第16話 酒盛りの猫
この塔が少しだけその牙の片鱗を見せ始めたのは、さらに二階層上がった十二階からだた。
「うーん……」
罠姉さんと私がマッピングしたこの階層に相違はない。つまり、見落としをしている可能性は低い。
「ということは、四択か……」
この階層にあった大きな罠は四つ。二つは魔法陣タイプのなにか、もう二つは押しボタン式の何か……。そのうちのどれかかが鍵になる。迷宮ではよくあるパターンではあるが、外れを引けば全滅である。これを選ぶには、私の経験は足りなかった。
「罠姉さん。ここはお姉さんに任せます。『当たり』を嗅ぎ出して下さい」
「のぇぇ!?」
いきなり重責を両肩に乗っけられ、罠姉さんが悲鳴を上げた。
「私はプロの薬師です。経験と知識、そして勘がどれだけ大事か分かっているつもりです。罠はお姉さんの専門です。専門家に委ねる。不思議な話ではないでしょう」
私の言葉に、罠お姉さんの表情が引き締まった。
「……まず、ボタン式はない。移動用にしては位置が不自然。となると魔法陣式だけど、うぐぐ」
マッピングした紙に書き込みをしながら、罠姉さんが頭を高速回転させている様子。私に出来る事は……。
「はい、鎮静効果のあるハーブティ。冷えている方が美味しい配合でね、いつも水筒に入れいているの。私の分野は薬だけじゃないのよ」
いつの間にか、馬車を中心として小休止の状態になっていた。罠姉さんにカップを渡すと、皆には疲労回復のポーションを。
「よし、こっちだ!!」
罠姉さんが声を上げた。
「よし、みんな出発!!」
根拠は聞かない。私が託した専門家がそう言ったんだから、そうなのだ。
「ええっ、即決!?」
罠姉さんが悲鳴を上げた。
「あれ、自信ないの?」
私はニヤッと笑みを浮かべて聞いた。
「い、いや、そんな事ないけど……私の意見が採用された事ないっていうか……」
罠姉さんがモゴモゴ言うのを聞きながら、私はなにも言わず馬車を進めた。
「罠姉さん。目的の魔法陣はAとBどっち?」
「え、えっと、B……」
ここからはそう遠くはない。五分もあれば着く。
「みんな、道は開かれたわよ。いわゆる『転送陣』。馴れないと酔うから気を付けて」
転送陣というのは、よく階段や通路の代わりにせっちされている『転移』の魔法の応用だ。
程なく問題の魔法陣が見えてきた。なだか嫌な赤色に発光しているが、この色が罠だったか。
「よし、突貫!!」
私の声と共に全員が一斉に魔法陣に消えた……。
オメガの塔 ??階層
転送陣を抜けたところで、私たちは半数が倒れた……転送酔いで。
「あーあ、取りあえず薬作る!!」
倒れたのは、斧兄ぃ、杖姐、罠姐、セリカだ。長剣兄ぃとエルフ兄さん、私と、医師は無事である。
取りあえず魔除けの香油を当たりにばらまき、周辺警戒ののち私は速攻で薬を作り始めた。そんなに難しい薬ではないのですぐ出来る。
しかし、薬を飲めばすぐに治るというものではないので、ちょっと早いが今日はここで大休止かもしれない。
「長剣兄ぃとエルフ兄は哨戒任務に。私と医師は具合の悪い連中の手当しないといけないから」
指示を出すと二人ともうなずいた。
そうしてからテキパキと薬を作って飲ませ、医師が簡単な回復魔法で癒やす。
これで、少しは早く復活するだろう。
「これでよし。今日はここで大休止ね。お二人さん、交代。悪いけど、キャンプの準備してもらえるかな。私たちだと、人間用のは難しいから」
「分かった」
長剣兄ぃが返事して、今度は人間とエルフの共同作業によるキャンプ設置が始まった。その早いこと早いこと‥‥。
あっという間に寝袋を並べてカンテラ二つに火を点して明かりをつくり、グデっている四人を寝袋に収納し……三十分くらいか。恐ろしい。
「よし、こんなものだろう。今は料理番のセリカが死んでいるから、俺がメシを作ろう」
長剣兄ぃは自分の荷物の中から、プロもビックリの包丁セットを取り出して、ちゃんとエプロンまで装着し始めた。
「ええ!?」
さすがにビビった。
「騎士にとって野営は必須技能。が団長の口癖でして。実際、美味しいですよ」
ニコニコとエルフ兄が言った。
「それで、馬車の空きスペースに無理矢理野菜とかねじ込んでいたのね。さて、何が出来るやら……」
調理用の加熱魔法陣くらいなら、誰でも描く事が出来るだろう。なにやら美味しそうな匂いが漂う中、この塔に入って二度目の『夜』を迎えたのだった。
食材と環境の制約があるので、どうしても限られたメニューになってしまうが、長剣兄ぃの料理は文句なく美味しかった。
素直に言ったら、「大した事ではない……」と赤面してしまった。意外と、可愛いところがあるヤツである。
「さて、いつも上官殿と医師殿に、哨戒任務を押し付けてしまっていては申し訳ない。今日は我々が……」
「変に気を遣わないで。雇われているのはこっち。思い切りこき使いなさいって。それに、さっき待ってる間に『アラーム』の結界を張っておいた。今日は立ちんぼしなくても、少し手を抜けるわよ」
私は馬車からボトルを引っこ抜き、それを長剣兄ぃに差し出した。
「お、おい、お前、それは!?」
医師の目の色が変わった。
「猫の『街』秘蔵酒『タイガーアイ』。毎年限定百本のうち一本よ。料理のお礼」
「お前、それどこで!?」
医師が色めき立つ。無理もない。販売店が限定されているので、毎年予約ですぐ売り切れてしまうのだ。
それをなぜ私が持っているかってあんた。そりゃ、うちが製造元だもん。秘密だけど……。
色々な薬草を混ぜて発酵させて……手間が掛かるのよ。これが。
「よく分からんが、貴重なものらしいな。いいのか?」
長剣兄ぃが困っている。
「ありがたく頂いてはどうですか? なんなら、この場でみんなで飲んでしまうというのも……ボトルは重いですしね」
エルフ兄さんが言った。
「ワシは飲む!!」
クソ医師……。
「分かった、上官殿がよしというなら飲もう」
「許す、飲め。なんちてね」
こうして、ささやかな酒盛りが始まった。
「ほぅ、これはなかなか……」
一口飲んだ長剣兄ぃの顔が緩んだ。
「なるほど、エルフにも似たようなお酒があるのですが、薬草酒の一種ですね。いい味です」
普段喋らないエルフ兄が喋るのは珍しい。お酒パワー凄い。
「なんでもいい。うまい!!」
クソ医師よ、あんたにゃ絶対売らん!!
「それにしても、よく対等に猫と付き合おうと思いましたね。大抵、上から目線ですし、セリカみたいに変なのがこんなにいたかと。ああ、褒め言葉です」
今年の出来はまずまずだなと思いながら、私は長剣兄ぃに言った。
「なに、優れた者に種族など関係なかろう。特に、我々が所属する隊はそういう気風が強い。この塔を探索する間だけという事が惜しい」
「私をあまり買いかぶらない方がいいですよ。肝心なところで、失敗しますから」
私はお酒のお猪口を一口。いつもそうなんだ。これが。
「その時は俺たちがフォローします。尻を蹴飛ばしてで。それが、役目です」
……うーん、どっちかっていうと、それ私の役目のような気が。言っても無駄だから言わないけどさ。
「さて、飲もう。こんなに美味い酒は。滅多に飲めん」
「おや、珍しい。美味しいという点では同意ですが」
長剣兄ぃの言葉にエルフ兄が笑い、和やかな空気が流れる中、一人の珍入者が現れた。
「私にも……くれ」
杖姐だった。今にも死にそうな顔で床を這いずってくる姿は、なんか新手の魔物のようにすら見える。
「いいから、お前は寝ていろ……」
長剣兄ぃがため息を吐いた。
「大丈夫だ……飲めば治る!!」
たまたま近くにいた私のお猪口をひったくり、一気に飲み干すと……そのまま倒れて動かなくなった。
「あれ?」
死んだか?
と思った時だった。
「……美味い」
私の敏感な耳はそれを捉えた。そして、何事もなかったかのように、杖姐は復活を遂げた。
「うん、なかなか美味い。っていうか、メチャクチャ美味いぞこの酒。どこで買った!!」
あ、ありがとうございます。製造者冥利に尽きます。
「あなたはお酒の味にはうるさいですからね。太鼓判を押したということは、本当に美味しいのでしょう」
エルフ兄が笑った。
「こりゃ、三本持ってるなんて言えないわね……」
私は猫にすら聞こえない声でつぶやいた。
塔の探査はまだまだ始まったばかり。この元気さは、のちに大変助かることになるのだった。
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