第15話 まずは肩慣らしの猫
三日後、天候が回復した。私たち一行は、オメガの塔に向けて進行を開始した。
「しかしまあ、なんだってこんな巨大な物を……」
近づくにつれて、その塔の巨大さに呆れてしまう。
「地上五十階とも百階とも言われていますが、詳細はよく分かっていません。故の我々なのですが……」
長剣兄ぃがさらっと言ってきた。
「今回の探査目的は?
改めて確認しておく。
「塔の全容確認です。詳細な探査はまた別の隊が行うでしょう」
長剣兄ぃの言葉にうなずいた。つまり、無理はしなくていい。しかし、根こそぎひっくり返したくもある。これは猫だからではなく、私の性格だ。
そうこうしているうちに、塔の入り口に辿り付いた。目の前にはどこまでも続きそうな闇が口をあけて待っているが。
「ストップ、罠よ」
私が止めた瞬間、罠姉さんが不思議そうな顔をした。
「ん? なんも感じないけど……」
「そりゃ人間じゃ分からないわよ。ちょっと待ってね」
私は魔法陣を描く特殊チョークを片手に馬車を降り、塔へと至る道のあちこちに○マークを書いていった。
「はい、この園内は踏んじゃダメよ。さもないと……」
私の耳と鼻は罠の種類も特定している。適当なサイズの石を手にすると、私は比較敵安全なものに向かって投げた。
ドン!!
派手な音と共に地面が爆ぜた。待機していた面々の表情が凍り付く。無理もないことだ。
「……というわけで、大半の人は塔に入る事すら出来ずにお陀仏ってわけ。もう一度言うけど、絶対にその円内は踏んじゃダメよ。
馬車まで戻ると、罠姉さんに首根っこ引っつかまれた。
「弟子にして下さい!!」
「…‥私、薬師なんだけどな」
とまあ、アホな事を言いつつ、私たちは慎重に塔に進入した。
「明かりよ!!」
杖姐の魔法で光球が宙に浮き、塔の闇を照らし出した。
「基本的には今まで通り、戦闘は極力避ける事。罠のお姉さん、セリカと変わって警戒」
例によって私は指示を出した。命令という言葉は使いたくない。
「了解!!」
「分かりました!!」
罠の姉さんとセリカがそれぞれ言い、素早くポジションチェンジを行った。
これで前衛右翼を長剣兄ぃ、真ん中に罠姉さん、左翼を斧兄ぃが受け持ち、後衛は変わらず、杖姐、馬車、エルフ兄さんで殿がセリカだ。
「罠姉さん、五十メートル先が臭うわ。罠チェック強化!!」
「だから、なんで分かるのぉ~!?」
‥‥猫だから。
結局、罠探知は私の担当で、実際のチェックと対応は姉さんがやる形で落ち着いた。
ちなみに、私が張り巡らせている「ヒゲ」は罠だけではない。魔物の探知も同時に行っているが、今のところ異常はない‥‥ん?
「明かりを消して、全員壁際に待避!!」
叫びながら、馬車の荷台に積んであった薬瓶の中身を盛大にぶちまけた。
全員壁際に寄るのと同時に魔法の明かりが消され、全員戦闘態勢で息を潜めた。
「みんなリラックス。そんな殺気立っていたらバレる!!」
さきほど私がぶちまけたのは、「改良型ステルス君EXVer1.00(特許出願中)」だ。改良前は直接浴びる必用があったが、これは局地的に魔除けの結界を張ることで魔物を回避する効果が狙える。そのためには、とにかく気配を消して息を潜める事が肝要だ。
殺気を消すなんて、簡単に言うが難しい。しかし、さすが訓練された騎士だけの事はある。スッとその気配が消えた。もはや、私ですらその姿を捉えるのは容易ではないだろう。
それから数秒後、ズルズルと巨体を引きずるようにして、なにかミミズのような物体が通り過ぎていった。
「はい、OK。十分遠ざかったわ」
私の一言で、全員が一斉に大きく息を吐いた。
「なんていうか……見つからないって、戦うより大変なんだな……」
斧兄ぃがげんなりと言ったが、まだ一体目である。
「さて、お疲れのところ悪いけど、ガンガンいくわよ」
再び体勢を立て直し、私たちは塔の闇へと踏み込んでいったのだった。
オメガの塔 十階
塔の空気や魔物回避に皆馴れ始め、ガンガン行きましょう!! という空気のところで、私はわざと大休止……すなわち、暫定的な夜を入れた。
このイケイケ空気が危ないのだ。致命的な見落としや事故に繋がる原因になる。
当然、不満の声も出るかと思ったのだが、皆案外素直に動いてくれた。
大きな柱と柱の間に寝袋を並べ、たき火などのセットも完了。その間に、私は例によって魔物よけの結界を展開。これで、キャンプの完成である。
「いや、みんなノリノリだったし、もっと文句言われると思っていたんだけどねぇ」
言うべきではなかった。しかし、言わずにはいられなかった。
「なに、簡単なことだ。ここで生き残るためには、あんたに付いていく。そう決めただけだ。みんなもそうだろ?」
すると、医師以外がコクリとうなずいた。
うぉい!!
「私は猫でタダの薬師で……!!」
「私もそう思っていましたよ。でも、罠や魔物の検知能力はずば抜けているし、それに対処する方法も完璧。人間の罠師でもこんなのそうそういない。猫の感覚が優れているって言っても、使えるかどうかは別問題でしょ? しかも、薬の知識も調合の腕も完璧。何者ですか?」
なにか、今にも飛びかかってきそうな罠姉さんだった。
「私は猫よ。それ以上でも以下でもないわ」
堪らん。こんな人数背負えるか!!
「お前さん、今さらだろ。毎日何人の薬を作っておる。わしもそうだが、それだけの人数の命を背負っておる。今のこの状況、なにか違うか?」
……クソ医師め。
「いいから黙ってついてこい!! っていうタイプじゃないよ。私は。それでもいいならご自由にってところかな」
ポケット常備のポーションを煽ると苦いが効く。要改善だな。味の。
「よし、哨戒の順番を決めよう。俺と……」
長剣兄ぃが仕切り始め、私はそっとため息を吐いた。
やれやれ、面倒な事になってきたな。猫という生き物、リーダーにはむいていないのであります。はい。
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