第35話 夏休みの猫(後編)

 島二日目……


 今はシロのものだし、別に遠慮することはない。

 放置状態で危険だからといういうシロの忠告を無視して、私はセリカを伴って、例の美味しそうな名前のホテルの廃墟に来ていた。猫とは、好奇心旺盛な生き物なのだ。

 外見こそ、確かに廃墟そのものではあったが……。

「ねぇ、廃墟ってこんなに綺麗だっけ。明かりまでついているし……」

 そう、ボロボロの玄関を潜った途端、薄暗くはあったがそこは明らかに誰かの手が入っていた。

「誰か住んでいるようですね。それに、強烈な魔力を感じます。用心して下さい」

 こんな島に誰が住んでいるのか知らないが、まともなヤツではなさそうそうだ。

「さっさとご挨拶しますか……」

 私は周辺探査魔法を使った。すぐ近くの客室に、強力な反応があった。

「うわっ、こりゃ人間じゃないわね。撤収した方がいいわ……」

 シロから魔物がいないとは聞いていない。急いで逃げるべき状況だ。

「そうですね。ここは引きましょう」

 回れ右して帰ろうとしたときだった。

「ま、待って。なにか……食べ物……」

 背後から聞こえたのは、人間のような少女の声だった。

 振り向くと、明らかに衰弱しきっている様子の女の子が、フラフラとこちらに向かってきていた。

 服装からみると、庶民ではなさそうだが……なぜ、こんな場所に?

 色々疑問は湧いてきたが、まずは簡易的な処置が優先だ。

「取りあえず、これ飲んで!!」

 栄養源にはならないが、体力回復のポーションを手渡した。

「ありがとう」

 少女はそれを一気に飲み干し、多少まともな顔色になった。

「さて、今のうちに小屋に行きましょう。私たちじゃ、あなたを担いで歩けないから」

 こうして、少女と共に私たちは小屋に戻ったのだった。


「よほどお腹が空いていたようですね。ここまで綺麗に食べてもらえると、作った甲斐があります」

 セリカがニコニコ笑顔で言う通り、少女の食べっぷりは凄かった。あまり一気に食べるのはお勧めしないが、まあ、無理もあるまい。

「これは、はしたないところを……。申し遅れました。私はパテシュト王国第一王女カモミールと申します」

「えっ、第一王女っていうことは、リアル姫!?」

 私は思わず声が裏返ってしまった。

「しかも、吸血鬼の……ですよね?」

 セリカが優しく問いかけた。

 ……え!?

「……はい、ご存じの通り、パテシュトは吸血鬼の国ですので」

 ……いや、ご存じじゃないんですけど。

「ごめん、セリカは知っているだろうけど、猫の私はほとんど人間の事を知らないから……軽く解説よろしく」

「あっ、これは失礼しました。我が国パテシュト王国は、ここから海を跨いで船で三週間ほどのパラキア大陸にあります。住民のほとんどが吸血鬼という変わった国で、人間の間では怖れられていたのです」

「……なるほど。それにしても、なぜか『怖れられていた』。そこだけ過去形ね」

 猫の耳は些細な事も聞き逃さない。

「あっ……いえ、それは……」

 少女、おっと、姫が顔を曇らせた。

「無理にとは言わないわよ。私が聞いたところで、どうにかなる話しじゃなさそうだし。ただほら、薬師って聞くのが仕事みたいなものだからさ。ついね」

 私はテーブルから離れようとした。誰にでも言いたくない事はある。

「……周辺諸国の連合軍に攻め滅ぼされたのです。突然のことでした。もはや、パテシュト王国という国はありません」

 ……これ、思っていた以上にヘヴィだぞ。

「私は逃がされて無事でしたが、父や母はどうなったのか分かりません。この島に流れ着いて暮らしていましたが、何とか持ち出した食料も尽きて、いよいよというところであなたがたが……。不思議な事もあるものですね」

 力なく笑う姫。

「私の周りは不思議な事ばかりよ。それで、これからどうするの?」

 苦笑交じりに、私は姫に問いかけた。

「私はもう帰る国もありません。正直、どうしたらよいか分かりません。パテシュト王国第一王女と名乗る程度の意地だけはありますが、なんの役にも立ちませんね」

 自嘲気味に笑みを浮かべる姫を見て、私は皆に一つ提案した。

「まさか、この島に置き去りってわけにもいかないでしょう。一緒に来てもらおうよ。反対意見がなければ決定ね」

 よく分かっていない猫チームが反対するわけもなく、セリカは苦笑を浮かべながらもうなずいた。

「えっ、よろしいのですか。私は吸血鬼ですよ?」

 面食らった様子で、姫が叫ぶように聞いた。

「吸血鬼だろうがなんだろうが、この際関係ないでしょ。どうするかは、ゆっくり考えましょう」

「あ、ありがとう……」

 こうして、私たちの一行にリアル姫が加わったのだった。


 島三日目……


 島の最終日は、生憎の雨だった。

 根性なしの猫軍団は、小屋から一歩も出ないで新しいオモチャ……カモミール姫を囲んで、好き勝手に質問責めにしていた。

「人間を吸血しなくなったのは、もう何万年も前と聞きます。えっ、私の年齢ですか? 千二百才になります。吸血鬼としては、まだまだ子供です……」

「こら、あんたたち。少しは加減しなさい!!」

 見かねた私がストップをかけた。

「フフフ、お付きの人に怒られてしまいましたね」

 三毛が妙な事を言った。

「誰がお付きじゃ。こんな下品な薬屋が、姫のお付きなど務まるか!!」

 言って悲しいが事実だ!!

「いえ、まだ国にいたころに、なんでも話せる侍女がおりまして……こういう感じでしたよ」

 姫が小さく笑った。

 笑ってくれたのはいいが、なんか複雑……。

「では、先生は姫のお付きですね」

「頑張って下さいね」

 シロまで悪のりしおって……。

「あらら、これは心強い侍女様ですね。でも、皆さんにご迷惑は掛けられません、最低限の事は自分で出来ますので……」

 苦笑する姫の様子をしばらく伺ったあと、私は軽く咳払いした。

「コホン。姫に伝えておかなければならない事があります。そこの半猫のセリカは、本来は人間です。明日、薬の効果が切れて人間に戻る予定です。その……」

「分かっています。セリカさんが人間である事は。確かに、私は人間の手でこのような状況におかれています。しかし、全ての人間を憎んでいるわけではありません。ご安心下さい」

 ……ふぅ、一つ懸念事項が減った。

「ところで、皆さんに一つ提案なのですが、よろしいですか?」

「なんでしょう?」

 代表して私が返答した。

「皆さんと何かゲームでもやりたいと思いまして……どんなものかは、お任せします」

 なんだ、そんな事か。

 これが、悲劇の始まりだった。

 シロが言い出しっぺで、「王様ゲーム」をやる事になったのだが……この先は、記憶の奥底に封印しておく事とする。悪のりして、エラいことになったのだった。



 島より帰りの日


 雨も上がった翌日、昼近くになってセリカは元の人間の姿に戻った。

 それから、慌ただしく帰り支度である。

 持たなくていいとセリカがいうのも聞かず、姫は持てるだけの荷物を持ち、私たちと船に向かった、

 そして、出航。帰りはセリカの操舵だ。シロかそれ以上の暴力的な速度で船をぶっ飛ばし、大海原を突き進むのは……まあ、快感だ。

「それにしても、姫はあっちに着いたらどこに? 『街』には入れないですし、やはりセリカさんの家ですか?」

 三毛が不意に聞いた。

「いえ、それではご迷惑をお掛けしてしまいます。聞けば、猫の街の近くに廃屋があるとか……そこに住む事にします」

「確かにありますが……アソコはもはや残骸と言った方が……」

 三毛が困惑の声を返した時、私は軽く咳払いをした。

「そこで、このアルバイト侍女の出番ってわけ。あんなもん、魔法一発で直せるわ」

「さすがですね」

 シロが目を輝かせながら言った。

「まっ、帰ってからね。大変なのは……」

 

 無事にマリーナに帰ってきた私たちは、「街」を目指して街道を行く。

 申し訳ないが、姫も人間サイズ。馬車には乗れず歩きである。

 問題の廃屋は、「街」から徒歩数分の距離にあった。

「うわ、これは凄い」

 三毛が声を上げた。

 今の時期は雑草の勢いも凄く、廃屋らしき建物すら見えない。

「さて、まずは『除草』から……とりゃ!!」

 周辺探査魔法と併用し、生い茂った雑草を魔法で根こそぎ「転移」させた。

 今頃、どっかに雑草の雨が降っているだろうが……ごめんなさい。

「あの、これを直すのですか?」

 シロがポツリとつぶやくのも無理はない。

 そこにあったものは、もはや家ではなかった。

 ただの腐った板の山。それでしかなかった。

「いくら狸さんでも、これは……」

 三毛も腰が退け気味だが、この程度の修復術。簡単とは言わないが、騒ぐほどのものではない。

「母なる大地よ。あるべき物をあるべき姿へ!!」

 瞬間、腐った板の塊だったものが急速に「逆回し」されていった。

 そして、きっかり五分後。そこにはこぢんまりとした小屋が出現した。

 一同からおこる拍手に、大仰に礼をしてみる私。何やっているんだか……。

「姫、最低限の家具は置いたつもりです。もし足りなければ……」

 私はセリカへチラッと視線を送った。すると、軽くうなずく彼女。

「猫の街の前で、キャンプを張っているセリカに言って下さい。私たちに用事があるときは、猫の街の門番に声を掛ければすぐに連絡がきますので」

 姫は小さくうなずいた。

「ありがとう。助かりました……」

 姫はそっと私を抱き上げた。

「……知らない土地で、本当に心細かったのですよ。迷惑でしょうが、今後もよろしくお願いしますね」

 などと言われ、正面からじっと見つめられたら、うなずくしかなかった。

「ね、猫でよろしければ……」

 暇は私の頭を撫で、そっと地面に下ろした。

「もちろん、皆さんにも感謝しています。このご恩は一生忘れないでしょう。例え何千年経っても……」

 桁違いだな。全く……。

「では、私たちはこれで……」

「はい、ありがとうございました」

 これから、色々大変そうね。

 この予感は、概ね的中するのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る