26. 年末話その③

「…こほん…ええと…」

『……』


なかなか話を切り出さない人を相手にしても、静かに話しだすのを待ってくれるところとかすっごくいいと思う。好感ポイントよね。ここ。


「…その、お、お友達になってください!」

『はい…はい?』

「…ん?」


…ええと、今なんて言った?ごめん、理解が追いつかなかった。お友達になってとかなんとか聞こえた気がするけど…。


『…お友達ですか』

「は、はい」


そう…お友達ね、

…さっき話してたことと全然違うじゃない。


『いいですよ。それくらいお安い御用です』


あたしの郁弥さんがどんな返しをするかと思いきや、あっさり承諾。相変わらず優しげな…今はまるで子を見守る親のような表情を浮かべていた。対して知宵は。


「あ、ありがとうございますっ」


頬を薄っすら赤く染めて照れ笑いを見せて…なにそれ可愛い…じゃなくて、郁弥さんが引いたりしてなくてよかった。この調子なら知宵を意識するなんてなさそうだし。


「お友達になったのはいいけれど…なんでなってあげたの?」

『え、うーん…青美さん可愛いし、なっておいて損はないと思ってさ』

「…ねえ、それどういう意味かしら?」

「私が可愛いだなんて…ふふ」


思っていたより低い声が出て自分でも驚いた。それよりなにより理由を聞いておかないと…理由によっては家まで押しかけて説教してあげる。あと知宵、あんたちょろすぎ。


『あはは、冗談だよ。ほんとのところ、日結花ちゃんの友達だから、かな』

「…あたしの友達?」


わかりにくい冗談のせいで軽く叫びたいのをどうにか飲み込んで、言葉を絞り出す。

楽しそうに笑ってるのが無性に腹立つ。あたしがこんなにも悶々させられているのに!


『日結花ちゃんの友達を信用しないわけにはいかないさ。日結花ちゃん、青美さんのこと好きでしょ?』

「…そりゃ、好きじゃなかったらこんなに長く"あおさき"やってないわよ」

「…あなた。よくもまあそう簡単に恥ずかしいこと言えるわね」


まだ赤みの残る顔のまま口出ししてくる。あたしも少し気にしていただけあって、グサリと刺さった。

……この知宵は…。


「さっきから恥ずかしい姿ばっか見せてるあんたに言われたくないわ!」

「な、なによ恥ずかしい姿って!」

「一人一喜一憂している姿をあたしたち二人が見ていないとでも思っていたの?」


あたしの言葉を聞いて、ぱっと顔をビジョンに向ける。


『あ、あはは』

「う…い、いえ。大丈夫。日結花と郁弥さんしかいないのよ。それなら大丈夫」


苦笑いを浮かべる彼を目にし、自分に言い聞かせるよう短く呟く。


「と、とにかく!郁弥さん、友達になってくれてありがとう。私のことは知宵と呼んでもらって構わないわ」

『え…それは…』


言い淀んでちらりと視線を向けてくる。

なんであたしに?……あぁ、あたしが気にするとか思ってるんだ。ふふ、確かに以前のあたしだったらそうかもしれないわね。


「あたしのことは気にしないで」

『いや、そうじゃなくて…ううん。それもあるんだけど、青美さんってこんな子だったのかなって』

「あー……うん。こういう子。ていうか知宵」

「なにかしら?」


仕事中の知宵っぽさが全然見られない。むしろこっちが本物なんだけど…郁弥さんの前でいきなりここまでやってくれるとは思わなかった。


「郁弥さんの名前のこと。そんなすぐ異性を名前呼びするって変よ」


常識的なことを言ったはずなのに、なぜか呆れた顔で見返された。納得いかないっ。


「…あなたが下の名前でしか呼ばないから私もそうなったのよ。第一、私は彼の名字を知らないわ」

「え、うそ?」

『え?』


図らずも二人一緒に同じ反応をしてしまった。

名字知らないって…そういえばあたし、伝えた覚えないわ。


「今さら呼び方を直すつもりはないけれど、一応教えてもらおうかしら?」

『藍崎ですよ』

「…もう一度言ってもらえるかしら?」

『藍崎です』

「…本当?」

『はい』


どこかで見たような光景ね。藍崎があまり聞かない名字とはいえ、こんな複雑そうな表情をしたりしない。普通なら、ね…。


「日結花」

「はいはい、なに?」

「…あなた、当然知っていたのよね」

「うん」

「…あなたが運命だと言ったのもあながち間違いじゃない気がしてきたわ」

「でしょ?」


ほらね?あたしたちのラジオ番組名が"あおさき"で、あたしの想い人…なんか恥ずかしいわね。想い人って…とにかく、会った人が藍崎あおさきなんて名字だったんだもの。偶然にもほどがあるわ。


「さて、藍崎郁弥さん」

『なんでしょうか、改まって』


フルネームで呼びかける知宵に警戒を見せる。


「敬語を取り払うべきだと思うのよ、私は」

『…ええと』


予想通りというべきか、また面倒な要求をされた郁弥さんから"助けて!"と視線が送られてきた。

…アイコンタクトっていいわね。通じ合ってるみたいですごくいい。


「いいと思うわよ。だって郁弥さん。前は誰か別の人いるとき敬語にするって話してたのに、今日はあたしに対してため口全開でいつも通りじゃない」

『う…言われてみれば、つい自然とため口になってた…』


自然と…そう。それくらいは遠慮なく接してくれるようになったのね…結構嬉しい。


『ごめんね、敬語の方がよかった?』

「あら、あたしがそう思っていると?」

『…うん、だよね。それくらいはわかってるよ』

「ふふ、ええ、それでいいわ」


ほんとに知らない人ならまだしも、知宵だもの。今さら気にするだけ無駄よ。


「…結局、私の話はどうなったのかしら?」

『ああ、ごめんね。ちょっと日結花ちゃんに聞いててさ』

「ええ、それはいいけれど…日結花に聞くことあった?」

「え、あったでしょ」


そもそもの話、彼が今こんなにもラフに話せているのが以前の姿からは想像もできないわけで…紆余曲折うよきょくせつあって緊張しなくなったり気楽に話してくれるようになったりしたけれど…やっぱりそこそこ時間はかかったのよ。


「いったいどこにあったのよ…」


どこにというか、原因は知宵にあるというか…知宵ちょろいから、彼と友達感覚で話してるとすぐ口説かれそうなのよ…でも、郁弥さんの方が知宵にそんな興味ないみたいだし、あたしに対しても少しは心預けてくれてるみたいだから大丈夫。これなら心配する必要はないわ。


「知宵が口説き落とされそうなところ?」

「…あなた、私がそんな簡単になびくとでも思っているの?」

「うん。だってあんたちょろいし」

「なっ!ちょろいってどういうことよ!」

「はいはい。それより郁弥さん…郁弥さん?」


抗議を適当に受け流して、あたしの話に戻ろうとしたら何か考え中の様子。顎に手を当ててうつむき気味だった。


『…え、あ、ごめんごめん。なに?』

「ん、考え事?」

『あはは…うん。さっき青美ちゃんが僕の名字聞いてないって言ってたでしょ?』

「うん」

「ええ、聞いてなかったわね」


なんの話かと思ったら名字についてだった。当の本人である知宵も、さっきまで声を荒げていたのが嘘のようにしれっと話に加わっている。


『青美ちゃんには悪いけど…言った気がするんだよね』

「ふーん?」

「ふむ…」


一言呟いて、さっきまであたしがビジョンで見ていたのと同じ仕草をする。横顔が綺麗で様になっているのが羨ましい。こういう何気ない仕草が綺麗だと、ふっと目を吸い寄せられるのがわからないでもない。


「…ん、どうしたの?あたしに何かある?」


郁弥さんも同じかと思って急いでビジョンに目を向けると、どうしてか彼と目が合った。


『青美ちゃん綺麗だなぁって思ってさ』

「ふふ、そうね。あたしも同じこと考えてたわ」

『あ、やっぱり?美人さんだよね。見てて惚れ惚れするよ』

「あら、あたしは?」

『あはは、日結花ちゃんは可愛いのと美人さんの真ん中かな。日結花ちゃんだってすっごく綺麗だよ。今はパジャマだからどっちかというと可愛い感じだけどね』

「ふふ、ありがと」


もう、そんなに褒めたってもっと好きになるだけなんだから…こうやって褒められるの慣れてきたけど、やっぱり嬉しいわ。


「あたしが可愛いのはいいとして、知宵もパジャマなのに美人でいいの?」

『うん。やっぱり雰囲気かな。ピンクの寝間着はちょっと驚いたけどね』


軽く笑って知宵を見て言う。

雰囲気か…彼自身でいう気が緩むような柔らかい空気、みたいなものかしら。


「ふふ、知宵の服似合ってるでしょ?」

『似合ってるね。日結花ちゃんが選んだの?』

「いーえ?本人持参なのよ、これが」

『へー、いいね。可愛いと思う。あれかな。ギャップ萌えってやつかな』


にこにこと優しそうな笑顔で知宵を見つめる。あたしも画面から隣に目を移す。

さっきまで考え中だったのに、今は下を向いていて顔が隠れている。髪の毛の隙間から見える肌は朱色に染まっているようにも見えた。


「…あ、あなたたち」

「ん?」

『はい?』


声を震わせて喋る知宵に、二人で顔を見合わせる。


「好き勝手言うのはやめてっ…!」


顔をあげたと思えば、頬を染めてよくわからないことを言いだした。

好き勝手って…あたしたち、そんな変なこと言ってた?


「…郁弥さん、知宵がなに言ってるかわかる?」

『えーっと…たぶん、美人とか綺麗とか色々言われたのが恥ずかしかったんだと思うよ』

「あー…」


前のあたしと同じか…全っ然思いつかなかった。言われてみれば二人して褒め倒してたわね。それも直接的表現ばかりで。


『もしかしてさ。青美ちゃんって褒められ慣れてない?』

「んー…そうかも」


石川にいた頃はまだしも、こっちに来てからそんな褒められる機会なんてなさそう。

あたしだって家族以外で褒めてくれる人なんてほとんどいないもの。それに…あたしも人を褒めること自体ほとんどしてこなかったわ。


「ぜ、全部聞こえているのだけれど…」

「あら失礼」

『あぁごめんね』

「軽い!あなたたち聞かせるつもりで話したでしょう!?」

『一応ね』

「まあねー。でもあんた、調子戻ったじゃない」

「う…」


指摘されて理解したのか、気まずそうな表情を見せる。まだ頬に赤みが残っているとはいえ、照れそのものは引いたらしい。


「…日結花。あなた、彼の影響受けているわよ」

「え、うそ?」

『ショックだ』

「いやなんで郁弥さんがショック受けるのよ」


むしろショックとか言われたらあたしの方がショックだわ。この人から受ける影響に悪いものなんてあるはずないからウェルカムなのに…。


『もし日結花ちゃんが僕みたいになったらと思うと…君にはそのままでいてほしいんだ』

「はいはい。テキトー言うのなし。今は知宵の話聞くわよ」

『…はい』


ショックがどうとか言った割に顔が笑っていたからすぐに冗談だとわかった。

軽く流してしょんぼりした姿がちょっと可愛…じゃなくて、あたしが受けてる影響だったわね。


「で、影響って…あたしが褒められ慣れていること?」

「それはいいわ。私が言いたいのは逆のことよ。あなた、彼と同じで人を褒めるのに躊躇しなくなっているのじゃなくて?」


え…言われてみれば。

前は誰かを褒めたりなんてしてなかったのに、この頃はさらっと褒め言葉が出てくる。


「知宵は悪いことだと思う?」

「べ、べつに悪いことだなんて思ってないわ…私も嫌な気分ではなかったし」


微妙に頬を染めてちら見しながら答えた。

結構いじわるな質問したと思ったんだけど…案外好感触なのね。


「じゃあこのままでいいわね」

「そう…あなたがいいならいいわ。あと郁弥さん」

『はい』


今度は矛先を変えて名前を呼ぶ。

若干鋭い声をしているのに、呼ばれた方は身構える様子もなく普段通りの調子で答えてて…郁弥さんと知宵の温度差がひどい。


「あなたの方は…もっとオブラートに包んで喋るべきよ」

『でも思ったこと話してるだけだからさ。それに僕が言ったことって客観的に見ても事実だと思うよ?』

「う…」


一瞬で撃沈。ぱっと頬に朱を散らして目を泳がせる。

悲しいわね。知宵の口撃程度が彼の無意識な言葉に届くわけがないのよ。


「で、でも今日私…お化粧もしていないのよ…?」

『はは、そんなの些細なことさ。青美ちゃんは綺麗だよ。誰がどう見たって大人な美人さんだから大丈夫。化粧なんてしなくたっていいんじゃないかな?』

「ふぁぅ…」


あ、そういえば今あたしもお化粧してなかった。郁弥さんのことだから何一つ悪いようには思っていないのだろうけど、一応聞いておこうかな…あぁでもその前に言っておかないと。


「知宵、褒めちぎられてるとこ悪いけどお化粧しないとだめよ?郁弥さんも下手なこと言わないでよね。この子ほんとにノーメイクで全部終わらせようとしちゃうんだから」

「そ、そんなことしないわ…」

『おーけー。これからは気をつけるよ。女の人は軽くでもお化粧しないといけないよね』


彼の方はこれで大丈夫。あとは知宵か……放置しとこう。


「ところで郁弥さん」

『はいはい』

「あたしもすっぴんなのよ。なにか言いたいことある?」

『うん?超可愛いよ。というか日結花ちゃんの場合いつ見ても可愛いから…僕からしたらこれ以上言うことないかな』

「…えへ、ありがと」


やだなぁもう、"いつ見ても可愛い"だなんて…嬉しすぎて胸の奥がふわふわする。好き。


「…そういえば、私…化粧していない姿を人に見せるのは初めてだったわ」

「化粧してないって…あんたもあたしと同じで薄化粧なんだから気にするほどでもないでしょ」

『日結花ちゃんは知ってたけど、青美ちゃんも薄化粧なんだ?』

「ええ…化粧はあまり好きじゃないのよ」


気持ちも落ち着いたのか、知宵も話に混じって苦笑いを隠さずに告げる。

あたしの場合お化粧そのものは嫌いじゃない。ただ…やりすぎても可愛く見えないし、肌も痛むから好きでもなかったりする。


『へー、そうなんだ。お化粧そのものが苦手とか?』

「いえ、ただ面倒で…」

『あはは、なるほどね。やっぱり女の人は大変だなー』

「私はその程度だけれど…郁弥さんには何かそうした、身だしなみに気をつけていることはあるのかしら?」

『え、僕?』


お化粧といえば…あたしの場合、わざわざ綺麗な肌を目立たせる必要もない。

イベントならまだしも、普段の生活でそこまで気合入れる必要ないもの。それに…自慢じゃないけど…いえ、自慢ね。あたしも肌には少しくらい自信あるのよ。

だからまあ、個人的には、お化粧よりケアの方が大事だと思うの。知宵はどうだか知らないけれど…。


「ええ」

『うーん…僕はあんまりないかな。歯磨きしっかりするとか顔洗うのちゃんとするとか、くらい?』

「ふふ、それくらいなら私もしているわ」

『あはは、そうだね。僕が言ったのは男女共通のことになっちゃうのかな』


あぁ、そういえば石川行ったとき知宵の肌がどうとか話したような気がするわね…。


「そうね。私は当然。日結花もしていると思うわよ?」

「ん?なに?なんの話?」


考え事してたせいで全然話聞いてなかった。

お化粧の話って終わったの?なんかあたしの名前が呼ばれた気がしたわ。


『身だしなみの話だよ。どんなこと気にしてるのかって青美ちゃんに言われてね。日結花ちゃんは何かある?気をつけてること』

「身だしなみ?んー…」


さっきの肌ケアはお化粧の話に戻っちゃうから、それ以外よね。となると…。


「髪のお手入れ?」

「髪?あぁ、あなたよくわからないシャンプー使っていたわね」

「あたしの桜鈴さくらすずを馬鹿にするのはやめなさい」

『桜鈴?』

「ええ、日結花が使っているシャンプーのことよ。確か…いくらだったかしら?」


三カ月前のことだからか、既に忘れている様子。あまり興味なさそうな顔で聞いてきた。


「2000円よ…」


知宵に引かれるのは、まあいい。だけど郁弥さんに引かれるのはちょっと嫌。悲しくなる。この人には全部良い意味で受け取ってほしいのよ…。


「やっぱり高いわ」

『へー、聞いたことないシャンプーだ。日結花ちゃんの髪綺麗だから何かしているのかなとは思ってたけど、やっぱりそういうの使ってるんだね』

「…高いと思わないの?」

『ん?どうして?女の子にとって髪は大事だよね?そのためならお金をケチってもしょうがないと思うよ?』

「そう、ええ…そうよね。あなたはそういう人だったわね」


はぁ…そうだった。あたしがどうしてこんなにも惹かれてるのか忘れてた。郁弥さんはあたしのことわかってくれて、あたしのこと考えてくれてるから惹かれるんだった…。


『それ、良い意味で捉えていいの?』

「ふふ、良い意味に決まってるじゃない」

『そっか。ありがとう?』

「どういたしまして」


あたしの笑みにつられたのか、ふにゃりと表情を崩してやんわりとした笑顔を見せてくれた。

すっかり惚れ直して、あたしも温かい気持ちになる。

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