6. お見舞い。その①
9月半ば。真夏を過ぎたとはいえ、まだ残暑続く中お仕事。もちろん太陽も照っており外は暑い。外を歩いているときはともかく、今いる場所は室内で空調も利いているため涼しい。そんな中で
「あんた、体調悪そうだけど大丈夫なの?」
「ええ。大丈夫よ」
「いやマスクして顔色悪いやつに言われても…」
「マスクなんてみんなしているでしょう?」
青美の言うように、マスクをしている人は多い。
外出るときに喉を守ることが大事だからしてるわけなんだけど。声出すのに喉って大事だし…それを抜きにしても見るからに病気っぽいから心配なのよ。
「それは置いておいて、このあとはもうないの?」
「ええ。帰るだけだからもう行くわ」
スッと椅子から立ち上がって扉から出ようとするもふらりとよろめく。
「ちょ、ちょっと!」
「へ、平気よ」
「どこが平気なのよ…」
ふらふらとよろめいているのに、あたしをどかして歩こうとする。でも、そんな力は残っていないようで強引に進むことすらできていない。
顔色どころか声も震えてるじゃない…さっきまでは我慢してたってことよね、これ。
「す、すぐに
「はいはい。そこまで連れてってあげるわよ」
「べつにいい」
「あたしが心配だから勝手についていくだけよ」
しぶる青美に肩を貸してあげながら、彼女のマネージャーこと篠原さんの元まで歩いていく。実際ドアを出てすぐのところに篠原さんはいた。黒髪ショートカットの頭よさそうな雰囲気満載な女性。近付いてくるあたしたちに気づくと、ピシッとした表情が崩れて駆け足にこちらへやってきた。
「ど、どうしたんですかぁ!?」
「な…なんでもないです」
「すっごく辛そうじゃないですか!さ、咲澄ちゃん、これはいったい…」
「この子体調悪いみたいで。歩くのも大変そうだったのであたしが連れてきました」
「そ、それはありがとうございます!」
ぺこりと頭を下げる篠原さんを横目に、居心地悪く身じろぎする青美。
「篠原さん、早く行きましょう」
「そ、そうですね。
「はーい。お大事にしてください」
いそいそと青美を支えて歩いていった。それを見届けつつ、隣にやってきたうちのマネージャーである
「青美さん大変そうねぇ」
「そうね。よくああなるまで我慢できたものよ」
「風邪?」
「うーん、たぶんそう。疲れがたまって体調崩したのかも」
「そうねぇ…あなたは大丈夫?」
「うん、まあ。平気」
「そう…それならいいけれど、何かあるなら言うのよ?」
「わかってる。ありがと」
心配してくれているのはわかる。もちろん体調のことだけじゃなくて、あたし自身のことを言っていることも。峰内さんの声とか表情真剣だし。でも本当に大丈夫。以前より楽になってるから…。
それから、あたしも帰り支度をしてお仕事の予定を話しながら家まで送ってもらった。
ふらふらの青美と話してから数日、篠原さんがお礼を言いにきた。やはり青美は風邪をひいていたようで、今も続いているらしい。
……アレじゃあ、ねぇ。実際の辛そうな姿を見ていることもあってすぐ納得できたわ。
「すみません。知宵ちゃんベッドから動けないみたいで」
「いいですよ。気にしていませんから。青美が動けないんじゃ仕方ありませんし」
「はい。ありがとうございます」
申し訳なさそうに謝る篠原さんを押し留めた。
この人、最初は見た目通りにきっちりして挨拶もピシッと決めるような人だったのよ。今となっては、ゆるっとした雰囲気で以前の面影なんてなくなっているけど。ある程度話すようになると途端に崩れるのよね。
「……」
挨拶だけして歩いていく篠原さんの背中を見ながら考える。
ちょっとお見舞いでも行こうかな。結構疲れてそうだったのが気がかりだし。もともと行くつもりはあったのよ。どうするか迷っていただけで…篠原さんの話聞いて決心できた。
「あの子の家、どこだったかしら」
連絡帳をぱぱっと開いて見ると、現在地からそれほど離れてはいない。時間も40分くらい。
目的地も行き方もわかったところで、さっさと電車に乗って青美の家に向かった。一応本人にもこれから向かうことだけ伝えておこう。
時刻はまだ午後3時を回ったところ。点々と空席のある電車に揺られながら乗り継いで40分。
「……ふぅ」
駅に着いて電車を降りた。
携帯で地図を見ながら歩く。周りは都会から一歩離れたことで喧騒が消えて静かになった住宅街。乱雑に建物があるというより綺麗に整えられている町並み。道幅も広く風通しがいい。車の通りそのものが少ないからか、空気もスッと入ってきて気分も良くなってきた。
あの子…いいとこ住んでるじゃない。こういう空気大好きよ。
静かな道を歩きつつ目的地を目指していると、他の建物同様綺麗なマンションにたどり着いた。メモしてある住所にも合うことを改めて確認してマンションに入り、エレベーターホールで部屋番号を押して呼び鈴を鳴らした。
よく考えたら青美が寝てたらあたし入れないじゃない…。病人を起こすのも忍びないし、ここまで来て帰るのも嫌ね。ひとまず携帯だけ確認して…。
『はーい!』
鞄を開けようとしたら会話口から声が聞こえてきた。病人とは思えないほど元気で、青美よりも低い声。一瞬部屋を間違えたかと思ったものの、番号は間違っていなかったのでひとまず返事をする。
「こんにちは!青美さんの友達の咲澄日結花ですっ!青美さんのお見舞いに来ました!」
『あら!知宵の友達ね?よく聞いてるわ。大丈夫よ。通って?』
「はい、ありがとうございます!」
よくわからないけど青美の部屋ではあるみたい。
エレベーターホールの扉も開き、そそくさと彼女の部屋がある三階まで移動してインターホンを押す。チャイムを鳴らしてすぐ、ガチャリと扉が開いた。
「いらっしゃい!どうぞ入って!」
扉を開けて声をかけてきたのは柔和な笑みを浮かべた人だった。顔にしわが目立つことから年は結構とっている様子。どことなく青美の面影がある。
青美をもっと柔らかくして年をとらせたらこんな感じかしら。
「お邪魔します」
玄関を抜けて真っすぐ行くと大きく広がった部屋が一つあり、寝室にそのまま繋がっていた。スライド式のドアで、今は開きっぱなしになっている。部屋はキッチンとも繋がっていて、綺麗にしまってある食器が見えた。そのまま進んでこじんまりした寝室に入ると、ベッドで横になっている青美の姿が目に入る。
あたしに気付いた青美はだるそうに瞳を揺らめかせて布団から顔を出した。
「……なんでいるのよ」
「きちゃったっ☆」
「……」
「ごめんごめん、お見舞いよお見舞い」
ふざけて言うと真顔でじっと見られたのですぐに謝る。
前回見たときよりは顔色もいい。少しはよくなったみたい。
「わざわざ知宵のために来てくれてありがとうね。こんなものしか用意できなかったけど、どうぞ飲んで?」
「いえいえとんでもない!ありがとうございます!ええっと…」
「ああ!まだ自己紹介してなかったわね。知宵の母です。いつも知宵がお世話になっているそうで、今日もありがとう」
「あぁ、お母様でしたか。咲澄日結花です。こちらこそ知宵さんとは仲良くさせてもらっています」
お茶を持ってきてくれたのは青美のお母さんだった。今の青美のむすっとした顔からは想像もできない優しい笑みを浮かべて話してくれる。
「そうでした。これ、お見舞いに買ってきたものなんですけれども、よかったらどうぞ」
「あら、お土産までありがとうね。ほら、知宵もお礼言わないと」
「…ありがと」
さっきから口元まで引き上げていた布団を下げてぼそっと呟いた。
「ふふ、二人で話すこともありそうね。私は離れてるとするわ」
「あっ、お気遣いありがとうございます」
「いいのよー」
青美のお母さんはニコニコと笑いながら寝室を出てスライドドアを閉めてくれた。
青美も母親と一緒だと話しにくいでしょうし、あたしもどうしたって気を遣っちゃうから助かったわ。もともとそんな込み入った話があるわけでもないけれど…。
「…思ったより元気そうね」
「ずっと寝てたから」
「そ、よかったわ」
「……お見舞いありがと」
今度は顔をしっかり出し、ぷいっと視線をそらして小さくお礼を言ってきた。若干頬が赤くなっている。照れているらしい。
あらら、可愛らしいことで。
「いいわよ。友達でしょ?」
「…そうね」
ほっとした空気が流れる。こうして友達のお見舞いにくるなんていつぶりのことか。今までお見舞いに行くほど仲良くなった友達がいなかったっていうのもある……こういうのも悪くないわね。
「それで、ただの風邪?」
「ええ。休んだらかなりよくなったし、熱もないから疲れがたまっていただけよ」
「ふーん。病院は行かなかったの?」
「熱がなかったもの」
高熱でもないなら病院行かないのも普通か…体調悪いときはすぐ病院行った方がいいっていうのはわかってるのに、どうしてもめんどくさくってね。あたしも最近は病院なんて行ってないから…病気にかからないっていうのは良いことよね。
「疲れってことなら最近何か悩んだりしてるの?」
「どうして?」
「ストレスで体調不良っていうじゃない?」
心の病気は身体の病気とよくいったもので、ちょっとした不調も心に問題があると大きな病気になってしまう…って聞いたことがある。弱気より強気。少しでも前向きでいた方が病気にはなりにくいのよ……あたしが言えた義理じゃないかもしれないけど。
「…あなた、いつからカウンセラーになったの?」
「今日?」
「そう…べつにストレスなんて気になるほどじゃないわ」
呆れたような顔をして受け答えをする。
目をそらしているから、これは嘘ね。もともと青美がストレス抱えてないなんてありえないし、どう考えたって色々気にしてる。この子の性格的にもね。
「当ててあげる。お仕事関係でしょ?」
「だからストレスはないと…」
「…今のお仕事嫌い?」
「ほんとにそういうのじゃ……はぁ」
じーっと見つめて聞いてみれば、、少しおいてから溜息をついた。
「まったく。あなた、本当ににそういうところずるいわ」
「そうかしら?」
「…隠せるわけないじゃない」
「ん?なに?」
「なんでもない」
上手く聞き取れなかった。
まあでも恥ずかしそうな顔からすると、友達だから~とかなんとか考えてるんだと思う。この子らしい。
「仕事は嫌いじゃないわよ。やりたかったこともできるようになったもの」
「ふーん。じゃあ人間関係とか?」
「それは少しあるけれど…そういうのは誰にでもあるものでしょう?あなただって…」
「うん。まあそれは、ね?とすると…働きすぎ?」
「そう、ねぇ…」
考え込むように呟いて、すっと視線を天井に移した。
よく考えたら青美が横になってて普通に座ってるあたしが話を聞くって初めてかも。
「疲れが溜まっていたのと、他にも色々重なってこうなったのじゃないかしら?」
「他人事みたいに言うのね…」
「私もどうしてここまで悪化したのかわからないもの」
「うーん…それもそっか。じゃあ、これからはもっと健康に気を配るべきってとこに落ち着くわね」
「ええ、わかってる」
結局、青美が寝込んだのは身体と心が疲れていたところにタイミングよく病気がやってきたから。
他人事だからって気にしないわけにはいかないわ。友達っていうのもあるけど、忙しさでいえばあたしも青美とそんなに変わらないから。
「…」
お仕事と学業の両立って大変なのよ。今ベッドで抱き枕抱きしめてごろごろしてる青美と同じように、いつ病気になるかわからない…この子全然病気っぽくないわね…とにかく、あたしも健康には気を遣わないといけないのよ。
「あ、そういえばお母さん来てたのね」
「私が倒れたって聞いて急いで来たのよ…篠原さんが
「あー…」
あの人が大慌てで電話するのが目に浮かぶ。
電話先の人がものすごい動揺してて、そんな人から話を聞いたら心配にもなるわ。
「別に来なくてもよかったのに…」
否定的なことを言うも、声音は甘いし顔は緩んでるしで全然説得力がない。
青美って…いやでも上京して一人ぼっちだったんだし。それに抱き枕とか…抱き枕って寂しがりやな人が頼るものらしいし、なんかそんな気がしてきた。
「はいはい、顔にやけてるわよ」
「っ、にやけてないわ」
「布団で隠すって、子供か」
「子供じゃないわ」
「そうね。青美はもう大人よね」
「…なによ」
「それはこっちのセリフなんだけど」
ふぅ、と一つ息を吐く。病気で弱っているぶん子供っぽくなっているらしい。
もしかしたらこれがこの子の素なのかもしれないわ。あたしだって子供っぽいときは……あるかしら?いやでも郁弥さんと話しているときとか…ちょっと顔熱くなってきた。考えるのやめよう。
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