33. 新年④
知宵を送って時刻は12時半過ぎ。朝が早かったおかげで散々話し込んでもまだお昼。早めにお昼も食べたからやることはない。のんびりと…それこそいつも通りなお正月。
「ねえ日結花」
「んー?なにー?」
ソファーでだらだらしていたらママから声がかかった。ちなみに、パパは本の整理中。今度は自分の書いた本について色々何かやっているらしい。
「以前、私に話したでしょう?あなた自身の将来のこと」
「うん」
携帯から目を上げる。ママはソファーに背を預け、天井に目を向けながら話しかけてきていた。何か考えている様子。
「あのとき…あなた、話さなかったじゃない?どうしていきなり私と話そうと思ったのか」
「…たしかに」
…既に少し懐かしい。石川から帰ってきてすぐに話したからもう三カ月は経っているのね。あのときは郁弥さんの話聞いて知宵含めその家族にも少し話して…それで、結局ママと全部話してだいたい解決したのよ。そのきっかけについては…適当にごまかした気がする。
「私はね…あなたと話せてよかったと思っているの。日結花が悩んでいるのはわかっていたけれど、それが私のせいでもあったなんてね…大事な娘のことなのに、もっと近くで見ていればよかったわ」
「も、もう…前も同じこと言ってたわよ、それ」
「ふふ…そうかもしれないわね。日結花が話してくれたおかげで、私も自分を見つめ直すことができたのだから。あれから…どう?仕事の方は順調?」
穏やかで、優しい目をしてあたしを見てくる。
なんか…ちょっとだけむずがゆい。
「うん。もともとRIMINEYのお仕事はやってたし、峰内さんともそっち方向で話進めてもらったりしたから順調。むしろ順調すぎて怖いくらい…ていうかお仕事のことはいつも話してるでしょ?」
「ふふ、そうだったわね」
色々話してからは、あたしもお仕事のことをよく話すようになった。どんなお仕事をするとか、どんなオーディション受けるとか。
実際にメインが取れるかどうかは置いておいて、お仕事としては順調も順調。今までよりやる気もなにも段違いだわ。
「仕事は順調で、どう?それ以外のことは」
「それ以外?」
「ええ」
相変わらず優しい目で、楽しそうに話す。
それ以外って言われても…学校とかしかないし。
「学校は普通よ?もう卒業だし、そこそこ楽しいわ」
受験期間でピリピリしてる人もいるけれど、あたしの友達はそんなでもない。
友達っていっても、あたしはお仕事あるから…そこまで親しくなれなかったのが少しもったいなかったかなとは思う。部活とかみんなでわいわいするの楽しそうだし…例えばお料理クラブとか入っておけば郁弥さんに美味しい美味しいって褒めてもらえたかもしれない。
「うふ、違うわ。学校のことはいいのよ」
「え?じゃあなに?」
学校じゃないって…他だと私生活くらいしかないけど。
「あなたにきっかけをくれた人。いるのでしょう?」
「なっ…な、なんのことかしら?」
つい動揺が漏れてしまった。笑顔で何を言い出すかと思えば…きっかけって、なんのこと…いや、わかるけど。わかるけど…なんでそれをママが聞いてくるのよ。
「あら、わかりやすいわねぇ。本当に。うふふ」
「ぐ……はぁ、わかった。その反応、だいたいわかってるんでしょ?」
「ええ、ふふ。日結花も大人になったわねー」
「むぅ…話すのはいいけどさ。なんでママが知ってるの?」
…なんとなく察しはつく。この話知ってるのなんて限られてるんだから。
「昨日知宵ちゃんから聞いたもの。日結花の力になってあげてください、って」
「…なんて置き土産をっ」
やっぱり知宵じゃない!だと思ったわ。昨日あたしが席離れてる間になんて話をしてくれちゃってるのよあの子は…。
「知宵ちゃんから聞いて納得したの。恋なら仕方ないわよね。あなたが変わるのも当然だわ」
「恋って…まあそうなんだけど」
今さら否定はできない。
恋人を目指す身としては否定なんてできないわ。
「ふふ、で?相手はどなたなの?」
ずいぶんと楽しそうなご様子で…最近こんなんばっかりね、あたし。
「…どんな人だと思う?」
話すにしても簡単に教えるのは癪。これくらいはさせてもらうわ。
「そうねぇ…」
下唇に人差し指を当てて考える仕草をする。もう40過ぎてるというのに、あまり違和感がない。
さすがママというべきか…自分の親だと思うとちょっと複雑。嫌なわけじゃないのよ?変な感じするだけで。
「日結花のことだから、きっと年上よね。あなたが惚れるとなると…大学生はないわ。少なくとも社会人。年齢は25前後かしら」
「……」
…うん。ほぼ正解。郁弥さん今年で25だし。
「性格は優しい人。それもあなたにとことん甘い人ね?日結花の好みだと、きっとあなたに優しくてあなたを想ってくれる、そんな人だと思うわ」
「……」
あ、当たりすぎててなんにも言えない…。なんでそんなわかるのよ。郁弥さんのことなんて一言も話してないのに…。
「どうかしら?正解でしょう?」
「…うん。正解。なんでわかったの?」
「ふふ、私がどれだけあなたのこと見てきたと思っているの?これくらいわかるわ」
「…むぅ」
照れくさいこと言ってくれる。あたしが気づいてなかっただけで、好みがわかるほど見てくれてたなんて…やっぱりむずがゆい。
「さ、それで?日結花の想い人は誰なの?」
「…誰、ね」
誰と言われると説明が難しい。名前だけなら簡単。でも、きっとそういうことじゃない。あたしにとっての郁弥さんがどんな人かは…あぁ、そうだ。そういえば思いついたことあったんだった。
「運命の人で人生のパートナー、かな」
これよね。冗談みたいな出会いの連続に好きで好きでたまらない気持ち。この人以外ありえないと、そんな風に思えたのがあたしの郁弥さんなのよ。あたしの、ね?
もう他の人には渡さないって決めたから断言しておくわ。
「あら、大きく出たわね」
「えへへ、だってそれがしっくりきたんだもん」
笑いかけるママに笑顔で返した。
郁弥さん本人にもいつか伝えよう。ちゃんと言いたいから。むしろ今言いたいくらい。
「ふふ、そう…よかったわね。その調子なら告白はもうしたのね?」
「う…」
そっちは知宵話してないのかー…あの子、あたしが言いたくないことをあたしに言わせてくれる…はぁ。
「その反応…まだしていないのね。なるほど…ちなみにお相手…ごめんなさいね、名前を教えてくれるかしら?」
「うん。藍崎郁弥さんよ」
「郁弥くんね…その郁弥くんはあなたから見てどれくらいあなたに好意を持っていそうなの?」
どれくらいか…好きには違いないのよね。知宵も言ってたけど、その好きが親愛か恋慕か愛情かわからないだけで。
「…たぶん、かなり好きだとは思う。でも、それが恋愛としてあたしを好きなのかどうかわからないわ」
「そう……知宵ちゃんと色々話したらしいし、私はあまり言わないわ。そんなすごいアドバイスができるわけでもないもの」
「…うん」
…細かく話したわけじゃないし、あの人とのことは複雑なのよ。仕方ないわ。
「でもね日結花」
「ん?」
ひどく優しい目で言葉を続ける。
…ママに見られるだけでこんな気恥ずかしいなんて。うう、照れくさいなぁこれ。
「私はあなたのことを応援しているから。あなたの選んだ人なら悪い人なわけないわ。好きなタイミングでうちに連れてきなさい?全力で歓迎するわ」
「…うん、ありがとっ」
…その言葉だけで十分よ。きっと連れてくるから。大好きな人だって紹介するからね!
「でもそうねぇ…もう少しあなたが年を重ねてから恋人になった方がいいわよ?」
「ええ、わかってるわ」
「ならいいけれど…あと、子供はもっと後でもいいのよ?」
「なっ、なに言ってるの!?子供なんてそんなの…そんなのまだまだずっと先なんだから!!」
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