第94話 五味の市で魔王と勇者さま、販売するかも? (13)

〈キィ~!〉


 ……ん? 車のブレーキ音が聞こえてきたね?


 それも、家の商品の試食をしながら雑談する俺達の斜め前で黒の箱型ワンボックスカーが停車をしたのだよ。


〈ガチャン……。ガン!〉


 車のドアが開き、締まると。


「おはよう~」と、元気の良い朝の挨拶が聞こえてきた。


 だから俺も、その高らかで清々しい朝の挨拶につられるように。


「おはよう~、オジサン~」


 と、俺も高らかな声色で彼へと朝の挨拶を返すのだ。


 すると俺につられて今度は、彼と面識のある赤穂のお兄さんが朝の挨拶をする。


「おじさん、はようようございます」


 まあ、こんな感じでさ。


 その後は、我が家の奥さま二人、レヴィアとエヴァとが、我が家のお菓子を試食する動作をやめて、朝の挨拶を始めるのだ。


「あっ、おはよう御座います」


「おはよう、ございます~」


 我が家の魔王な奥さまと勇者な奥さまは、おじさんに朝の挨拶を終えるとまた、我が家の商品の試食を始めだした。


「本当に美味しいなぁ~、殿~」


「うん、うん、美味しい~、美味しい~。旦那さま~。エヴァは、もう感激です~。特にこの細長い棒のお菓子が気に入りました~」


 まあ、我が家の奥さま二人は、また試食を始めだすと超御機嫌──。


 それこそ? 感無量! 余は満足じゃ~! と、でも言いたいような大変に御機嫌麗しいようすだよ。


 またまた懲りもせずに俺や赤穂のお兄さんに極上の笑み──。


 天使や女神の微笑みを分け与えてくれるから、俺も赤穂のお兄さんも試食をするどころではない。


 二人揃って自身の顔を緩め鼻下伸ばし始めた。


 まあ、男性他人に自身の嫁を見詰め魅入られて、顔を緩まし、鼻の下を伸ばされるのは、余り良い気はしないが。俺自身もまた奥さま二人に見惚れて、呆然としているから赤穂のお兄さんに対して嫉妬などする暇もなかったのだよ。


 だから尚更、先程俺に挨拶をくれたおじさん……。


 まあ、俺達が竹輪のおじさんと呼んでいる、多分御年九十二歳になっている御老体なのだが。


 彼のことなど、俺の脳裏からすっかり消えていた。


 ましてや竹輪のおじさんとは毎週五味の市の店頭で並んで商いをしている仲で。自称俺のライバルだからね、竹輪のおじさんは!


 まあ、毎週、店の売り上げの方は負けているけれど。


 今日は俺とレヴィアとエヴァとの三馬力だから、負ける気はしない!


 と、いうこともないか? 竹輪のおじさんに、先ず売り上げで勝てる気がしない。今の俺だと……。


 だから俺自身もっと精進しないと……。


 いきなりだが、家族も一度に三人増えたのだから。


 でも、先程も告げた通りで、毎週顔を拝んでいる竹輪のおじさんよりも、俺と赤穂のお兄さん二人は、家の奥さま二人の笑顔に首たけなのだ。


 だから竹輪のおじさんには悪いが、彼に気をとられる暇などない。


「ん? おい! 上島?」


 そんな様子の俺に、竹輪のおじさんが声をかけてきたから。


「ん? どうした? オジサン?」


 と、言葉を返す。


 俺自身内心では『オジサン~。俺今忙しいから後にてくれ~』と、思っているし、言いたいのだが。


『グッ』と、俺は堪えながら、我が家の奥さま二人の天使と女神の笑みに夢中なっていると。


「お前、今日は、アルバイトの姉ちゃんを二人連れてきたのか?」




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