5. 悩み相談のお話②

「そういえば郁弥さん。どうしてあんなところ歩いてたの?今日がお休みっていうのはさっき聞いたけど、なんでこの辺にいるのかは聞いてなかったでしょ?」

「はい。あの辺にCDショップあるじゃないですか?そこでCD買おうかと思いまして。一緒に買い物も済ませる予定で来ていました」

「わ、それじゃああたし悪いことしちゃった?このあと買い物するんじゃなかったの?時間とか…」

「いえいえ!日結花ちゃんに呼ばれたのに拒否なんてしたくありませんって!それに買い物くらい全然時間かかりませんから、気にしないでくださいよ」

「そ、そう?それならいいけど…」


彼が気にするなって言っているのにあたしが気にするのもだめよね。…ていうかこの人、CD買うって言った?もしかして今日発売のやつ?…さっきサイン書いたのもCD販促のためだったし、もしかしなくてもあたしの参加作品じゃ…よし聞こう。


「郁弥さん、もしかして買おうとしてたCDっていうのは『月光紀げっこうき』のエンディングだったりする?」

「おお、よくわかりましたね。日結花ちゃんが歌っているので購入をと思いまして。ってなんか本人を前にして言うと照れますね」


あたしの予想通りで、照れくさそうに言う。

…照れるのはあたしの方よ。目をきらきら輝かせて言われたら照れるに決まってるわ。だからその…尊敬の眼差しはやめてほしい。ほんとに照れる。


「ええと…そう。さっきお店でサインしてきたのよ。そこで一枚CDもらったの。発売前に送られてきたのもあったんだけど、せっかくだしってことで受け取ってきたわ。それで…今持ってるから郁弥さんにあげる」

「ええ!?それはありがとうございます。でも…もらっていいんですか?というかサインしてきたってさっきですか…」

「そ。さっき。もちろんいいわ、あげる。もともと誰かにあげる予定でもらってきたものだし、ちょうどいいじゃない?あ、ついでだしサインもしてあげましょうか?」


驚いたように声をあげる姿を見ながら悪戯っぽく笑い、鞄からCDとペンを取り出した。


「は、はい。それはなんとも贅沢なことで…」

「ふふ、変な郁弥さん。声震えてるわよ」

「そりゃ動揺しますって…こんなグッドタイミングでサイン入りCDもらえて動揺しない人はいませんよ」

「そうかしらー?」


妙にきょときょとした喋り方をする彼に小さく笑いながら、ちゃちゃっとサインを書いてあげた。サービスしてケースの内面とCD表面の二カ所。

ケースの方は歌詞カードを外した位置ね。


「はい、どうぞ」

「ありがとうございます!大事にしますね。嬉しいなぁ」

「えへへ、よかったわ」


ニコニコと笑顔を見せる彼につられてあたしも笑みを浮かべる。

これだけ喜んでくれるなら書いた甲斐があるってものだわ。


「今日は本当にラッキーでした。まさか日結花ちゃんに偶然会えてサインまでいただけるとは」

「あはは、郁弥さんもう帰るみたいじゃない。まだパフェすら食べてないのに。ふふ、お礼は後でいいわよ」

「そ、そうですね。やー嬉しくてつい」

「お待たせいたしました、ミルクパフェとアイスティーになります」


話題に事欠かず話をしていると、店員がトレイに載せてパフェとアイスティーを持ってきてくれた。器はガラス製でよくあるカフェやレストランと同じ程度の大きさ。

見た目真っ白に、ミルクムース、ミルクプリン、ミルクホイップなどが含まれているらしい。パフェの定番として上にはミルクアイスもある。


「ご注文は以上でよろしいでしょうか?」

「はい、ありがとうございます……それじゃあ日結花ちゃん、食べましょうか」

「ええ、いただきましょ」


揃っていただきますと言い、小さいスプーンを手に取ってパフェに掬い入れた。最初に口へ運んだのはミルクアイス。冷たいアイスが口の中で解けて甘いミルクの味が広がる。

んー美味しい。甘すぎないしミルクの味も濃いし、まだ暑いからアイスは美味しいわ。身に染みる。


「…はー美味しい」


ふと顔をあげてみると、ニコニコ笑いながらこちらを見ている人がいた。誰かというと郁弥さん。

ちょうどスプーンを口に入れたところだったのに彼がじーっとこちらを見ていると気付いて、かーっと顔に熱が上る。急いでスプーンを口から引き抜いて、パフェの載っている小皿の上に置く。そのまま目の前の人に向き直った。


「なんであたしの方みてるのよ、もう」


強い口調で言うつもりだったのに、恥ずかしくて上手く言葉が出なかった。というか彼の目を見れない。

なんていうか…食べてるところ見られるのってこんなに恥ずかしいのね。それもニッコニコだったし。まったく、油断も隙もあったもんじゃないわ。


「あはは、すみません。ちょっと感動していました。日結花ちゃんとこんな風に食事できるなんて思ってもみなかったので。それに日結花ちゃんの食べてる姿がすっごく可愛くて、見入っちゃってました」

「う、ううん。そんなことないわよ…別に可愛くなんてないでしょ?見てて楽しくなんてないわよ普通」

「そんなことないですよ?見てて楽しいです。そもそも日結花ちゃんを見られるだけで楽しいですから。見たことのない姿の日結花ちゃんを見られてとっても楽しいです」

「ぅ…だ、だめよ。見ちゃだめ、あたしが恥ずかしいから」


…この人は、ほんとに。なんでこんな自然とこう、褒めちぎってくるのよ!もちろん悪い気分にはならないわ。でも恥ずかしいのよ…褒め方がダイレクトすぎて耐えられない。今だってあたし顔真っ赤になってると思うし、アイスティー飲んでごまかしてるけど頬の熱がなかなか引かなくて…。郁弥さんめ、許すまじ。


「あ、いや、う…うん。そうですよね、はい。これ以上は見るのやめますね。僕もパフェ食べますとも」


ぎゅっと瞳に力を込めて郁弥さんをにらみつけると、なぜか頬を赤くし目をそらして誤魔化した。

…なにかしら。恥ずかしいのはこっちなのに。どうしてあなたまで顔赤くしてるのよ。


「どうしたの?郁弥さん顔赤いけど」

「あ、あはは…その、下からこう見上げられるようになると日結花ちゃんの可愛さが百倍増しになるといいますか。そんな感じでして…」

「ふ、ふぅーん。そ、そう」


…下から見上げるって、たしかに若干目も潤んで上目遣いっぽくなってたかもだけど…百倍は言い過ぎ。せめて10とか20とかそんなところよ。


「……」

「……」


お互い無言で食べ進めていく。視線はちらり、ちらりと向け合い目が合うとさっとそらす。

気恥ずかしくてなに話せばいいのかわからないのよ…あっちも同じみたいだし、少し冷静になるまで時間おいてから話しかけましょ…。


「…あ、これ美味しい」

「え、どこですか?」

「プリンのとこよ。すごく美味しいわ」

「そうなんですか……ん…おー。確かにミルクプリン美味しいですね。ぎゅっと濃縮された感じで」


ある程度食べたところでミルクプリンの層に到達し、そこを食べると今までで最も濃いミルクの味がした。そのおかげか緊張や恥ずかしさといったものも溶け、郁弥さんとも自然に会話できるようになった。

ふふ、美味しいものは偉大よね。さすがだわ。


「あー、美味しかった」

「ですねー。前から牛乳とか乳製品好きでしたけど、今回食べたミルクパフェも美味しくて乳製品の美味しさを再確認しちゃいましたよ」

「郁弥さん乳製品好きなのね。あたしもよく牛乳飲むのよ?」

「そうなんですか?牛乳美味しいですよね。つい飲みたくなっちゃって」

「そうなのよ。飲み方も色々でホットミルクとかあるし」


パフェを食べ終わった後にアイスティーを飲みながら会話をする。話すことはなんでもで、楽しそうに話をして聞いてくれるから、あたしも特に気負わず軽い気持ちで話し続けることができた。


「さっき郁弥さん、買い物もしに来たって言ったじゃない?あれって何買いに来たの?あ、聞いちゃだめなことなら言わなくていいわよ?」


"ちょっと気になっただけだから"と付け加えて尋ねてみる。

買い物はすぐ済むから平気とは言っていたけれど、なんなのかしら。食べもの?スーパーにでも寄って買うイメージしかなかった。ちょうど食事をしていたからっていうのもあるし。


「…いえ、大丈夫です。そうですね、ちょっと両親にケーキでも買おうかなぁと」

「ケーキ?」

「はい。最近会っていなかったこともあってお土産として渡そうかなと」


そう話して小さく笑う。その笑顔はあたしに笑いかける笑顔とはまた少し違うように見え、寂しさが混じっているような気がした。


「…日結花ちゃん、どうかしましたか?」

「え?なんで?なにもないわよ?」

「それならいいんですけど、元気がなさそうといいますか…上手く言葉にできないんですけど気になったので」

「…そっか。ううん、平気よ。ありがとう」


この人よく見てるなぁ、と内心苦笑しながらお礼を述べる。

彼のことを見ていたときに、あたし自身も両親について少し考えていたから…。こんな小さなことで心配してくれるとは嬉しいことだわ。抜けてるように見えて妙に気が付くのよね。良い部分なのやら悪い部分なのやら。


「ねえ、郁弥さん…もし、これから先どうすればいいかわからなくなったら…あなたならどうする?誰も教えてくれなくて…わからなくなっちゃったら…」


するりと、意図せず言葉がもれた。

あたし自身の悩みについて。意識なんてしていないのに…もしこの人に聞いたらわかることがあるんじゃないかと思って、一瞬そう思ったら…いつの間にか口が開いていた。

いきなりな質問にもかかわらず、彼は真剣な表情で口元へ手をやっている。


「…そう、ですね。僕だったら……ちゃんと話してみます。家族や友達。周りの人に聞いてみます。友達ならきっと一緒に考えてくれますし、家族なら…両親や祖父母、みんな経験豊富でしょうから。本人たちの経験を教えてもらいます。あ、答えてもらうまで何度も聞きますよ?僕しつこい方ですので」


彼はふふんと鼻を鳴らして自慢げに言った。

自慢することじゃないと思うんだけど…ふふ、郁弥さんらしいわね。


「そのあとは、もう自分で決めちゃいます。ただ、これができるのは僕が色々経験して、実際に悩んで迷って、考えて考えて考え抜いて時間をかけたからこそできるようになったんですよね。日結花ちゃんもお仕事とかで…下手したら僕以上に色々あったかもしれません。でも、時間って、年齢って結構すごいものですよ?数年やそこらでほんとに全然違うんですから…ってあはは、すみません。一気に喋っちゃって」

「ううん、いいの。…ありがとう」


力のこもった言葉で一息に話してくれた。今は恥ずかしそうにに笑っている郁弥さんにも色々あったんだなぁと思う。

彼の過去について考えても、それはもう終わったことで…だからこうして人に言えるようになっているのよね。あたしもいつか…この人みたいに自然と誰かに言えるようになるのかな。

わからない。わからないけれど、そうできるようになりたい、とは思う。


「それにですね。両親っていうのは子供に甘いものだと思いますよ。例え教えてくれなくても、きちんと真剣に聞けばしっかり答えてくれるものです。僕の母からの受け売りなんですけど"子供のことを考えない親はいない"だそうです。実際僕自身が親になったわけでもないので偉そうなこと言える立場じゃないんですけど、親っていうのは子供が思っている以上に子供のことを考えてるものです」


"これ、僕が大人になってから気づいたんですけどね"とこれまた恥ずかしそうに続けた。

言葉の意味はわかる。でも…どうしても実感が沸かない。彼の言うように大人になればわかるのかな…あたしが思う以上に両親があたしのことを考えている…なんて。

人がなにを考えているのかなんてわからないし、知りようもないわ…ただ、少しだけ気持ちが上向きになった気がする。


「日結花ちゃんは僕から見たらすごい大人に見えるし実際同年代の人より濃い人生送ってるんだと思います。でも、まだ子供なんです。僕が高校生のときなんてほんと子供でしたし、今の日結花ちゃんと比べたら小学生レベルですよ…それでも、それでも日結花ちゃんは子供なんですから。もっと人に頼ったりしていいんですよ。僕なんか今でも人に頼りまくりですし」

「ふふ…それはだめでしょ」

「できることは増えてきてる、と思うので大丈夫ですよ?」


あせあせと頭を巡らせながら考えて言葉を紡いだのが伝わってくる。彼自身の経験が多大に含まれているように実感がこもっていた。

嬉しい。こんな風に真剣に考えて話してくれる人なんていなかったから。そもそも、あたしがこういう質問とかしてこなかったっていうのもあるかもしれないけれど…嬉しいものは嬉しいわ。いくら子供っぽいところ多くても、やっぱり大人なのよね。


「それともう一つ。僕が知っているだけでも日結花ちゃんは可愛くて優しくて、これほど好きになれたんです。日結花ちゃんをもっと知っているご両親が、自分たちの子供である日結花ちゃんのことを考えないはずがないじゃないですか」

「あ……」


語りかけるように、柔らかい笑みを浮かべての言葉が胸に響く。

さっきはあんまり実感が沸かなかったけど、今回のはわかりやすかった。直接的な言葉だけに想像しやすい…そうね、うん。言いたいことはすごく伝わった。ただ…すごく、すごく恥ずかしいだけ。


「途中から誰かというより親のことばかり話しちゃいましたけど、やっぱり一番の味方は両親だと思うんですよ。一番近くで見てくれているんですから当然ですよね。まずはご両親に話してみて、それでも足りないときは友達や祖父母。他の頼れる大人に相談すればいいと思いますよ?」

「…うん」


ずいぶんと優しい声音で、素直に頷くことができた。

最初から…ママとパパに話してみればよかったのかな。よくよく考えれば今まで真面目に悩みを話したことがなかったもん…簡単なことのはずなのに、どうしてか打ち明ける気になれなかったのよ。


「……郁弥さん、ありがと」

「はい。どういたしましてっ」


少し時間をおいて冷静になってから薄く笑ってお礼を述べる。相変わらずあたしの笑顔に耐性がないのか、頬を赤らめて言葉を返してきた。

ほっこりした…この人に会えてよかったわ。絶対自覚ないでしょうけど色々助けられてるし、今日だって…結局相談しちゃったし。今まで誰にも話すことなんてなかったのに…この人には、どうして話せたのかな。わかんない。でも…話せてよかった。


「…ええと」

「…?どうかしましたか?」


ちらりと目を向ければふわりと微笑みを返してくれる。

…彼のいう"頼れる大人"に彼自身を入れてもいいのかどうか…うん、聞いてみよう。今言われたことだもの。ちゃんと話してみよう。


「…郁弥さんにはさ」

「はい」

「頼ってもいいの?」

「え…」


驚いて返事に詰まっている。その驚き方は…たぶん悪い意味じゃなくて、戸惑っているだけ。きっと平気。これだけあたしのこと考えてくれてるんだから、これくらい許してくれるはず。


「僕に、ですか?」

「うん…」


目を丸くして、まるで予想もしていなかったような表情をする。

どうしてそんなに驚くのよ…これだけデリケートな話しておいて自分が頼られることないとでも思っていたの?…少し心配になるじゃない。


「…ええ、もちろんいいですよ。いくらでも頼ってください」


あたしの不安を他所に、ふっと柔らかい笑みを浮かべてそう言った。



その後、お会計を済ませてカフェを出てすぐに解散するかと思いきや、彼の買い物にまで付き合うことに。


「ねえ、ケーキってどんなの買うの?タルト?」

「いえ、今日は普通のチーズケーキですね。レアチーズでも買おうかと思いまして」

「ふーん。ホール?」

「はい。ホールです」


あたしが着いていくとは思っていなかった様子で、結構驚いていた。それはともかくとして、郁弥さんの両親へのレアチーズケーキを購入。


「ん、結構買うのね」

「あはは、そうですね」


言葉を濁す彼に首を傾げつつもお店を出て、駅まで歩く。今日はお別れだと思って声をかけると袋を一つ手渡された。


「これってさっきの?」

「はい。片方は日結花ちゃんに渡そうと思って買ったんですよ」

「…あたしなんにもしてないわよ?」


本当になにもしていないのに、家族で食べてくださいとか色々理由づけして持たされた。そのままあっさり帰っちゃって、結局チーズケーキは持って帰って家族で食べた。普通のレアチーズケーキなのに、どうしてか心が温かくなる味がして…これまでで一番甘くて濃いチーズケーキだった。



お風呂から出て部屋のベッドへ倒れ込む。


「ふぅ」


息を吐き出し今日のことを考える。自分でも驚くほどに内心を話してしまった。長々と考えてきたことをあっさり垂れ流してしまった。それもそこまで親しくない人に。それこそ友達でもない人に。


「……っ」


冷静になると恥ずかしくなってくる。

なによ今日のあたし。どう考えても挙動おかしいでしょ。名前教えてもらってから時間も経ってないのにいきなり下で呼び始めてるし。どんだけフレンドリーなのよもう…いや、郁弥さんがいいって言ってたからいいのよ……うん。


「う…」


特に深く考えず自然と行動していたせいで羞恥心とか微塵も頭になかった。今までこんなことなかったのに…そもそも年上の男の人にあんな…あ、あんな親しげに話すだなんて……いえ、案外話せるものなのね。相手の性格にもよるのかもしれないけれど。なんにしても不思議すぎる。話すのにハードルがないというか、抵抗がないというか…あの人に対してだといつも同じこと考えてる気がする。それで結局違和感に落ち着くのよ…。


「んー」


わかんない。寝よう。忘れよう。今日のこと振り返るとどんどん恥ずかしくなってくる。やめやめ。どうせそのうちわかることよ。今はさっさと寝ちゃいましょ。

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