第27話 猫の魂は九つあるらしい猫

 三毛がうちの店で働くようになって一週間。恐ろしいほどの順応性を見せた彼女は、今やこの店には必要な存在へとなっていた。

「ほぅ、この狸にそんな芸当が」

 いつもの栄養ドリンクを片手に、縁側で教授がポソッといった。

 私を挟んで反対側にはサクラがいる。

「にゃにおぅ!!」

 ……いかん、この御仁にムキになっても意味がない。

「しかし、告白しておきながら、そのかつての恋人を蘇生して差し上げるとは、狸さんは相変わらず面白いお方です」

「サクラまで!!」

 ……まっ、まあ、最善は尽くしたと思っている。うん。

「そろそろ、休憩終わりですよ~」

 三毛が店の奥から出てきて言った。

「あれ、もうそんな時間か。じゃあ、二人ともゆっくり……」

 それは、立ち上がろうとした瞬間だった、お腹……いや、背中に強烈な痛みが走り、私は思わずその場に崩れ落ちてしまった。

 ……クソッ、薬師がこれでどうする!!

 なんとか根性で持ち直そうとしたが、無駄な努力だった。

 ワタワタする教授とサクラを尻目に、三毛は素早く病院に飛び込んだのだった。


「アリフェミン使ったわね……頭がボンヤリする」

 病院の処置室で注射を打たれ、それがなんの薬か分かってしまう職業病。強力な痛み止めである。

「ああ……。しかし、なんじゃこりゃ。どこにも病変部はないぞ」

 医師が探査魔法で私の体を隈無く確認しながら、医師がうなり声を上げた。

 病変部がない……となると、あっちか?

「この前……蘇生した……。私の命線を……診て」

 薬の効果で意識がはっきりしなくなってきたが、私は何とか伝えた。

「そ、蘇生だと、馬鹿者!!」

 探査魔法の術式が変わった。

「お前の『秘密』は知っているが、経験がほとんどないのでは……。やはり、命線が相当なダメージを受けておる。端的に言おう……」

 そこで、医師は一つ呼吸を置いた。

「お前は死ぬ。この二四時間以内に」

「……」

 もはや、薬の効果で私の意識は限界だった。

 蘇生術にはリスクが伴う。その難しさに比例して、術者自身の命線を激しく痛めるのだ。これは、要するに寿命を縮めるという事。それを防ぐために、防御術を組み込むのだが、私の未熟な腕では甘かったということになる。

 あと、二四時間……か。

 そこで、私の意識は暗転したのだった。


 気が付けば病室。反射的に時計を見ると、三時間ほど経過していた。

 ベッドに寝かされている周りには、沈痛な顔をした三毛とサクラ、教授の姿があった。そして、天井には無表情に見下ろす細目……なぜ、お前はそこにいる!!

「取りあえず、まだ生きているか……」

 医師から告げられたリミットは二四時間以内。つまり、いつでも「あり得る」のだ。

「私としたことが、詰めを誤ったわ。まっ、自業自得だね」

 私までヘコんでも意味がない。命線の損傷は、いかなる薬でも治せない。専門の医師の力が必要だが、「街」にはいないはずだ……ならば。

「あー、ごめん。三毛、先生を呼んできて。あとは、悪いけど外してくれるかな。死に際の猫のお願いってやつ?」

 小さく笑顔を作ってやると、天井の細目も含めてゾロゾロと病室から出て行った。

 よほど慌てていたらしく、今著ている服は倒れた時と同じ白衣姿だ。

 私はそっと両手をポケットに突っ込み……丁寧に作った隠しポケットから、左右で一つずつカプセル剤を取り出した。

 アリアトフェンとエロキシロール。それぞれ薬草を煮出した生薬で、強力な解熱鎮痛剤と咳止めだ。どちらか片方だけなら、薬として有益な効果をもたらすが、二つを混ぜてしまうと、薬草の成分が化学反応を起こして、クレトキシンという猛毒に変化してしまうのである。

 これぞ、毒物・危険物を扱う薬師の覚悟。先日爆薬を作らされた時でさえ使わなかった、最後の「砦」である。いざとなれば……というわけだ。

 痛んだ命線を修復するには、一度切断してもう一度張り直さないといけない。つまり、「蘇生」されないと治せない。限界まで引っ張って、無用に魂を傷つけるリスクを背負うなら……。

 私は目を強く閉じ、カプセルを二つ口の中に放り込んだ。水なしなのでキツかったが、何とか嚥下して時を待つ。この毒は体に残らないので、自然死にしか見えないだろう。

 こうして、私は……死んだ。


「ふぅ、こうしてみると、魂って変な気分ね……」

 眼下には自分の肉体。そして、病室に戻ってきた連中の泡食った顔……ごめんね。

 私の足を縛るようにして、一本の光りの糸のようなものが肉体に接続されている。

 これが「真命線」。医師は誰かが亡くなると、これを切断する処置をする。すると、魂は完全に肉体と切り離され、二度と戻れなくなる。私にしたら命綱のようなものだ。

 ……って、あっ。ヤバい!!

「しまったぁぁぁ!!」

 医師というのは、どちらかというと「死後処理」をしたがる生き物。第一選択で蘇生しようとは思わない。まして、「自然死」に見える状況なら……。

「ヤバい、マジで天に召される!!」

 案の定、手慣れたベテラン医師は「死後処理」を始めた。止めなきゃ!!

 魂では実体に干渉出来ない。『声』の出し方なんざ知らん。ヤベぇ!!

「ちょと待った!!」

 そう言えばいないなと思っていた細目が、えーっと、確か花屋の「シロ」を連れて病室になだれ込んできた。

「蘇生士をやっと見つけた。噂には聞いていたんだよ」

 ……なんだって。あの表通りの花屋の看板娘が!?

 蘇生士というのは医師ではあるが、特に蘇生に秀でた能力を持つ者を指す。

 なんで、それが花屋?

「よし、さっそくやってくれ!!」

 医師が叫ぶ声が聞こえた。

 ここからが、蘇生術者の腕の見せ所。シロはベッドの周りに魔法陣を描き、やおら呪文を唱え始めた。魔法陣が光り始めたが……。

「命線は張り直し出来ますが、魂の損傷も酷いです。かなり、強引に蘇生術を使った対価ですね……。正直、肉体に戻せるかどうか、かなり微妙です」

 ……やめて、そういうこと言うの。泣くよ。魂だけど。

「術式を変更します。戻るか消滅か。それしかありません!!」

 ……ちょっと、なんかヤバい。絶対ヤバい!!

 そんなにぶっ壊れたのか。私……。もう、蘇生術は封印。決定!!

「いきます!!」

 シロが叫んだ瞬間……私の真命線がブチブチ音を立てて切れ始めた。

 ……終わった。

 そう思った時だった。

「秘奥義・活命線!!」

 シロがさらに叫んだ瞬間、私の意識は暗転した。

 ……シロ「秘奥義」って。技名そのまんまだし……」


 私はそっと目を開けた。

 そこには、泣きはらした三毛……おっと、飛びついてきた。

「ごめんなさい。私のために……」

「バーカ、最初に言ったでしょ。私の我が儘だって。あなたのためにやったんじゃないわ」

 その頭を撫でてやりながら、私は軽く返してやった。

「あの、感動の再会をされているところ申し訳ないのですが、まだ完全な魂の修復が終わっていません。引き続き施術しますので……」

「は、はい!!」

 慌てて三毛が離れ、シロが再び呪文を唱え……いきなり、激痛が全身を駆け抜けた。

 月並みな表現ではあるが、全身にナイフを突き立てられてグリグリやられている痛みというか……。

 その全てが終わった時、私は不覚にも泣いていた。さすがに声を上げる事はなかったが……恥ずかしいったらない。そのくらいの苦痛だったのだ。

 ベッドでグッタリしていると、近寄ってきたのは細目だった。

 そして、なぜかお腹の辺りに手を当て、一つうなづいた。

「狸、意外とデ……ふくよかなんだな」

 言い直した。そして、こういうヤツだよ。うん。

 私は、わざと大声を上げて嘘泣きした。

 瞬間、フシャー!!という声つきで、三毛のフル爪猫パンチが細目を直撃した。

 かくて、とんだ事件は一応の解決を見たのだった。

 ……様子見ということで、一ヶ月入院するハメにはなったけどね。

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