40. 兼六園の3

地域としては千歳台ちとせだい。ここには千歳橋ちとせばし花見橋はなみばしがかかっていて、菊桜だったり根上松ねあがりのまつだったり鶺鴒せきれい島だったりと見るものが多い。


「冷静になって周り見るとすごいわね、ここ」

「あぁ、松の木ね」


そう、松の木。知宵の言ったように、大きく開いた空間の外周に松の木が並んでいる。振り向けば見える明示記念之標近くにも松の木があった。


「というのもですね。松の木が垂れ下がらないようにたくさんのロープで支えているんですよ。"あおさき"の"サキスタ"アカウントに写真入れておきますので、どうぞ見てください」


ぱしゃり、と一枚写真を撮った。

あんな風に支えようと考えた人すごいわ。よく思いついたものよ。


「どの松の木も横に伸びているわね…何年かかっているのかしら」

「んー…数百年?」

「そうね…数十年じゃ利かないでしょう。それくらいかかっているかもしれないわ」

「っと、あれが鶺鴒島?」

「位置的にはそうね」

「ふーん…ねえ知宵。鶺鴒島ってなに?」

「…私に聞かないでちょうだい。知るわけないでしょう?」

「そうよねー」


鶺鴒せきれいって、まず漢字からして難しすぎでしょ。パンフレットにふりがななかったら絶対読めなかったわ。


「それで少し調べたんだけど、イザナギイザナミがどうたらって書いてあったわ。要は日本の神様に関係するやつよ」

「そう。日本神話…さすが歴史があるだけのことはあるわ」


のんびり歩きつつ景色を眺める。

横には橋が見えた。きっとこれが花見橋。


「花見橋…これ春だと桜満開なのよね」

「そうなの?」

「うん、さっき調べたわ」

「…見せてもらえる?」

「どうぞー」


興味津々で聞いてくる知宵に携帯を手渡した。画面には橋の上全体に広がる桜が映っている。


「わぁ…すごい。これは、少し…いえ、とても羨ましいわ」

「この一面緑色が桜で埋まると考えると…見てみたくなるってものよ」

「ええ、私も同じ」


日本庭園って言葉だけのイメージだと、樹齢数百数千年の木があるようなそんなものだったのにね。こうして写真を見ると花も咲き乱れて綺麗なんだとわかるわ。…でも本当に綺麗ね。


「桜が咲いている時期に来たかったものね」

「3月下旬から4月上旬というと……うーん、あたしは案外平気かも?」

「私も大丈夫といえば大丈夫よ。年末でもないならスケジュールはなんとかなるわ」

「じゃあなんでこの時期になったのよ…」

「それは…大人の事情でしょう?」

「納得」


DJCD発売時期がどうとかって話なんでしょ。知ってたわ。


「日結花」

「なに?」


夏に石川へ来た理由が予想ついたところで名前を呼ばれる。なにかと思って知宵を見ると、視線は花見橋の反対側。そこにあるのは根上松ねあがりのまつ。名前の通り根が丸見えになっていた。


「あれが根上松よね?」

「うん、たぶん」


一本だけある大きな木っていうと根上松でしょ。位置的にも地図上の見た目でも同じだし。


「どうしてあんなにも根がめくれ上がっているのかしら」

「んー?…高いところに植えて土が削れたからあんな風に見えるようになった、とか?」

「…そう…そうね。長い年月が経っているものね」


完全に根元が見えてしまって、茎から上が宙に浮いているように見える。根の一つ一つが大きくて、それだけ長い間生きてきたことが伝わってくる。

根が地面から離れているのにちゃんと育ってるって、根の見えていない部分ってどれだけあるのよ。よくよく考えると地面が苔で覆われている時点でかなり月日は経ってるし。数百年生きてる木には圧倒されるわ。


「お二人とも」

「はーい」

「はい」


力強い木を二人で眺めていたら高凪さんから声がかかった。


「あの根上松なんですが、根の下をくぐると御利益ごりやくがあるそうです。それはなんでしょう?」

「唐突に来ましたね」

「ご利益ですか…」


根の下をくぐると、か…。


「はいはーい。あたしから言います」

「咲澄ちゃんどうぞ」

「寿命が伸びる、とか?」

「はい不正解です」

「むむ」


違うのね…じゃあ健康かしら。長寿な木だから寿命だと思ったんだけど。


「次は私ね」

「青美ちゃんどうぞー」

「運気が上がる、というのはどうですか?」

「うーん…近いんですが、具体的にはどんな運ですか?」

「具体的に…ええと、金運、でしょうか」

「おー正解です」


早いわね…一瞬じゃない。でも金運かー。納得かも。根上ねあがりと値上がりをかけて金運、みたいな?


「まあこの木はくぐれないので関係ありませんが」

「「え?」」

「くぐれるのは京都の伏見稲荷大社ふしみいなりたいしゃにあるやつですね」


なによそれ。それじゃあ、この話意味なかったじゃないの。


「この話なんのためにしたんですか?」

「どうぞ、これを読んでください」


知宵の質問を聞いて、待っていたとばかりに高凪さんが紙を渡してくる。


「なんて書いてあるの?」

「読むわよ…"これから観光中に何度か質問をしますが、最終的に正解数の多い方に僕ら三人からプレゼントがあります。p.s.プレゼントのリクエストもある程度までなら受け付けます"。と書いてあるわ」

「要はクイズね」

「ええ。私が一ポイント先取よ」


何かと思ったらクイズ形式のゲームだった。

プレゼントが何かは知らないけど大人三人分となるとなかなか良いものくれそうだし、リクエストありなら…少しはやる気出てきた。


「ま、適度に頑張りましょ」

「そうね」


写真を撮って移動する。

道順的に次は菊桜になるわ……当然緑よ緑。ちょっと兼六園桜多すぎじゃない?



「知宵、菊桜ですって」

「桜…綺麗な葉桜ね」


「ここが千歳橋じゃない?」

「橋ね」

「…他の感想はないの?」

「…知宵はある?」

「…さ、次行きましょう」


「知宵、熊谷くまがい桜ですって」

「さっき見たわ」

「…いや、違う桜だから」

「わかっているわよ…ふふ、綺麗な葉桜ね」

「あんたそれさっき言ったわよ?」

「そうかしら?」


「あ、日結花。雪見橋よ」

「あら橋ね。灯篭もあるじゃない」

「雪が降っていたら違う景色が見えそうね」

「名前からして冬が本番って感じするもの」


「日結花。雁行橋がんこうばしよ」

「あら橋」

「…他の感想はないのかしら?」

「…石でできてるんだー。雪見橋は木だったのに。頑丈そう」



「ついに来たわね霞ヶ池かすみがいけ


一通り回ってやってきた霞ヶ池。兼六園にある二つの大きな池の一つ。最初に見た瓢池ひさごいけよりもかなり大きい。

木々も少なく開いた場所から霞ヶ池が望める。奥には高い木が池に反射して綺麗に映っている。

空が青くてよかった。綺麗に映ってるわ。


「場所は…ちょうど霞ヶ池の中間辺りかしら?」

「あの建物が内橋亭うちはしてい でしょ?」

「ええ。ところで唐崎松からさきのまつは通り過ぎたけれど、よかったの?」

「…あたしはいいわ。流し見したもの。知宵こそいいの?」

「私もいいわ」


うん…この子疲れてるわね。あたしもだけど。涼しくなっているとはいえ歩いていると暑くなってきたし、正直少し見飽きた。彩りがほしいわ…花とかそういうの。


「それで、霞ヶ池だけど」

「さすがに広いわね。見通しもよくて今のところ一番好きよ」

「こう見ると瓢池とはサイズがかなり違うみたい。空が晴れているから綺麗に反射してるし、あたし的兼六園見るべきスポットに入るわ」


少し歩いて見る角度変えるだけでも結構変わるのは…うん。いいじゃない霞ヶ池。


「見る方向によって景色も変わるから、夏の兼六園だと一番いい場所かも」


見た感想を話しながら歩いて歩いて歩き回る。


「あ、ここさっき見た建物じゃない?」

「内橋亭?」

「うん。水の上にあったやつ」

「……」

「ん?どうしたの知宵」


内橋亭がある場所に来たところで知宵がだんまり。ぼーっと和風建築物を見つめている。


「日結花、行くわよ」

「え、うん」


颯爽さっそうと歩き出した知宵について行く。ちらりと後ろを見たら、頷いてグッと親指を立てる史藤さんがいた。篠原さんはこくこく頷いていて、高凪さんも笑顔で頷いていた。

OKサインが出たので前を向く。

内橋亭に入って案内を受け、座敷に座る。冷茶をもらって一息ついたところで口を開いた。


「収録してもよかったんですか?」

「はい。カメラも使いませんし、お店側も特に問題ないそうです」

「今は回してます?」

「一応回してますよ」


あ、回してるんだ。

うんまあ、どうせカットするから気にしないけど。DJCDに入れるのは景色の感想と抹茶の感想話すときくらいだと思うし。


「日結花は頼むものを決めた?」

「え、まだ決めてないわよ。知宵は?」

「私は冷抹茶にするわ」

「ふーん……じゃああたしも同じので」


ぱらっとメニューを見て同じのにした。他の人もみんな決めたようで店員に注文を入れる。


「冷抹茶5つでお願いします」


史藤さんの声に対して店員の人が復唱をする。

5つ…全員同じじゃない。


「このお店、内橋亭の由来あったわね」

「ん?…あぁ、さっきの橋のことかしら?」

「そそ。お店の中に橋があるとは思わなかったわ」


部屋と部屋を繋ぐ道が水上の橋になっていた。下に小舟があったから落ちても大丈夫にはなっている安心設計。


「ふぅ…」


冷えたお茶を口に含んで、ことりとグラスを机に置く。

静かだわ…はー疲れた。歩き喋り疲れた。ずっと喋りっぱなしだったもの。まだまだ全然話せるからそれはいいんだけど、できるのと疲れるのは別問題でしょ?


「……」


無言も無言。みんなぐだっと気を緩めて窓から景色を眺めている。

いいと思う。よく考えたらまだ序盤なんだし、収録としては始まったばかり。適度に休まないとね。


「お待たせいたしました」


届いたのは抹茶とお茶菓子。茶器に泡立った薄緑色のお茶が入っている。

お茶菓子は…水まんじゅうね、これ。美味しそう。


「抹茶ね」

「どう?知宵は飲んだことある?」

「京都で飲んだわ。だから一応違いくらいはわかるわよ?」

「ふーん」

「あなたはどうなの?」

「あたしは初めてよ。抹茶パフェとか抹茶プリンとかならいっぱいあるんだけどねー」

「そうなの。じゃあ他早く飲んでみるといいわ。驚くわよ?」


そう言って笑ったあと、すぐ自分の抹茶に口をつけた。

どんな味なのかしら…苦いイメージが強いわね。器から見た目まで全部。あたしの知ってるお茶ってだいたい薄い透明色だもの。ていうかあれね。あたしたち、京都までDJCDの収録しに行ったのに抹茶とか飲まなかったのね。今さらだけど。


「…ん」


あ、美味しい。

あんまり苦くない。味は濃いわ。濃厚なお茶の味なのに後味はすっきり。こんな飲みやすいんだ。驚いた。


「美味しい…」

「そうでしょう?抹茶って結構飲みやすいのよ」


たしかに言うだけはある。すごく飲みやくて美味しい。


「これは冷たいけど、普通あったかいのよね?抹茶って」

「ええ。お湯を入れるからそのはずよ。冷抹茶はお茶をてた後に氷を入れたりして冷やしていると聞いたことがあるわ」

「あったかいのも飲んでみたいわねー……んー美味しい」


水まんじゅう甘いしお茶に合うしすっごく美味しい。強すぎない甘みがいいのよ。和菓子はこうでなくっちゃ。


「……」

「……」


…やばい。何も喋らない。ていうか口を開きたくない。ほんとに億劫おっくうでなんにもしたくないわ。


「…あ、そうだ」

「?どうかしたの?」


抹茶飲んでお茶菓子食べててね。ちょっと思いついたのよ。


「生菓子っていうの?こういう水まんじゅうとか」

「ええ」

「お土産で持って帰りたいなぁって。でも日持ちしないじゃない?どうにかできないかな?」

「無理ね」

「うー、やっぱり?」

「保冷にしたって限度があるでしょうし、長時間の持ち運びは無理よ。クーラーボックスでもあるならともかく、持っていないでしょう?」


クーラーボックスなんてあるはずないわよ。茶屋街があるから生菓子も色々持ち帰りできると思ったのに…諦めましょ。


「ところで生菓子といえば、私たち前の放送で似たようなはなししたじゃない?」

「うん」


夏に食べる冷菓の話はした記憶がある。アイスとかパフェとかかき氷とかその辺全般の食べ物の話。


「少し考えていたのだけれど、あなた、"あおさき"聞いている?」

「え、うん。一応聞いてる」


寝てることも多いからなんとも言えないけど。だって1時よ?深夜1時なんて寝てるに決まってるわ。


「じゃあわかるわね。ほら、今外録でしょう?室内のときと全然聞こえ方違うじゃない」

「ん、それはマイク遠いし?」


室内、つまりスタジオだとすぐ近くにマイクあって話す感じ。外だと今みたいに集音マイク?で声を拾う感じだから、どうしても聞きづらくなる。もちろん今は集音マイクに加えてピンマイクも併用してるから別だけど。


「どうにかできないかしら?」


室内と室外で聞こえ方全然違うって話ね。どうにかって言われても…マイクとの距離もそうだし外だから雑音も多いし、同じにはできないでしょ。むしろ違和感覚えそうだわ。


「うーん、そのままでいいんじゃない?外の雰囲気とかもあるし」

「私も少しは考えたわ…でもノイズが多すぎるのよ」


疲労気味な声で話す。

ノイズ、ね。マイクが悪いのかしら。


「そうは言っても、他の音拾っちゃうのは仕方なくない?」

「あぁごめんなさい。そっちのノイズじゃないわ。音質が悪いって言った方がよかったわね」

「あー」


そっちなの。音質は…うん。やっぱりマイクでしょ。

知宵と二人で収録担当の高凪さんに視線を移す。


「……なんですか?」


お茶を飲んでぽけーっとしていたのも数秒、視線を感じ取ったのか引きつった顔で問いかけてきた。


「マイクの質を向上させるべきだと話し合っていました」


あ、知宵もマイクだと思ってたんだ。


「はぁ…それはまたどうしてですか?」

「外録だといつもの"あおさき"より声が聞き取りづらいことに気づいたんです」

「それははい。外ですから」


この人すっごく面倒くさそうな声してるわね…知宵は微塵も気にしてないみたいだけど。


「んむ…」


うん、美味しい。音質に関しては…正直あたしはそこまで気にしてない。だって、外のあの若干遠くて聞きにくい感じが外っぽさを出してるんだもの。たしかに聞き取りづらいときはあるし微妙な気分になることもあるけど…あれくらいなら許容範囲内よ。


「それじゃあどうしますか?」

「いつもの外録でもピンマイクを使いましょう」


新しい発言に意識を戻すと、目をきらきらさせている子が目の前にいた。


「いつもって、数回しかありませんよね?」

「そうでしたか?」

「そうですよ」


ピンマイクねぇ……そういえば"あおさき"の通常収録でピンマイク使ったことないかも。DJCDはほぼ使ってるのに…。高凪さんの言うように数回しかないっていうのもあるかな。わざわざそのために準備するのも、ね?


「音質ノイズは諦めましょう。外録の雰囲気を伝えるのに必要ですよ、きっと。ごくごく稀なものなんですから、むしろ新鮮かもしれませんよ」

「それもそうですね」


特に反対もなくあっさり話が終わった。言い出した本人にもかかわらず知宵は何も気にしていないみたい。


「結局知宵はなにが言いたかったの?」

「別に何も。しいて言うならリスナーに音質の話をしたかった、というところかしら?」


深掘りする理由も気力もないので適当に聞いた。

結論としては、外には外なりの、スタジオにはスタジオなりの良さがあるということ……帰ったらあたしも外録の回聞いてみようかな。

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