21. クリスマスイブの昼②
「それは」
「失礼致します。前菜をお持ちしました」
「あ、ありがとうございます」
「ありがとうございますー」
わー美味しそう!!さっすがフレンチ。見た目からして凝ってるわねほんとに……ん?
「…ねえ郁弥さん」
「どうしたの?」
「…あたし、今なに考えてたっけ?」
「…僕に聞かないでよ。言っておくけど、読心術なんて使えないからね」
「えー、使えないのー?」
「当たり前だよ!使えるわけないでしょ!」
そうよね、知ってた…うーん。なんか色々考えすぎて途中からこんがらがってるなぁ。思い出そうとしても『郁弥さんを笑顔にさせよう
「それはいいわ。知ってたから。とりあえずほら、食べましょ?」
「…はい。いただきます」
「いただきます」
しょんぼりと肩を落とす彼を見て、くすりと笑みがこぼれる。
口に入れたお料理は、さすがに高級料理なだけあって食べる機会があまりない味。ひとまず考え事は放棄して、会話と食事に集中することにした。
郁弥さんがあたしにしてくれたように、あたしも何かしてあげたい。この気持ちがあればきっと大丈夫。それに…あたしが彼の手を離すことはないもの。最高の笑顔になってくれるまで、とことん付き合ってもらうわ。
「ふふ」
「…ええと、どうかしたの?」
「いーえ。なんでもないわ。お料理が美味しかっただけよ?」
小さく漏れた声が彼に届いたのか、不思議そうな顔で聞いてくる。あたしが一つ気持ちを固めているとは微塵にも思っていない、ゆるっとした顔。
気分良く、やる気も満ちて頭もすっきり。美味しい料理に
クリスマス。世間一般にはクリスマスプレゼントを贈りあうのが風習となっている。前日のイブでもそれは変わらず…かくいうあたしもプレゼントは準備してきた。郁弥さんは…どうだろう。
「あ、日結花ちゃん」
「ん?」
食事も終わり、紅茶を飲みながらどうやって話を切り出そうか悩んでいたところで、向こうから声をかけてきた。
「はい、クリスマスプレゼント」
「あ…」
ふわりと微笑んで渡してくれたのは白の箱。
「…ありがとう。これ…どうして?」
クリスマスプレゼントの話なんてしたことなかったのに…あたしが用意したのは喜んでもらいたかっただけだから…あたしと同じだったなら、それは…とても嬉しい。
「日結花ちゃんに渡したかったから。せっかくのクリスマスだし、プレゼントあってもいいかと思って…いらなかった?」
「…ううん。嬉しい。ありがとう」
胸がいっぱいで上手い言葉の言い回しができない。
「郁弥さん…」
「ん?」
普段通りに見えて、でも少しだけ照れくさいのか目を細めている。自分はプレゼント渡しておいて、あたしから何もないことを意識すらしていないみたい。
あたしが準備してきたからよかったものの…何もなかったらどうするつもりだったのよ…もう。
「あたしからも…はい、受け取って?」
「え…ほんとに?」
目を丸くして驚く。ほんとにもらえるとは思っていなかった様子。
…もうちょっとあたしに期待してくれてもいいのに。郁弥さんがプレゼント渡したいって思うのと同じくらいにはあたしもあなたのこと想っているんだから…。
「ありがとう…嬉しい。すごく嬉しいよ」
あたしが渡した小箱を受け取って、綺麗な、それこそ優しくて温かくて幸せに満ちた…そんな笑顔を見せる。
「ね、ねえ日結花ちゃん」
「ん?なに?」
幸せオーラ満載な郁弥さんにこっちもニコニコしてきたところで、妙に落ち着かない雰囲気を混ぜて声をかけてきた。
「これ、開けちゃだめかな…?」
「…今?」
「うん」
こくりと頷く姿が子供っぽくて可愛い…じゃなくて、郁弥さんが開けるならあたしも開けちゃおう。あたしも気になってたのよ。今すぐ中見てお礼から感想まで言いたい。
「いいわよ。そんな大きいものでもないから周りも気にならないし。あと、あたしも開けるけど、いいかしら?」
「わかった、開けちゃうね。うん。そっちも小さいしすぐ開けちゃっても大丈夫」
もらった箱のリボンを解く。リボンには"伊織"の二文字が。聞いたことないお店の名前に少し頭を巡らせつつも、包装紙のない箱をリボンだけ外してすぐに開けた。
「わ…これ、タオル?」
「こっちは…ハンカチ?」
お互い顔をあげて相手の目に問いかける。箱の中には青とピンクのタオルが綺麗に折りたたまれて入っていた。あたしが渡した方には自然色の青いハンカチ。
「ふふ、似たようなもの選んだのね」
「みたいだねー。ハンカチかー…ん?あれ、
両手でハンカチを広げて刺繍に気付く。
あたしの贈ったハンカチはちょっとだけ特別。そんな大それたものでもないけれど、せっかくクリスマスプレゼントなんだし、ね?
「えへ。どう?あたしの名前から取ったの。咲澄日結花のSよ?」
「あ、うん」
…反応が薄い。もっとこう…。
「日結花ちゃんのイニシャルって…なんかすごいね。僕が日結花ちゃん色に染められそうだよ」
「あら、嫌なの?」
「はは、全然。むしろもっと君色に染めてほしいな」
「…えへ。どんどん染めていってあげるんだから」
「ええ!?そ、そんないいの?僕がもらって?」
「いいのいいの。これであたしがいつも一緒にいるようなものでしょ?」
「そ、そうなのかな?」
「ふふ、こんなのあげるの郁弥さんくらいなんだから。大事にしてよね?」
「…うん。ありがとう。大事に使わせてもらうね」
とかなんとか、これくらいは言ってくれてもよかったと思うの。
「日結花ちゃん?」
「え、な、なに?」
ちょっと別のこと考えてたら郁弥さんが不思議そうな顔してあたしを見ていた。
…言えない。あたしが脳内一人芝居してたなんて絶対言えない。
「いや、返事ないからどうかしたかなって」
「あ、そうだった?ごめんね。考え事してただけだから」
「それならいいけど…ええっと」
「ん?」
躊躇いがちで、どことなく緊張している様子。
なにかしら…も、もしかして告白っ。
「このハンカチ…ありがとう。大切に使うから」
ふわりと微笑んで、照れくさそうに言う。
こっちまで頬が緩んでくる…でも告白じゃなかったわね。知ってたけど。
「…えへへ。喜んでもらえてよかったわ」
…今みたいな短い一言でも十分満たされる。プレゼントした甲斐があったわ。
「でもさ…どうしてハンカチにしたの?」
「うん?選んだ理由のこと?」
「そうだね」
んー…なんでって言われるとねー…理由は色々あるから。
「うーんと…郁弥さん前にスーツ着てたでしょ?」
今もフォーマルな格好だからなんともいえないけど。あたしのイメージはスーツだったのよ。
「うん」
「スーツに合うのはハンカチかと思って…あとは、プレゼントならあたしだってわかるものがいいでしょう?」
「そっか…うん、日結花ちゃんらしいね」
あたしらしいって…そう?あんまり自覚ないわね。とりあえず褒め言葉だとは思う。郁弥さんも楽しそうだからいいかな。
「他にもいくつか理由はあるわ。ま、あたしのことはいいのよ。それより、あなたはどうしてタオルを選んだの?」
軽く触った感触はすっごくふわふわだった。包装とか見るに、たぶん高級タオル。ていうか絶対高いタオル。ハンドタオルはあたしもよく使うから、そういう意味でも嬉しかった。
日常的に使えるものってプレゼントされるとすっごく嬉しいわ。だってちゃんと使えるんだもの。もらったものを使えないって、もったいないじゃない?
「僕?僕は日結花ちゃんがもらっても困らないものを選んだんだ」
「…あたし、郁弥さんからならなにもらっても困ったりしないわよ?」
この人のセンスなら可愛いものくれそうだし。実際、このタオルだって可愛いわ。前に洋服買いに行ったときも可愛い服選んでくれたし…そ、そりゃ下着とか渡されたら照れるけど……ちゃんと試着するわよ?
「あはは、僕も色々考えてみたんだけどね。お化粧のことはわからないし、そんなに高いもの贈られても…日結花ちゃんなら気後れしちゃうでしょ?」
「…まあ、それはそうね」
さすがに宝石とか高いアクセサリーとか渡されたら困る。指輪なんて………ありね。ありだわそれ。悪くない提案よ、それ。
「だから、よく使いそうで良い物にしようって、ね。日結花ちゃんもそんな理由あったりしない?」
「あるわ。今あなたが話したことそのままよ」
さっきあたしの話したこと含めて全部の理由まとめてハンカチになったから。
「はは、僕たち同じこと考えてたみたいだね」
「ふふ、そうね」
とにかく、良い物もらっちゃったし良い物あげちゃった。クリスマスプレゼントなんて渡したのいつぶりかしら。
誕生日プレゼントとかは結構あげたりしてたのに、クリスマスプレゼントとなると全然記憶にない。あげた記憶ももらった記憶もどっちも。今日は持ってきてよかった。こんなドキドキして心が温まったクリスマス初めて。
「ありがと、郁弥さん。来年のクリスマスも楽しみにしてるわね」
「あはは、気が早いね。うん。僕の方こそありがとう。こんな幸せなクリスマスは初めてだよ」
ふわふわとした心地で時間は過ぎていく。もうすぐ今年も終わり。
明日はイベント。歌入ってたらきつかったけど話すだけでよかった。本当によかった。こんな気持ち穏やかでいられるのも歌とか踊りがないから。明日も頑張ろう。郁弥さんは見に来ないけど!頑張ろ!
「…僕が見に行かないこと強調するのやめない?」
「あら、口に出てた?」
「途中から全部ね…結構気にしてる?というか根に持ってるよね?」
「ふふ、全然気にしてないわよ?」
「気にしてるよね?声では笑ってるのに顔真顔だからすっごく怖いんだけどっ」
さ、明日も頑張るわよ。とりあえずは郁弥さんともうちょっとだけ話そうかな。まだまだ話すことはたくさん、それこそいくらだってあるんだからっ。
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