41. 兼六園~近江町市場

「あーおいしかったっ!」

「ええ。本当に美味しかったわ」


お茶とお菓子を美味しくいただいてお店を出た。

時刻は12時を過ぎたところ。着いてから結構歩いて休みを入れて1時間半経ったくらいね。この感じなら…13時過ぎにお昼かしら。


「それで、次はどこ?」

「どこって…とりあえず霞ヶ池回るわよ」


心機一転とでも言うように結った髪を揺らして問いかけてきた。一言返して言葉通りに歩き出す。


「こうして見るとほんと天気よくてよかったわー」

「霞ヶ池が綺麗ね…」


ゆったり歩きつつぼんやり景色を眺める。広い池なだけあって水面に空や雲が綺麗に映り、周りの木々がより自然の穏やかさを感じさせる。


「あ、さっきのところじゃない?」

「確かに、さっき私たちが通ってきた道ね。向こう岸が見えるわ」

「思ってたより遠いのね」


ゆるゆると会話をしながら歩いて、ついに霞ヶ池を通り過ぎた。そうしてたどり着いた場所が展望台。

あたしたちが入った桂坂口から割と近い位置よ。ちょっと歩けばもう着いちゃうもの。


「んー!良い景色!」


ぐーっと背筋を伸ばして風を浴びる。場所は展望台の端。景色は開けて上から石川の街を見下ろす形になっている。展望台というだけあって、小さく見える街や遠くに見える山が全部視界に入ってきた。


「高いところはいいわねーやっぱり」


ひとしきり景色を堪能してから知宵と話そうと思って振り向くと、誰もいない。視線を走らせれば木のベンチに人影が…。


「どうかしたの?」

「いやどうしたのって…知宵疲れた?」


近づくと普段通りに話しかけてくる。ただ少し疲労を感じる声をしていた。


「いえ、疲れはそうでもないのよ…少し眠くて」

「あー…」


眠いのかー。なんとなくわからないでもないかな。ほどほどに歩いていい感じに疲労もあって、風も気持ちよくて景色もいいから、眠くなっちゃうのは仕方ないかも。


「でも、太陽の真下よ?ここ」

「…わかってるわよ。暑いことくらいわかっているわ」


ここには建物も何もなくて、当然太陽の光を遮るものなんてあるはずもない。

10月目前にしてもお昼寝に適しているとは到底言えないわ。


「じゃあ写真だけ撮って行きましょ?時間が押してるわ」

「え?本当?」

「嘘よ」

「嘘って…あなたねえ」


頭に手を当てて顔を伏せた。声は呆れに満ちたもので、余計に疲労が溜まったように見える。

ごめんね。悪気はないのよ?


「よーし撮るわよー!ほら立って!」

「う、10秒待ってちょうだい」


知宵が元気そうなのを確信したところで、兼六園最後の撮影会。


「はいはい…あ、高凪さんここで撮るんですよね?」

「はい。準備はできてますよー」


兼六園を回っている間にところどころできちんとした写真も撮ってきた。撮影者は高凪さんで、プロのカメラマンはいない。

"あおさき"の一人二役は当たり前なのよ。


「よく考えると、うちのラジオってなんでこんな少人数なんですか?」

「僕に聞かれても…史藤さんどうしてですか?」

「…予算ですよおそらく」


近くにいた史藤さんが気まずげに話す。


「人はいても余分な出費を防ごうとして、加えて分担できたのもあります…その結果が今です」

「なまじ作業の兼役ができるせいでこうなってしまったのもあるんですかね…」


つまるところ、一人何役もできちゃうし一つ一つは仕事量多くなかったから、せっかくだし人減らそうか、と。

実際に今の音映像写真は高凪さん一人だし…よくもまあ色々削ったものよね。

どんよりとした空気が流れる中、隣から声が聞こえてきた。


「知宵ちゃん、この後お昼ですよ」

「…私が食事で釣られると思ったら間違いですよ」

「でも海鮮ですよ?」

「む…海鮮がなんですか。その程度で」

「市場って言うくらいですから、その場で捌きたてを食べられると思いますよ?」

「行くわ」


ものの数秒で陥落する知宵とニッコリ笑顔の篠原さんがいた。さっきまでだるそうな雰囲気撒き散らしていたのに、今はキリッと落ち着いている。

現金なものよね。気持ちはわからないでもないけど。


「じゃあ高凪さん。写真お願いしまーす」

「はーい…よし撮りますか」


知宵が元気になったところでカメラマン(仮)に声をかける。


「さ、もういいでしょ?」

「ええ。早く撮って早く食べに行くわよ」

「うん…」


変わり身の早さに呆れつつも何も言わない。

別に悪いとは思わないし、むしろ好ましいわ。ただ…この子気づいてないのよ。きっと。


「じゃあ、まずは二人並んで手は前で組んでください」

「「わかりました」」


この後金沢城に行くって、ね。


「次はピースしましょう。元気な明るい感じで」

「はーい」

「はい」


ぱしゃぱしゃとポージングして写真を撮りためながら胸の内で思った。

可哀想だからあたしは何も言わない。それに、どうせすぐにわかることだもの。



「「やってきました金沢城!」」

「金沢城に来たわ。といっても兼六園から直通みたいなものだからほとんど変わらないけど」

「…ええ、そうよ。無駄足だわ」

「それはねー、少しあるのよ。金沢城っていうとリスナーの人たちはどうですか?天守閣とか思い浮かべると思うんですよ」

「私もそう思っていたわ」

「実際は天守閣も何も城がなかったのよ。門だけでね、門だけ」

「…とても寂しい風景がみんなを待っているわ」


……うん。


「…ねぇ知宵」

「…なに?」

「あんたどんだけお腹減ってるのよ」

「べ、別にそこまで空腹じゃないけれど?」

「金沢城に来るってわかったときからすっごくテンション低いじゃない」

「それは…どうかしら?」

「ん?」

「これがいつもの私かもしれないわよ?」


得意げな顔を披露してみせる。端正な顔が美人度を上げていて、横では写真がぱしゃりと撮られていた。撮影者は篠原さん。

…写真はいいのよ。気づかない知宵が悪いし。別に自信ありげな感じもいいの。でも、後ろ髪をふぁさって流すのはだめ。むかっとくる。


「はいはい。いつもの知宵らしく金沢城の説明してちょうだい」

「え?ええ、そうね…リスナーのみなさんはきっと何もわからないと思いますので一から説明していきますと、門はあります。広い広場?のような場所から門があって、壁もしっかりしているんです。ただ、門を越えて登り道を過ぎた後に何もなくて、城の部分だけを取り払った形になります」

「お堀もしっかりあるんですけどね。上だけなんにもないんですよ」

「…と、こんな感じかしら」

「上出来上出来…にしても、金沢城はほんとに拍子抜けしたわ」

「…そうね。ところで日結花」

「なに?」

「ここ、来た意味ある?」

「それをあたしに聞くか…」


来た意味なんて…なくはない、と思う。話すネタにはなるし写真も撮ったし、DJCDとしては来た意味にはなるでしょ。


「うーん…ちょっとくらいは意味あるでしょ」

「誰かが下見して適当な写真だけ撮って合成すれば」

「はいはーい。アウトー。それ以上は言っちゃだめー」


観光地ディスはだめ。いろんな方面から飛んでくるのよ。知宵だけならまだしもあたしを巻き添えにするのはやめてほしいわ。


「それじゃあ…もう降りる?」

「…降りる」


高凪さんに尺の短さをちょろっと確認したところ、謎のOKサイン。

こんな短くていいのね…兼六園で長々と時間使ったからかしら。


「さて、と。あたしたちはこれから近江町市場おうみちょういちば行きますので、食レポ楽しみにしていてくださいねー」

「食レポは私もきちんとしますから、最後まで聞いてくださいねー!」


結局休みなく収録し続けておよそ2時間。喋りっぱなしではないものの、だいたい会話に費やしていた。

ただ喋るだけなら別にいいのよ。2時間くらいなら別に気になんない。でも今日は歩きながら日差し浴びながらの2時間。疲れない方がおかしい。

なんていうか…お風呂入りたい。


「それにお腹減った…」


うん。お腹空いた。美味しいご飯を早く。


「あら日結花。あなた空腹なの?」

「…なにその鬱陶しい言い方」

「ふふ、私よりあなたの方が欲求不満なのね」

「…ちょっとなに言ってるのかわかんない」


ほんとに。欲求不満って…いくら収録外とはいえ年頃の女性が使っていい言葉じゃないわ。みんな苦笑いしてるし…。


「なにって……私、疲れているのかしら」

「…うん。落ち着くまで少し静かにしてなさい」



疲れたお腹空いたはやくはやくと文句をうだうだ垂れ流しながらも、歩いて歩いて駐車場まで戻ってきた。さっさと乗って出発。時間をチラ見すると12時半を過ぎたところ。


「……」


…ほんとに金沢城30分で終わったのね。うん。なにも言わない。

車の中は微妙な暑さ。クーラーが効いてきて快適になったと感じた時にはもう到着だった。

時間にして10分程度。下手したらもっと短いかも。ともあれ近江町市場に着いた。

車を降りてすぐ、市場の入口が目に入った。平日にもかかわらず結構な人がいる。


「市場というから屋外かと思ったのだけれど、屋根はあるのね」


見た目は屋内型商店街みたいな感じ。海産物を売ってるお店やご飯屋さんがばーっと左右に色々並んで、長々と奥まで続いている。


「商店街らしさがあっていいじゃない」

「そうね。少なくとも日差しを浴びなくて済むだけで十分だわ」


二人でひとまずの感想を言い合う。ここからまた収録が始まるとして、準備は。


「いつでも始められますよー」

「あ、できてるんだ」


どうかと思って高凪さんを見たら準備万端だった。


「ここから録りましょうか」

「はい」

「…はーい」


そっか。もう収録か…。頑張ろう。


「よし、やるわよ知宵」

「わかったわ」


今日すでに4回目となるキュー入り。

さん…にー…。


「こんにちはリスナーのみなさん。青美知宵です」

「咲澄日結花です」

「それで、私たちがどこにいるかというと」

「近江町市場」

「そう。だからこれからお昼なのよ」

「食レポするからねー」

「……」

「……」


沈黙…はぁ。いやほんとにもう。


「知宵…」

「…なに?」

「あたしたちってどうしていっつもこうなの?」

「…あぁ、そういうこと。それは私にもわからないわ」

「まあ…そうよね」


なんの話かこれじゃ伝わらないし、少し解説入れないと。


「ええと、これまでのDJCDを聞いてきてくれている人はわかると思うんだけど、あたしたちってすぐ疲れちゃうのね」

「そう…最初にやり切ってそれから低いテンションが続くのよ」

「だから、うん。なんで毎回こうなるのか、って話で…」


考えても仕方ないのはわかってるんだけど、他に喋ることないし…よしもう入ろう。ここにいたってなんにもならないわ。


「知宵、商店街入りましょ」

「そうね。ここにいても時間の無駄だわ」


さーてと…近江町市場はどうなってるのかしらー。


「あと日結花。商店街じゃなくて市場よ」

「……うん」


出鼻をくじかれるとはこういうことを言うのか、一歩踏み出したところで冷静な知宵から訂正が入った。


「…おー」

「…くっ」


収録にあるまじき静かさで歩みを進める。

近江町市場の中はお店の人の呼び込みと買い物客の話し声であふれていた。途中途中で左右に広がる分かれ道がまた好奇心を呼び起こす。

こんなのテンション上がるに決まってるじゃない。


「いや、なんでそんな悔しそうな顔してるのよ」


謎すぎる。あたしがわくわくゲージをガンガン上げて疲れも空腹に変わり始めたっていうのに、いきなり変なこと言い出すのやめて。"くっ"てなによ"くっ"って。


「…自分の単純さに憤慨ふんがいしていたわ」

「憤慨って…また難しい言葉を」


別にいいけど、日常会話でそんな言葉初めて聞いたわ。


「ええと、つまりお腹減ったってこと?」

「…そうよ、悪い?」


気まずげに目をそらして微妙に頬を染める。

ふーん…そっか。ふふ、あーわかりやすいなぁほんと。


「ふふ、いいじゃない。あたしもお腹減ったわ。早くご飯食べましょ?」

「そ、そうなの?ええ、早く食べましょう!」


若干の照れは混じりつつも上機嫌なのが見た目ですぐわかる。ちらりと後ろを見ると、大人三人が知宵に慈愛の眼差しを向けていた

……本人は知らない方がいいこともあるわよね。


「これこそ市場って感じ」

「美味しそうなものが多すぎて目移りするわ」


入口とは段違いのご機嫌さで会話をする。

周囲の感想を適度に述べながら高凪さんにご飯屋さんを聞くと、どうやら既に決まっていたらしい。


「おー」

「これは…」


高凪さんの言うお店に向けて進みながらも寄り道を重ねる。そんな寄り道の一つで、なんとも美味しそうなものを見つけた。


雲丹うにね」

牡蠣かきもあるわ」


採れたて新鮮なのか、トゲのままの雲丹と甲羅のままの牡蠣がケースの中に入れられている。この場で食べられるらしい。お値段はなんとお安く500円。


「すいませーん、雲丹と牡蠣ください」

「なっ!わ、私にもください!」


お店のおじさんにお金を払って新鮮な海産物を受け取る。同じく知宵もいそいそと受け取った。ちなみに後ろの大人組も頼んでいた。

ちゃっかりしてるわ。さすがうちのスタッフ。これが人数多すぎると無理なんでしょうけど、そこはほら、この少人数よ。…まさかみんなが楽しむための作戦…いやないわね。


「いただきまーす」

「いただきます」


醤油やらレモンやらを受け取って、ちょぴっとつける。食べるのは雲丹から。


「…んー!」


はー美味しい!なにこれすっごく美味しい!!全然生臭さとかないし甘いし味濃いし!ほんとに美味しい…やばい、美味しすぎる。


「やっぱ採れたてよねー!新鮮なのって最高!美味しい!」


お店のおじさんが嬉しそうに笑って"そんなに褒めてもなんにも出ないよ!"とかなんとか言う中、知宵の反応をうかがう。


「…うん…うん」


無言で、しかも目を閉じて味わっていた。

この子、今が収録だってこと忘れてる…。


「あ、牡蠣も美味しい」


雲丹をさらりと食べて次は牡蠣。

生牡蠣なんて初めて食べたけれど、これも生臭いとかが全然ない。歯ごたえはこりこりした感じで噛むと貝の旨みが溢れてくる。

…これちょっとほんとに美味しい。雲丹もそうだったし、新鮮なのってこんなに美味しいのね。


「ふぅ…ごちそうさま」


美味しかったぁ……相変わらず知宵は真面目な顔して食べてるし…みんなは…普通に手早く食べ終えるのやめて。あたしより後に受け取ったのになんで全員食べ終わってるのよ…。


「…ごちそうさまでした。すごく美味しかったです」


知宵もあたしたちに続いて食べ終えて、店主らしきおじさんに感想を伝えた。あたしたちによる宣伝効果なのか、お客が殺到する音と店主の嬉しい悲鳴をバックコーラスにしてお店の前から離れていく。

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