1の1. 悩みと芽生え
◇
ママに連れられて、大きなお花畑が有名な公園にやってきた。休日のお昼で晴れているだけあって、ところどころに人が歩いている。
「ふんふふーん」
気分良く鼻歌を歌いながら歩く。向かう先は人のいない静かな場所。道の途中が木の影になっているから、いつも人がいない。だいたいいない。たぶん今日もいない。
むしろ誰かいたらあたしが困るわ。
「ふふふーん」
久しぶりに来たからすっごく楽しい。不思議。やっぱりあたしここ好きみたい。広い観光スポット?お花畑?の中でも人が来なくてベンチがあるのはここくらいだと思うし、眺めも良いから落ち着いて過ごすのに最適なのよ。
「ふんふ……む」
たどり着いたお気に入りスポットは今回も静かだった。
ただ…あたしの予想したいつもの風景と違う部分が一つ。若い人。空を見上げてぼーっとしている人がいた。
「っ」
一瞬怖い人かと思ったけど、耳を澄ませて聞いてみたらどうやら泣いているらしい。ときどき小さく声をもらしている。こらえようとはしていても我慢しきれてないみたい。涙も流れているし……悪い人じゃなさそう。
「こんにちは」
「っ…や、やあこんにちは」
少し離れた位置から声をかけると、びくりと震えて服の袖で目をごしごしとこする。その人の顔にはぎこちない笑みが浮かんでいて、瞳は不安に揺れていた。
「ねえ、どうして泣いていたの?」
「べつに泣いてなんかないよ」
「でも声が聞こえたわ」
「気のせいじゃないかな…それにしても、こんなところまでよく来たね。ご両親は?」
とりあえず泣いてる理由を聞いてみれば、こわばった笑顔のまま硬い声で返してきた。こちらを見上げてごまかす姿を見て、あたしもいつもより少しだけ硬い声で返事をする。
「ママが連れてきてくれたわ。ここはあたしの特等席でよく来てるのよ。でも今日はあなたがいて…」
「そっか…それはごめんね」
「…ううん。いいわ別に。それよりずっと泣いてたでしょ…どこか痛いの?」
「心配してくれるの?」
「うん」
「はは…ありがとう」
「……また泣いてるわ」
「え?…いや、あ、あはは。ごめんね」
話している最中にぽろりぽろりと涙をこぼす姿を見て胸が痛んだ。
テレビのドラマとか映画とかだと見たことあるのに、現実の姿がこんなに辛そうだとは思ってもみなかった。なんでかあたしまで悲しくなってくる。
「…今日は帰った方がいいよ。ここで話していても楽しくないでしょ?」
「楽しくないけど、泣いてる人を放っておけないもん」
「…君は優しいんだね。まあでも…もう大丈夫だから」
「っしょっと」
「…えっと、帰らないの?」
「うん、ここあたしの場所だし」
「そ、そう」
「しょうがないからあなたも一緒にいさせてあげる」
「う、うん。ありがとう?」
「どういたしましてっ」
◇
「……ふぁぁ」
目が覚めてすぐあくびが出た。まだ眠いのかも。
何か夢を見ていた気がする。誰かと話す夢。もうほとんど覚えてないけど、一つだけ頭に残ってる。
"泣かないでほしい"。"笑ってほしい"。でもその前に、どうにか不安とか悲しみとかを和らげたい、そんな気持ち…うん、そうだった。泣いてる人がいたから泣きやんでほしかったんだった。泣いて泣いてどうしようもなくなっている人の痛みを和らげたいと思ったのがあたしの原点だった。
「……」
どうして忘れてたのかしら。今でもほとんど思い出せない。昔、確かにあったはず……男の人か女の人か…女の人のイメージが強いけど…うーん、全然思い出せない。まあいいわ。思い出せなくたって良い夢を見れたことに変わりないもの。
「ふぅぁ…」
……起きましょ。
今日は
歌劇と言いつつ歌の要素が微塵もないのはあたしだからしょうがない。
「ここまでお話してきましたが…」
声者が声者である
つまりなにが言いたいかというと。
「どうにもみなさんお眠りのご様子で…」
あたしが気持ち入れて話せばみんな眠っちゃうのよ。別に眠ってほしいわけじゃないのに。むしろ笑顔で聞いてほしいのに…まったく精神力のない人たちね。
「はい、終わりです。起きていた人は後でアンケートあるので集まってください。眠っている人はそのまま放置していいですからね。起床放送が入るので大丈夫です」
数百人はいたのに起きていたのは10人を切っていた。
さすがあたしというべきか…とりあえずあたしは出ようかな。ここにいても意味ないもの。
歌劇を終えて、生き残り(眠らなかった人たち)との感想会。あたしのお話がどうだったとか、以前歌劇に参加したことあるかとか、あとはみんなからあたしへの質問とか。
沈静効果のある歌(お喋り)を聞いても起きてるなんて、誰も彼も聖人みたいな人。お坊さんとか、神父さんとかそういう感じ。実際の職業は知らないわ。イメージよイメージ。
「こんにちは。お久しぶりですー!」
感想会も終盤、最後の人はあたしも見覚えのある男の人だった。歌劇参加への抽選会に通ることもさることながら、あたしのお話を聞いても起きていられる超常的な精神を持っているお兄さん。
「こ、こんにちは咲澄さん。ええと…これまで元気でしたか?」
「元気ですよー。でもこれまでって…ふふ、相変わらず変な言い回ししますね」
このお兄さん。歌劇中とは打って変わって感想会とかは緊張に緊張を重ねた人になるのよ。
通称緊張さん。直接本人に対して呼んだことはないけれど、心の中ではいつもこの呼び方をしているわ。
「ご、ごめんなさい…ついこんがらがってしまいまして…」
「あはは、気にしないでください。面白いのであたしは嫌いじゃありませんよ」
「う、面白がられるのは本意じゃないんですが…」
「それなら頑張るしかないですね。直せるように頑張ってください」
強靭な精神力の持ち主たちの中でも数回にわたって聞き抜いてきた緊張さん。
そんなよくわかんない精神力あるんだから、あたしに対する緊張くらい自分で直してほしいものだわ。
「あ、でも少しは緊張抜けてきていると思うので大丈夫ですよ?たぶん」
ふわふわと柔らかい笑みを浮かべて言った。いつものこの人らしい気の抜けた笑顔。
この人と会うのって…今が5回目くらい?かな。その今に比べて初回はもう…ほんとにガチガチで顔も赤いし喋り方も
「そうですか…?自分じゃあまりわかりませんが…」
「その話は置いておきまして…あの、その服どうかしたんですか?」
「ばっさり切りますね…ええと、服ですか?」
ごめんなさいね。緊張さんの緊張話は自分でどうにかしてちょうだい。それより気になったことがあったから…なにがあったらこの服装で来ることになるのよ。
「そうです。どうしたんですか?アロハシャツなんて着て」
そう。緊張さんが着てきたのはアロハシャツ。それも色鮮やかなハワイアンなやつ。あとサングラス首にかけてるのもすごい。下もハワイっぽいハーフパンツだし…南国の人かしら?
「へへ、どうですかこれ?かっこよくないですか?買ったのはいいんですけど、着るタイミングが難しくて…せっかくだから着てきました」
「…うん」
いい笑顔するなぁ…きらっきらな幸せ満載笑顔は嫌いになれない。あたしの方まで笑顔になっちゃう。
でもアロハシャツは派手過ぎだから。別に歌劇はきっちりした格好が必須とかじゃないし、むしろラフな格好でいいけど…ちょっと派手過ぎるでしょ。
「…いいとは思いますよ?似合ってますし。でもそれ…注目されません?」
「されますね。されますけど…買ったのに着ないのはもったいないかなと思いまして…」
「なるほど…それはそうですね」
買うだけ買ってクローゼットに埋めてしまっているあたしには耳が痛い話…あたしも今度整理しようかな。
「あ、夏といえばですけど、あたしの歌劇でよく眠りませんでしたね。この暑さの中涼しい部屋でお話聞いていたのに」
「…どうしてでしょうか。咲澄さんの話に集中していると眠る暇もないんですよね…あと、夏好きじゃないからかもしれません」
「…夏の好き嫌いは関係ないですよ。でも、夏嫌いなんですか?」
「嫌いというか…苦手だからですかね。あんまり好きになれないのは」
「あー…わかります。それ。あたしも暑いの苦手なので…」
特に昼の外なんて暑すぎる。車での移動や屋内でのお仕事がほとんどだとしても、外を移動するだけでじんわり汗が滲むし、べたついて気分も良くないしでいいことがない。早く秋冬春になってほしい。
「そうなんですか?」
「はい。だから今日の歌劇もメインテーマを冬にしたんです」
「そういうことでしたか。夏なのに雪や氷が出てきて疑問に思ってはいたんですよね」
こくこく頷いて答えてくれる。
きっちり歌劇の話できるのも眠らなかった人だからこそよね。これが眠っちゃった人だと寝る前のこと
「ふふ、そういうことです。それに、今日は『たりもの旅記』の冬話も入れました。わかりました?」
「あぁ…
「ふふ、それです」
『たりもの旅記』とは、略して"たりもの"と呼ばれる旅行体験記…みたいな本。緊張さんも読んでるみたいだし、やっぱりみんな読んでるらしい。さすが人気作品なだけある。
「それなりに有名な本ですからね。以前ドラマ化していませんでした?」
「してましたねー。あたしも見てましたよ」
「おお、どうでした?」
「…旅行がしたくなるようなドラマでした」
そんな期待した顔されても…映像付きになったせいで余計に旅行したくなっただけよ。あれは見ない方がいいわ。空腹のときにグルメ番組見てイライラするのと同じね。
「あはは、それは本の方と同じですね。"たりもの"は面白いですけど、読んでるだけじゃ少し物足りなくなるのが欠点なので」
「はい…旅行に行きたいのに時間が取れなくてもどかしくなりました」
「はは、僕もです。時間は自分で作るものだって、どこかで聞いた記憶がありますし…どうにか作りましょう」
どことなく苦笑いのような…笑顔なのに薄っすら寂しそうな顔。5回目?ともなると、それなりに表情も読み取れるようになってくる。それのおかげか、緊張さんがときどき寂しそうに見えるようになってしまった。
気のせいならいいんだけど…この人のことだから気のせいじゃないのよね。緊張さんと呼ばれるくらいだし、きっとすぐ顔に出ちゃうのよ…。
「そうですね。あたしも時間作りは頑張ります…話変わりますけど、一つ聞いてもいいですか?」
これはあたしの善意。声者として悩める若者(あたしよりきっと年上)の悩みを解決してあげるのもお仕事の一つなのよ。…あと、どこかで会ったことあるような気がするのも理由ではある。だって気になるもの。本人に聞いても会ったことないって言われたし…もやもやするじゃない?
「もちろんいいですよ。なんですか?」
それなりに真面目な声色で問いかけてみれば、ぱっと花咲くような笑顔が広がった。
あたしが真面目にいこうとしているのに、こんな嬉しそうな顔されたらそんな気分じゃなくなる。頬が緩む。
「ふふ、前から聞こうとは思っていたことです。あたしの前だとよく緊張してるなーって思ってたんですよ。何か理由でもあるんですか?」
「…実は、僕の両親から咲澄さんの祖父母には大恩があると聞かされて…」
「それ絶対嘘ですよね」
話からして嘘だってわかるわ。あと顔が笑ってるから。隠す気ないでしょ。この人。
「よくわかりましたね…本当は咲澄さんのご両親に大恩がありまして…」
「それも嘘ですよね。だいたい大恩って言い方が嘘くさいですよ」
大恩って、どこかの時代劇かなにかでしか聞いたことがない。当然あたしも言ったことがないし、今緊張さんから聞いたのが久々の言葉だったと思う。
「…大恩というのは冗談ですが、咲澄さんが"恩人"というのは本当ですよ」
「…"恩人"ですか?」
「そうです。"恩人"です」
とても…とても優しい笑顔を向けてくれた。柔らかくて、穏やかで、安心できるような…そんな温かい笑顔。
「全然身に覚えないんですけど…」
「はは、それはそうかもしれませんね。些細なことですから。僕にとって大事なことだった、というだけです。気にしないでください。あ、でもそのおかげで咲澄さんの歌劇を聞いても眠らないのかもしれませんね?」
「え?それはないですよ、たぶん」
「どうしてですか―――」
色々と、"恩人"という単語について聞こうとしても上手い具合にはぐらかされて、結局緊張さんが帰るまで聞き出すことはできなかった。あまり聞かれたくないことだったのか…緊張さんのくせに話を切り替えるのが上手で少し感心しちゃったくらい。
それでも、あたしは誤魔化しきれてないから意味なかったりする。いつか聞き出さないと…なんか気になるのよ。
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