第二章 (7) 五〇三二回目の状況説明

「そうだね……、まずは『聖戦』が起こったときのことから話そうか」


 “強欲”がしんとした口調で言った。


 それを耳にした帯刀がぴくりと眉を動かしたのを彼は見逃さない。何も言わずただ聞きの姿勢に入る帯刀からしてみれば、それは全く意識していない仕草だった。


「ああ、君はまたそんな表情をする」


 大丈夫だよ、と彼は肩を竦めおどけて見せる。「まあいいや、話を続ける。そもそもの『聖戦』の起こりは、君も知っての通り『白髪の聖女』――姫良真夜を巡って勃発した“七つの大罪”の内紛によるものだ。彼女の持つ“釈義”の能力が“七つの大罪”内で異端とみなされ、処刑されそうになった。そこでエクレシアが武力介入したことで凄まじい争いとなった。この部分は史実通りだ」


 帯刀はじっと押し黙り、彼の言葉に耳を傾けている。薄氷色の瞳がぼんやりと“強欲”の輪郭を捉えて離さない。“強欲”はソファの背にもたれながら、幼さの残る目じりを右手で擦った。


「その結果、『聖戦』の影響で世界人口が激減した。それを憂いた姫良真夜は、自身が持つ釈義『契約の箱』を展開し、一度この世のあらゆる物質を塩化させることにした。そうすることで、全てが上書きされると彼女は思ったんだ」

「……ええと、『万物更新の時』、か」

「そう、それだ。しかし、それはそうなるように仕組まれていたものだった」


 “強欲”曰く。


 エクレシアに在籍するとある司教が、「塩化による世界の終末が『神に捧げる最大の供物である』と狂信していた」。そのためには『契約の箱』とそれを操る姫良真夜を手中に収める必要があったが、その機会がなかなか訪れることがないままにその司教は時を過ごしていたのである。


 そんな中勃発した“七つの大罪”の内紛。これほどまでに素晴らしいタイミングがあっただろうか。これ幸いと言わんばかりにその司教は大司教を唆し、保護という名目で姫良真夜と『契約の箱』を奪い取った。


 そこまで話したところで、「待て」と帯刀が口をはさんだ。


「とある司教? それは今のエクレシアにも存在するのか」

「いるよ」

 “強欲”はさっぱりとした口調で言った。「でも、その人物の名をこの場で口にすると碌なことにならないから今は言わない。その時になったら話すよ」


 続きだ、と彼は淡々とした口調で続ける。


 その事実に教皇が気づいたのは、『終末の日』が訪れた時のことだ。彼は全てを知り、絶望した。こんなことになったのは、唆された自分の責任だと思ったそうだ。


 大司教はすぐに己の“釈義”を行使することにした。大司教の能力は「時間遡行」。一度に四十八時間までの間ならば、自身の記憶を残したまま時を戻すことができる。彼は何度も、何十回も、何百回も釈義を使い、ようやく『聖戦』が始まる前まで時間を戻すことに成功したのである。


「もう二度と『終末の日』は起こさせない。そう思った教皇は、まず姫良真夜に面会し、時間遡行する前のことを説明した。幸い大司教と姫良真夜には面識があり、互いの人柄が分かるくらいの仲であったから、彼女はすぐにその話を受け入れたそうだ」


 そこで彼らが『終末の日』を避けるためにいくつか取り決めをした。


 まず、『契約の箱』を姫良真夜から遠ざけること。少なくとも持ち主の手から引き離すことで「持ち主自身の意思で」開匣されることはなくなる。そう踏んで、大司教は十二使徒の中からひとり選別し、彼に『契約の箱』を持たせた。


「誰にも触れられぬ場所へ持っていけ、と。それを頼まれたのが、そこにいるトマスのおじさんだ。さらに教皇は、“七つの大罪”のうち特別力が強い七人を選び、彼らに一回目の説明を行った。そして、再び『終末の日』が訪れぬよう『全ての記憶を引き継がせる』ことを目的に『弾冠』の能力を俺たち八人に与えた。――それでも、やはり『終末の日』は起こってしまったんだけど」


 その後、教皇は何度も何度も時間遡行を繰り返した。しかし、何度やっても失敗する。何をしても『終末の日』は起こる。そのたびに時間を巻き戻した。


「――そんなことを繰り返していたら、現在一〇〇九三回目の遡行となっている。なかなか無謀なことをしているだろう、おたくの大司教は」


 それを聞き、帯刀はふと朝に三善が言っていた数字を思い出す。


 ――僕が言えるのは、いちまんきゅうじゅうさん回。


 あの数字は、このことを意味していたのか。しかし、三善の口ぶりから察するに、彼はまだこのことを知らないはずである。


 そこでようやく、三善が何をしようとしているのかが理解できた。それと同時に、一抹の不安を覚える。


「さて、ここからが本題だ」

 考え込む帯刀を横目に、“強欲”は話を続ける。「前回、一〇〇九二回目が始まったとき、教皇は姫良真夜と合意の上、とんでもない行動に出た。二人の間に子を成したんだ。それが、お前たちの知る次の『教皇』、姫良三善。さすがの俺たちも驚いたよ、色んな意味で」


 色々言っておきたいことはあったが、帯刀はその言葉を飲み込んだ。小さく咳払いしたのち、気を取り直してひとつだけ問いかけをする。


「……ええと。それまでの間に、姫良三善は」

「存在しなかった。これだけ試行回数を重ねておいて、アレが出現したのはたったの二回きりだ。滅茶苦茶だと思ったけど、彼が現れたことで事態は大きく変わった。いいところまで行ったんだよ。今だから言えるけど、多分これが一番正解に近かった」


 しかし、それでも『終末の日』は起こってしまったと彼は言う。原因は、姫良三善が現れたことで、本来起こりうることのなかった事態が発生したため。


「それは?」


 帯刀の問いに、“強欲”は小さく唸った。慎重に言葉を選んでいる様子で、じっと足元に目線を落としている。そして、ようやく決心がついたのだろう。のろのろと顔を上げ、彼はぽつりと呟いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る