陰神放浪記
ヒゲ・ダルマ
序章 聖戦
第1話 神戦器と五人の英雄
聖戦。後にそう語り継がれる戦争は、ごく一部の人々を除いた世界中の人々が支持され、派遣可能な戦力を保有するあらゆる国々が参戦していた。彼らの目的は邪悪な神とその信者の国を滅ぼすことである。
その神の名は失われており、人々は【
そのような危険な神の存在とそれを崇め奉る狂人の国家が海の向こうにあるという伝承は、一定水準以上の地位にある者達や情報通ならば知っていることであった。大国はおろか、中小国や大きな街の長にとっては常識レベルだ。
にもかかわらず為政者が何もしなかったのは、『神を傷つけることは出来ない』という単純明快な事情があるからであった。この世には【陰神】以外にも神が存在し、有史以来、数える程度だが現世に降臨した記録がある。古い記録であるのでかなり誇張があると思われるが、記録によればその力は絶対的であったらしい。
とある記録によると一撃で数万の人命を奪うことの出来る魔導兵器を開発し、あまつさえそれを実践に投入した軍事大国があった。戦場で用いるだけならばまだしも、その国は見せしめのためだけに無辜の民が住む都市を吹き飛ばすという暴挙に出た。それに激怒した神が地上に降臨し、都市を焼いた軍を全滅させた上に軍事大国の都に現れて王城を消滅させたのである。軍隊は当然抵抗し、魔導兵器を用いて畏れ多くも神に向けて使用した。魔導兵器による攻撃は神に直撃したが、傷を与えるどころか軽く振った拳で跳ね返されたという。その国家についての記録は残っていても、発明品の情報は何一つ残っていない。神々が徹底的に潰したのであろう。それだけの力を神は持っているのである。
文明の粋を結集した兵器ですら、神の足元にも及ばない。これらの歴史上の事実、そして神という超常の存在への畏怖から、人々は【陰神】の行いを憎々しく思いながらも甘受せざるを得なかった。
しかし、ある国が偶然に作成した、作成してしまった武器に注目が集まることになる。そしてそれこそが聖戦の引き金となったのである。
その武器の名称は
何故『思われる』なのかというと、実際に神の力がどんなものなのかは誰にもわからないからである。しかし、その神戦器が生み出すエネルギーは圧倒的であった。それこそ
神戦器を開発した国、セイラス聖王国の上層部は頭を抱えることになる。この国は世界に五つある大陸の一つ、ソフィス大陸全域を統べている。政治は安定しており、国家の運営の為にここまで強力な武器は必要ではない。では外征に行けばいいと思うかもしれないが、海には強力な魔獣が跋扈しており、安全な航路を知っている『海の民』という海洋民族以外で海を越えることは難しい。自由を愛する海洋民族の協力を得るのはさらに難しく、仮に得られたとしても海の向こう側を統治するのは至難の業だ。むしろこれを持っていることが他の大陸の大国に知られた場合、危険だと判断されて攻め込まれる可能性がある。そもそもこんなものを使えば、それこそ激怒した神が降臨して国が滅亡することになりかねない。
しかもこの神戦器には三つの欠点がある。一つ目は使用するためには莫大な量の魔力が必要となる点だ。概算すると常人の数倍の魔力を有する一流の魔術師数百人分の魔力を機動するためだけに要するのである。これが二つ目の欠点に繋がって来る。実のところ、神戦器は王国の騎士や兵士の為に造られた武器だという点である。他国との戦争と縁遠い聖王国の騎士の仕事は、都市や要人の警護と魔獣退治だ。そんな彼らのために造られた武器であるが故に、神戦器は剣や槍のような個人で使う武器となっている。つまり、使用出来るのは『常人の数千倍以上の魔力を持つ個人』だけということになる。そんな魔力を持つ者などそれこそ御伽噺の登場人物だけであろう。
そして最大の問題は、新たな神戦器が生産できないという点だ。元々、神戦器は兵士や騎士に支給するための量産品であった。それが武器庫から出て来た時には何故か常識の埒外の力を持つ武器になっていたのである。王国中の職人や知識人が集まって変化した原因とその変化を再現する方法を研究したが、解ったことは『現在の技術では再現不可能』であることだけだった。
最初、聖王国は厄介な爆弾と化した神戦器を破棄する方向で纏まりつつあった。しかしながら、更なる偶然によって状況は一変する。王家に新たに生まれた第四王子が、なんと神戦器を使いこなせるだけの魔力を持って生まれたのだ。
誂えたかのような二つの偶然を、聖王国の人々は神の意思だと感じた。国の名に『聖』の字が入っている事から解るように、聖王国は国教である【光神】ライラを主神とする『白光教』の影響力がかなり宗教色の強い国家である。運がいい事に当代の聖王は優れた
そして国の方針に関して政治の中枢にいる者達の神戦器を破棄・封印するか否かについての意見は真っ二つに割れた。破棄の反対派は第四王子と神戦器の誕生は共に神の恩寵であり、それを無視するなどもってのほかだと言い出したのである。
聖王と宰相などの文官が破棄賛成派、教皇や将軍などの聖職者と武官の一部、そして王族の一部が破棄反対派に回ったので議論は荒れに荒れた。破棄すべきかせざるべきかの議論が平行線になってしばらく後、『白光教』の教皇がこんなことを言い出した。
「神戦器と第四王子ならば【陰神】を滅ぼすことができるのではないか。」
彼の発言によって事態は急変する。本当にそんなことが可能であるならば、世界から災害や魔獣が消え失せることになるはずだ。この提案には賛成派も無視できなかった。不定期に起こる自然災害時の復興や魔獣対策に聖王国は馬鹿にならない予算を費やしている。特に魔獣対策の予算は国土の広い聖王国にとっては初代聖王の時代から頭痛の種であった。それが無くなるかもしれないという甘い誘惑に、賛成派のほとんどが屈してしまった。
唯一最後まで頑なに破棄を訴えた聖王だったが、家臣や宗教勢力との間に深すぎる溝を作る訳にもいかないので、一つの条件を付けることで渋々同意した。その条件とは、『神戦器の存在と聖王国の目的を他の国にも公表し、協力して使用出来る才能がある者を探し、首尾よく【陰神】を滅ぼした時は神戦器を封印しろ。それが出来なければ聖王として破壊を命じる。』というものであった。
この命令がどれだけ困難なものかが解らない者はいないだろう。曲がりなりにも神を滅ぼそうというのだから、神戦器の使い手を探す必要があるのは解る。常人の数千倍の魔力を有する個人などそうそういるはずがないので、他の大陸に眼を向けるところまでは仕方がない。しかしそれを他国にも公開し、目的を果たした後に封印させるのは全く現実的ではない。魔力の多い者を集め、【陰神】を滅ぼす所まではおそらく協力してもらえるだろう。それほどに世界的に【陰神】は畏れられている。だが、神戦器を破壊するのは絶対に受け入れない。せっかく手に入れた力をみすみす手放す愚か者がいるとは誰も思えなかったのだ。
周囲の者たちは必死に説得したが、聖王はそれ以上の譲歩をすることは決してなかった。彼は神の信者である前に一人の王として、神戦器と第四王子の誕生という二つの偶然に、神の『恩寵』というよりもむしろ何者かの『悪意』を感じていたのだ。これが全体的に見れば異端の考え方なのだろうが、聡明な彼にはそうとしか思えなかった。
聖王がそのような条件を出して約一週間後、唐突に彼は重い病に罹る。そして三日後にはそのまま死んでしまった。そして新たな聖王となった第一王子は先代王の意志を無視して極秘裏に第四王子と並ぶ魔力量を持つ人材の調査を開始する。どう考えても先代王は謀殺されたのだが、それを追求する者は誰一人いなかった。
数年後、聖王国は遂に神戦器の使い手に相応しい莫大な魔力を有する者達を見出した。
現聖王の弟であるカイン・デル・ライラ・セイラス。
世界最大の版図を誇るアルワンス帝国、その上将軍の息子、ザイード・フォン・ウェイン。
世界中の知識人が集まる帝国の学問都市セピエで神童と呼ばれた少年、マルコ・ダリス。
とある小国の辺境に住む猟師の息子、エルヴィン。
土地を持たず、船の上で暮らす『海の民』の少女、ファナ。
それぞれこの五人は年齢層が近いどころか同い年であった。産まれた日に誤差はあれど同じ年に生まれた上に、それぞれが世界中で広く信仰されている五属性全てに高い適正があったことも彼らが神の意志で地上に遣わされた一種の御使いであると解釈されるのに拍車をかけることになった。
五人は十歳の時に一堂に会し、彼らの出身国から武術と魔術の達人の教えを受けることになった。エルヴィンとファナはこれまでの生活と差があり過ぎて戸惑ったものの、他の三人と共に切磋琢磨してメキメキと力をつけて行った。
そして彼らが成人である十五歳になった時、遂に世界に向けて神戦器と五人の若者についての情報が公開され、セイラス聖王国の国王とアルワンス帝国の皇帝の連名によって『【陰神】討伐』の聖戦の開始が高らかに宣言される。それと同時に聖戦のために国家の枠を超えた大連合軍、聖戦軍が誕生した。この一大事にも、世界は混乱することはなかった。なぜなら、世界最大の国家であるアルワンス帝国とそれに匹敵する国力を持つセイラス聖王国は水面下でしっかりと他の国々と交渉を纏めていたからである。
【陰神】を滅ぼし、この世から災害と魔獣の脅威を排除するという大義の下、世界中の国々が着実に聖戦に向けて準備を進め、聖戦軍に志願する者が続々と集まった。そして聖戦の宣言から一年後、神戦器を持った五人と一定水準以上の実力を持つ騎士や兵士、志願した魔獣ハンターや雇われた傭兵などを乗せた大船団が出港した。
因みに、この船団にファナの出身である『海の民』はいない。大昔から海の上で生活してきた『海の民』には【陰神】を祀る国の場所についての知識がある可能性が高く、嵐や海の魔獣と長く戦って来た彼らならば快くその情報とそこまでの航海に手を貸してくれると誰もが予想していた。だが、驚くべきことにその要請への答えは拒絶であった。聖王国と帝国、そしてファナ本人も『海の民』の族長や長老衆に掛け合ったのだが、彼らは頑として聞き入れることはなかったのである。理由を尋ねても『本来ならわざわざ語るほどの事ではないのだが』と前置きした上で、
「約束を忘れた者たちに手を貸す訳には行かぬ。」
という意味不明な答えを返されるだけであった。むしろそんなことの為にファナを利用するのならば今すぐ彼女を返せと言い出す始末である。聖王国が幼いファナを国に招く口実として留学という形をとったことが徒になったらしい。交渉に出向いた聖戦軍の者とファナは族長や長老衆、そして成人した大人たちに協力する所か非難するような目を向けられ、逃げるように『海の民』の船団を後にした。しばらくの間、彼女らは族長の言葉にどこか不安を感じていたが、聖戦軍の本拠地に戻った頃にはその不安は頭の片隅に追いやるのであった。
結局、『海の民』の合力を諦めた聖戦軍は、あらゆる古文書から【陰神】を祀る国についての情報をかき集める羽目になった。全ての書庫をひっくり返す勢いで調査され、無数の学者が寝る間を惜しんで調べ上げたことで、どうにか場所を割り出すことに成功する。こうして聖戦の地へ向かう準備は整った。
『海の民』の協力を得られない状態での航海は厳しいものになるはずだったが、神戦器の力によって大した苦労もなく目的地の近海まで到達した。神を滅ぼし得る力の前には厄介な海の魔物も無力であるのだ。その名は通称・暗黒列島。【陰神】の信者が巣食う小さな島国である。伝承によると島のほとんどは森と山で形成され、最も高い山の麓に城壁で囲まれた都市があるのだと言う。
列島の存在を確認した聖戦軍は近海に停泊し、戦の前の準備を整える。夜明けと共に出航し、邪悪な神を崇める狂人たちを一掃。そして信者を殺されて怒った【陰神】を神戦器の力で滅ぼす、というのが明日以降の計画だ。聖戦軍たちは海の上で戦の前の最後の夜を過ごす。その日の海は波一つ立たず、空には気味が悪いほどに明るい双子月が浮かんでいた。
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