですっ」


これもわかってた。あんなセンス良い素敵なプレゼント篠原さん以外ありえないわ。


「そうですよね。篠原さんさっすがー」

「あはは、褒めても何も出ませんよ?」

「ふふ、もうもらっちゃったから大丈夫です」


可愛い髪留めをばっちりもらったから。


「篠原さん。素敵なプレゼントありがとうございます。それで、どうして髪留めを私たち二人に?」

「?似合うと思ったからですよ?」

「そ、そうですか…」


純粋な眼差しにあっさり撃沈。

知宵、プレゼント選びに理由なんてないのよ。


「ところで、残りの二つはどっちがどっちを選んだんですか?」


頬を赤くした知宵は置いておいて、高凪さんと史藤さんに尋ねる。

あたし予想だと、金箔化粧水が高凪さんで手ぬぐいは史藤さん。


「うん?…あー、また読むんですね。はい知宵、よろしく」

「いいわよ…"今回のプレゼントは史藤が手ぬぐい、高凪が金箔化粧水、篠原が髪留めです"…だそうよ?」

「なるほど、あたし予想は正解だったのね」

「あなたの予想は知らないけれど、高凪さん、この企画で一番になった篠原さんへの特典はあるんですか?」


特典…たしかにうちの企画ならあってもおかしくないかな。


「特に考えてはいませんでしたが、今度僕と史藤さんで出前でも取りますか。篠原さんと青美ちゃん咲澄ちゃんも食べていただければ…どうでしょう?」

「僕はそれでいいですよ。それくらいならお安い御用です」

「わーいラッキー!美味しいのお願いしますねっ」

「私は3000円くらいのでいいので…」

「…いや、それ高いから」


話していれば少しずつ眠気も飛び、収録も順調に終わりを迎えた。部屋に戻り、三人でお風呂に向かう。



「前から思ってたけど、篠原さんって大きいのよね…」

「…比べてあなたは…」

「なに?なんか文句ある?あたしの身体に文句あるの?言いなさい」

「い、いえ…相変わらずあなたは小さいままだと思っただけだから…」

「…べつに小さくないし」

「ふふんっ」

「…ねえ、わざとらしく見せつけるのやめてもらえないかしら?二つしか差がないのよ?それくらいで自慢になるとでも思ってるの?」

「思っているわ。あなたの反応からして一目瞭然でしょう?」

「うぐ…うぅ…いいわよもう。そんな微妙サイズで一人誇っていればいいわ!!」

「なっ!?微妙サイズって…ちょっと先に行かないでちょうだい!私まだ泡落としきっていないのよ!?」


「ふぅ…日結花ちゃん日結花ちゃん」

「はい、はい。なんですか?」

「…やっぱり私への敬語を取り払うのはだめですか?」

「うーん、知宵の家でも言いましたけど、無理じゃないんですよ?無理じゃ…ただ、あたしより先に知宵と話すべきだと思うんです」

「だ、だから…知宵ちゃんにも話したんですよぉ…そうしたら」

「無理って言われたんですよね?知宵のことだから今さら恥ずかしいとか、たぶんそんな感じだと思いますけど」

「…はい。おっしゃる通りで」

「ふふ、そこは篠原さんが頑張るところですよ。あの子と一番親しいの篠原さんなんですから」

「…うう」

「ほら、早希さきお姉ちゃん!頑張って!」

「さっ!?日結花ちゃん!もう一度!!もう一度おっしゃってくださいっ!!」

「嫌です」

「ど、どうしてですかぁ!?」


「ふぁ…ミストサウナっていいわね…」

「日結花。寝るのは部屋に戻ってからにしなさい」

「…うん…」

「ちょっと!あぁまったく!あなたは子供なの!?……いえ、子供だったわね」

「…べつに子供じゃないし」

「はぁ…どっちでもいいから私に寄りかからず歩きなさい。滑るわよ」

「うー…ん…うん」


「そういえば、あたしたち三人で一緒の部屋って初めてよね?」

「そうね。これまでは峰内さんがいたもの」

「ですねぇ。ふふ、少し楽しくなってきました」

「あたしもです。あ、せっかくですから女子トークでもします?」

「「……」」

「え?なにその反応…」

「いえ…篠原さん。私と篠原さんは…」

「…はい…日結花ちゃんはともかく私たちは…」

「…どういうこと?」

「どういうも何も…私たちは女子というにはいささか年齢が過ぎているでしょう?」

「…知宵ちゃんはまだしも、私なんてもう30近いんですよ?」

「……なるほど…ええっと…もう寝る?」

「…ええ。私も疲れたわ」

「はい…今日はお疲れ様でした」

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