第25話 急展開な猫

 「街」に戻ってしばらく経った。

 結局「返事」はうやむやにされたが、そこが細目らしいところだ。

 元より、最初から期待はしていない。変わらず店にちょくちょく来ては、私をからかっていく。これでいいのかもしれない。うん、きっとそうだ。

「よし、おしまい」

 店の扉に鍵をかけ、私は近くにある自宅に戻った。

 我ながら何もない家である。本当に必要最低限のものしかない。私は冷蔵庫から牛乳(猫用)を取り出し、コップ一杯飲み干してから、簡単な晩ご飯を作って食べた。

 それからシャワーを浴びたり何なりして、パジャマに着替えてベッドでデレーンとしてみる。うん、いい感じだ。

「……って、なんでここにくるかな。一応、プライベートエリアだぞ」

 寝室の窓に気配を感じ、私は半眼でそう言った。間違いない、細目だ。

 まあ、相手は細目だ。恥ずかしがろうとも思わない。一応、上着だけ羽織ってから、私は窓の外に向かって言った。

「いいから入ってきなさいよ。ストーカーさん」

 窓の鍵は開けっ放しだ。スルッと窓が開き、やはり細目が入ってきた。

「やぁ、狸。どうしても話したくなってさ」

 女の子の寝室に押しかけてきたわりには、いつも通りのんびりとした様子の細目。まっ、こいつはそういうやつだが……。

「その辺に適当に座って。で、話しってのは?」

「うん、さすがの俺でもさ、こんな話しを狸にするのは気が引けるけど、『三毛』の事なんだ」

「ほうほう」

 過去を語らない細目、これが初だろう。しかも、恐らくは悲しい別れだったはずの彼女……。それを拒否するほど、私はお子様ではない。

「……忌まれ付き心臓が弱くてね。しょっちゅう発作起こしていたなぁ」

「うーん、ヒスパラミン、アレミン、コンアミン……強い場合は、アロンレナリンかな。ああ、ごめんごめん。職業病。真面目に聞いているわよ」

 ちょっと症状を聞くと、すぐに薬の当たりがつく。嫌な職業だ。

「あはは、狸がもう少し早くこの街に来ていれば……ってたまに思うよ。隣の医者もまだなかったし、ここにいたのは頼りない医師とやる気のない薬師だけ。ある晩に三毛が強い発作を起こして、そのまま死んじゃった。それ以来、僕はこんな感じだよ。狸は二番目でいいなんて言っていたけど、俺はそんなに器用じゃないし、それは酷いだろう。だから、はっきり言いに来た、応えられないって」

 ……そっか。

「悪いわね。悩ませちゃって。まっ、今まで通りでいいんじゃない?」

 ……フラれたか。あーあ。

「そうだねぇ。俺は俺だし狸は狸だし、普通にやっていこう」

 のんびり言う細目だったが、一度そういう目で見てしまった私がそうできるかどうか……。まあ、やるしかないか。

「それでさ、こんな話ししたあとですっっっっごく言いにくいんだけけどさ、前回の事件って結構ヘビーだったじゃん。それで、国王から猫の街代表として働いた俺たちに、ちょっとした報償が出ていてね。ポート・エクリプスって知ってる?」

「ん、すぐ近くの漁港じゃん」

 馬車で二時間も掛からないだろう。そこそこ水揚げ量がある「街」の台所だ。

「うん、あの近くにリゾートホテルっていうの? なんか分からないけど、そんなのができたらしくてさ。俺と狸で骨休めしてこいってさ。宿泊券はもうもらってる」

「あのさぁ、フッたあのにそれって……まあ、そうだよね。あんたはそういうヤツよね」

 細目に常識は通用しない。色々諦めた方が、結果的に楽に付き合える。

「でっ、いつ出発なの。店の準備とかあるから、今決めちゃいましょう」

 こうして、珍入者の世は更けていったのだった。


 私の操る馬車は、一路ポート・エクリプスに向かっていた。

 細目のナビに従い、途中で山道に逸れて登る事しばし。

「リゾートっていうか、城ね。これは……」

 そこに見えてきた建物を見て、私は思わずつぶやいてしまった。

「実際、国王の保養移設を民間に払い下げて改装したらしいからねぇ。元々は小規模な城だよ」

 細目がガイドブックを読みながら言った。

 やけに荘厳な建物だと思ったら、そういうことか。

 私の馬車は、程なくホテルの車寄せに滑り込んだのだった。


「……早く言ってよ」

 私はこれを着ていないと落ち着かない、白衣のポケットに両手を突っ込み、不機嫌につぶやいた。

 ここは普通なら一般はお断りのロイヤルスィート。その無駄に広い室内でむくれていた。

 部屋が嫌なのではない。問題なコイツだ。

「あれ、言わなかったっけ。同室だって」

 そう、これだ。この馬鹿たれが、肝心な事を言いやがらなかったのだ。

「でも、ほら寝室はいっぱいあるし、同室って言っても居間だけだから」

「そういう問題じゃない!!」

 私だって狸だけど女の子なわけで……ああもう、なにに怒っているのか分からなくなってきた。

「どうしても嫌なら、俺廊下で寝るよぉ。ここ居心地いいし、どこでも寝られる」

「恥ずかしいからやめなさい!!」

 とまあ、一悶着あったわけだが、結局私は細目と一晩、無駄に広い部屋で過ごす事となった。


 何か優雅な管弦楽でも流れていそうな豪華な食堂で、恐ろしく豪華なメシ……食事を取ったのち、私は部屋で細目とお酒を飲んでいた。もちろん、酔いつぶれない程度にね。

「それにしても、まさか細目とこんな時間を過ごすとは……」

 グラスに注がれた琥珀色のお酒をチビチビやりながら、私は細目に言った。

「それは俺もだよ。狸なんて、いつでもどこでもいる存在だからなぁ」

「なぁによ、それ!!」

 全く、失礼な!!

「それだけ身近な存在って事。ついでに言うと、巻き込まれた異質で目が離せない。困ったもんだよ」

「巻き込まれた異質ってのは認めるけど、なんで細目が困るんだか……。あんたは、三毛……いや、なんでもない」

 アブね。タブーに触れるところだった。

「そりゃ困るよ。狸が死んだら、誰をオモチャにすればいいんだい?」

 ……いいの。細目はこういうヤツなの。それにガチで告った私って、やっぱりバカ?

 なんてな事を思っていると、変な事が起きた。

 開け放った窓から、人間の握り拳程度サイズの薄緑色の球体がフワフワと飛び込んできたのである。

 これは、魔法医なら絶対に見たことがあるもの。それは、「霊体」もしくは「魂」と呼ばれるものだった。

「ん、三毛?」

 細目の顔つきが変わった。これまでに見たことのないような、至ってまともそうなものである。

「ちょ、三毛って何年前になくなってるいるのよ!?」

 根性次第だが、魂が肉体から完全に離れた状態。すなわち、「死」から一日もあれば魂は霧散してしまう。

 何年も漂い続けるなんていう話しは、私も聞いたことがない。

「いや、でもこの感じは、確かに三毛……」

 細目が困惑した様子で言った時、脳内に響くような声が聞こえてきた。

『お初にお目に掛かります。狸さんでよろしいですか? 私は三毛。ここは『霊場』なので、こうして何とかお話出来ます』

 ……『霊場』とは、霊体を多く集める一種のパワースポットだ。

 生きている魂には、あまりいい影響を与えない。なんて場所にあるホテルだ!!

『細目……なぜ、狸さんの想いを正面から受け止めてあげないのですか?』

 三毛の攻撃。細目は黙った!! って茶化している場合じゃないわね。

「そ、それは、お前の……」

『人をダシに使わないで下さい。あなたは、もうとっくに吹きっています。この姿だから分かります』

 ……な、なんか、怖いぞ。三毛。

「お、俺は……」

「まぁ、私が口出すタイミングじゃないんだけどさ。あまり細目を責めないでやってくれる? 彼には彼のタイミングがあるんでしょう」

 あまり詰めると男はキレる。台無しだ。分かっているので、私は一言入れた。

『……ずっと見ていました。さすがに、黙っていられなくなりました。ちょっと落ち着いていきましょう。細目、何を怖がっているんですか?』

 穏やかな様子で、三毛が細目に聞いた。

「……また失うのを見ろっていうのかい? 情けないと思うならそれでいいさ。もう、こりごりなんだ」

 ……。

 しばし落ちる沈黙。

 そして、そこからの行動は、自分でも論理的に説明がつかなかった。

 どこかふて腐れたような細目に、私は……キスをしていた。

 その目が極限まで見開かれた。

「ばーか、私はそんなに弱くはない。じゃあ、あとは三毛と積もる話しでもしてな。おやすみ!!」

 そして、逃げるように自分の寝室に飛び込み、扉に鍵を掛けてベッドに飛び込んだ。

「あわわ、なにやってんだ私!?」

 人生最悪の行動だったかもしれない。よく、思いつきでやるとは言われるけど。

「ええい、眠剤眠剤!!」

 アルコール禁忌など無視して、私は手元の睡眠導入薬を飲んだ。

 薬師にあるまじき行為。よい子は真似するな的行為である。

 しかし、結局寝付く事なく、朝を迎えたのだった。

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