50. 山中温泉観光2

"娘娘にゃあにゃあ饅頭"について可愛い可愛い話しながら"こおろぎ橋"を渡り、自然な雰囲気を味わって進む。松尾芭蕉まつおばしょうについてはスルーさせてもらった。

あたしも知宵も興味ないのよ。ごめんなさいね。

それから、展望台的な場所から見た鶴仙渓を間近にマイナスイオンを浴びて歩いた。風情のある滝?や石の道をゆっくり進んでたどり着いたのはパンフレットで見た"鶴仙渓かくせんけい 川床かわどこ"。


「…歩いてて思ったけど、結構人いるのね」

「…私も同じことを思っていたわ。言わなかったけれど」


"鶴仙渓 川床"と呼ばれる場所は赤い和傘にお座敷のある鶴仙渓お食事(甘味)スポット。パンフだと特別な甘味が食べられるとかなんとか。

甘味だけなら…うん。食べられる。知宵ママのお料理を食べるのにも支障がないと思う。行けるわ。ただ…。


「どうする?寄ってく?」

「…人が多いぶんそれなりに注目されているのよね」

「うん」


通り過ぎる人もちらちらって見てくるから。

あたしたちだって外ロケくらい何度もしてるし慣れてるわ。でも…人多いとほら、話しにくいでしょ。普通に。人が少ないところで録るのと人が多いところで録るのじゃ気分が違うのよ気分が。


「じゃあ行かないで進む?」

「いえ、寄るわよ」

「あ、うん。そう」


寄ってくんだ。しかもあっさり答えるし。

躊躇なく進んで歩いて、特に並ぶこともなく席に着く。別の席には修学旅行生らしき女子グループが。


「あら、学生じゃない」

「…学生というけれど、あなたもその一人でしょう?」

「あぁ、そうだったわね」


忘れてたわ。あたしも学生だったのね。学校行っても帰り際お仕事とか休日お仕事とか平日休んでお仕事とか…とにかくお仕事あるから普通に忘れてた。それにもうすぐ卒業だからっていうのもあるかも。あんまり学生っぽさないと思うのよ、あたし。


「他人事ね。まあ…日結花なら仕方ないかもしれないわ。私より少ないとはいえ、かなり仕事入れているでしょう?」

「…よく知ってるじゃない」

「それはそうよ。親しい友人のことくらい知っているわ。あなたの作品はあまり見ていないけれど」

「…親しい友人なら見なさいよ。今度持っていこうか?DVDとか色々」

「遠慮しておくわ。どうせ見ないもの」


面倒くさそうにひらひら手を振って流された。

どうせなら見てほしいところだけど、あたしも知宵の作品わざわざ見ないし押しつけはできないわ。


「それより日結花。注文するわよ」


修学旅行生に見物されながら収録を進め、"川床セット"を頼んだ。特筆すべきこともなく、おそらく没になるであろう会話。スイーツを食べて加賀の棒茶をお土産にしようと決心して、案外早めに席を立った。


「…あたしたちにしては珍しくあっという間にお店出たわね」

「ええ。いくら私でも人に注目されて楽しめるほどの精神は持っていないわ」


珍しくだるそうな顔で返事を…うん。珍しくもなんともなかったわね。いつも通りの知宵だわ。


「気を取り直して次の順路だけど…あたしは"あやとりはし"渡って"ゆげ街道"経由しながら知宵の家まで帰ればいいと思うの。あと…お酒のお店寄るんでしょ?」

「寄るわ。あなたの言ったような経路でいいわよ。行きましょう」


知宵の承諾を得て足を進める。相変わらずの自然豊かな景色に心が癒される。


「ところで日結花。さっきの学生と話さなくてもよかったの?」

「え?なんで話すの?知らない人よ?」


ちょっと意味わかんない。赤の他人なのに。


「あなたのことだからインタビューでもすると思ったのだけれど…」

「いやなに言ってんのよ…あたしをなんだと思ってるの?そんなレポーターみたいなことするわけないでしょ」


ていうかインタビューならナレーターやってる知宵の方がやるべきよ。ただ年齢近いくらいで話なんてしないわ。そもそも同年齢の子とあんまり話合わないし。お仕事の話ばっかりよ?あたし。


「ふぅ…今は…わっ、もう12時近いじゃない」


無駄話を打ち切って腕時計を見ればお昼時。早いもので知宵の家を出てから1時間近くが経っていた。


「なるほど…お腹も空くわけね」

「まあねー。案外ちょうどよかったかも。帰り道もタイミングよくあったし…ん、これが"あやとりはし"?」


"鶴仙渓川床"から歩いてすぐ、赤いねじれた橋が目に映った。


「ええ。感想はある?」

「わぁ!赤いのね!歩くところもボーダーになってておっしゃれ―!かわいー!」

「本音は?」

「んー、正直橋ってあんまり興味ないのよ。"こおろぎ橋"でもそうだったけど、なにがいいのかわからないわ」

「そう、そうよね。日結花ならそう言うと思っていたわ」

「ふーん?知宵は橋とか好きなの?こういうの見たり」

「いえまったく?」


二人で酷評をしてしまった"あやとりはし"をさらっと抜けて、菊の湯目指して真っすぐ。酷評しておいてしっかり写真撮影はするのがあたしたちらしい。しかも普段より多めに写真を撮らせてもらった。言動と行動が一致しないなんてよくあることよね。

途中にあった"芭蕉の館"を素通りして着いたのは"菊の湯"。


「お疲れ様でした。ひとまずはここで終わりです」

「お疲れ様でしたー」

「お疲れ様でした」


長いようで短い2日目の収録初回が終わった。


「ここからは帰りですが…車を止めてありますので、お酒を買ってから青美ちゃんの家まで行きましょう」

「ん?高凪さんたちも来るんですか?」

「はい…昨日青美ちゃんのご両親に今日の予定をお話したらお昼を食べに来てほしいと言われまして…」


知宵ママ…わざわざご飯呼ばれたら断れないじゃない。昨日の調子を見ちゃうとたくさん作るのは目に見えてるし、断ったらなんか変な感じだし…。


「…なるほど」


とりあえずあれね。車回してきたのって史藤さんよね、きっと。


「とにかく史藤さんナイス!ここまで歩いてくるのそれなりに時間かかったんですよねー」

「はは、それはよかった。青美ちゃんと僕らのお酒を買ってからの移動になるけどいいかい?」

「大丈夫ですよー」


軽く流しちゃったけど、みんなお酒買うのね…。うちのラジオ…というかあたしのかかわるお仕事でお酒飲めないのってあたしだけなのよ。あたしより年下で同業なんて……思いつかないわ。みんな学校行ったりお仕事始めたばかりだったりするんじゃない?あたしはほら…特別ルートだから。


「知宵ちゃんはお酒どれくらい買っていくんですか?」

「私は自分用に2本ほど買う予定です。篠原さんも何か買いますか?」

「はい。ふふ、知宵ちゃんのおすすめを買いますよ。自分用と、あと峰内さんにお土産です」

「そうですか。ふふ、ならあとで一緒に選びましょう」


色々と話をしつつ歩いてお酒屋さんに向かう。


「今さらだけど、お酒屋さんってソフトクリーム作るのが当然なの?」

「…どうかしら。私は気にしていなかったけれど、言われてみればどのお店にもソフトクリームのマークがあるわね」

「ふーん…」

「ふふ、咲澄ちゃん。食べていきますか?」

「ううん。遠慮しておきます。このあと知宵ママのご飯があるので」


"菊の湯"すぐ近くの大きなお酒屋さんに入った。お酒屋さんでは特にやることもなく、あたしにとっては待ち時間。


「…ふぅ」


少し疲れた。これからどうしようかな…収録はいいのよ。このあとっていっても知宵の家でお昼食べて、お別れして金沢のホテルで寝るだけだし。あ、DVD用の特典映像撮ったりもするわね。明日になったら…茶屋街とか見て回って終わり。だから収録はいいの。なんとかなるし。

他は…やることはわかりきっているから今あたしが考えても無駄なんだけど……実際話してみないとわからないもの。うー、このもやもやしたの全部話したいっ。誰かに話して楽になりたい。主に郁弥さんとかに聞いてほしいっ。


「……」


そもそもの話、知宵ママパパは寂しいとか恥ずかしいとか言ってたけど、うちのママがもっとしっかりあたしに構ってくれればよかったのよ。パパだってお仕事ばっかやってないであたしのお仕事に口出ししてくれたってよかったじゃない。あたしが従うかどうかは別として、話をするだけで色々と…気は楽になってたと思うもん。


「――花」


二人が聞いてこないからあたしもあんまり話す気になれなくて…そりゃあたしが大きなミスなく成功してきたのも悪いけどさ。ちょっとした失敗や挫折を軽々と乗り越えてきたのも悪いけど…でも、あたしだってママとパパに自慢したかったし褒めてもらいたかったし応援されたかったわ。

……言葉にしないと伝わらないっていうのは本当よね。今あたしが考えてることだってママもパパもわかってないんだもの。あたしがママとパパのことわかってないのと同じで、ママとパパもあたしのことわかってないのよ。


「――結花」


でも…冷静に考えるとあたしは20歳にすらなってなくて、ママとパパは40過ぎてるでしょ?あたしがそういう…なんていうのかな。人の機敏きびん?とかそういうの読み取れないのは仕方ないにしても、二人が理解できてないのはおかしいと思う。それだけ生きてきたらわかってくれてもいいじゃない…だから、うん。あたしがこんなにも悩まされた責任は…あたしとママパパで2:8くらいね。あっちは二人だもの。これくらいが妥当よ。


「日結花?」

「え、な、なに?」

「なにって…名前を呼んでも反応がなかったのはあなたよ?」


呆れた顔で言われた。


「ごめんごめん、ちょっと考えごとしてたの」

「目を閉じていたから寝ているのかと思ったわ」

「…立ち寝できるほど器用じゃないって。ていうかそこまで疲れてないから」


少し疲れたのがあるとはいえ、あたしはそんなやわじゃない。


「それで?なにか用があったんじゃないの?」

「あぁ、そうよ。来なさい」


手を取り連れられ、先にあったのは甘酒。

そういえば甘酒を買ってくれるとかそんな話したわね。完全に忘れてた。


「どちらにする?」

「…いきなり言われても困るんだけど」


知宵が自慢げに指で示したのは甘酒。それも二つ。

どちらが良いかなんてあたしにわからないし、だいたい違いがあるのかさえわからない。たぶんあるんでしょうけど…どんな違いなのよ、それ。


「あら、そうだったわ。それなら…篠原さんは知っていますか?」

「ええと…確か、酒粕さけかすから作るか米麹こめこうじから作るかの違いだった気がしますが…」

「そうです。酒粕か米麹か。実際のところ私にもあまり違いがわからないわ。そこで日結花。どちらがいい?」

「えー……」


また返答に困ることを……なに?酒粕か米麹か?……どっちもよくわかんないんだけど。


「…アルコールってどっちも入ってるの?」

「いえ…米麹は本当にノンアルコールだったはずよ。ただ、酒粕の方も法律でお酒とみなされているわけではないから大丈夫。その点は気にしなくていいわ」

「なるほど…」


お酒に全然耐性ない人でも飲めるのが米麹のお酒ってことか……え、正直どっちでもいい気が……んー、まあお酒屋さん来たなら酒粕から作ったものの方がいいかな。うん。せっかくだし?


「あたしは酒粕の方でいいわ」

「そう?ならこちらの方を持っていくわね」

「うん。お願い」


知宵が支払ってくれ…あ、高凪さんが払ってる。…高凪さんに奢ってもらうとかそんな話してたかも。今思い出した。お金って…下手したら知宵の方が稼いでるわよ。ごめんね、高凪さん。あたしのぶんまで払ってくれてありがと。後でちゃんとお礼言わなくちゃ。礼儀よ礼儀。

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