第二章 (4) 答え合わせ

 帯刀の証言を元に中庭に行くと、案の定三善とマリアはまだその場所にいて、のんびりと日光浴をしていた。ホセは彼らに事情を説明し、己の仕事部屋へと連れてゆく。


 念のため扉に錠を落とすと、「さて」とホセは振り返った。


 平行に並ぶ黒い革のソファに、片側に帯刀・慶馬が、もう片側には三善・ケファが座る。ホセは少し考えてから、三善の隣に腰掛けた。マリアはこの会話に入れそうもないので、普段荷物を入れてある箱型のスツールに座り本を読んでいる。


「それで、聞きたいことというのは?」


 ホセが尋ねると、帯刀が頷いた


 彼曰く。

 二か月前に“傲慢Superbia”第一階層が浄化されて以降、“嫉妬Invidia”の暴動が相次いでいるのは随分と知られていることである。


 先日ホセとマリアを迎えに行った際に襲ってきたあの巨大な蛾もそれの一部。確かに最近は二、三日に一度はプロフェットの誰かが”嫉妬”を浄化しに行っているが、この場の誰もがそれを特に異常だとは感じていなかった。


 ただひとり、帯刀を除いて。


 実は、“七つの大罪DeadlySins”に関する情報操作は全て帯刀が請け負っている。あれだけ巨大な化け物が街中を闊歩しているとなると、混乱を避けるためには無理のない程度に事態をうやむやにしておかなくてはならないのだ。帯刀がしらみつぶしに“大罪”に関する事件をもみ消していると、ある時不思議な事象が起きていることに気が付いた。


「“嫉妬”だけ、特定の場所にしか現れていないんだ」


 地図はあるか、と帯刀がホセに尋ねると、彼は自分のデスクから本州の教会区分を記した地図を出してきた。


「これでよければ。書き込みしたければこちらのペンでどうぞ」

「助かる」


 帯刀は地図を広げ、いくつかの個所にペンで丸印をつけていく。その印がついた箇所を見て、ケファは何かに気づいたらしい。一度瞳を大きく見開いたのち、「そんなまさか」と言わんばかりの様子で言葉を飲み込んだ。


「ん、ブラザー・ケファは気づいたか」

 さすが、とケファを称賛しつつ、帯刀は続ける。「ここひと月くらいで“嫉妬”が出没しているのは、第二区、第三区、第五区。ああ、昨日第四区にも目撃証言があったか。第一区はまだ出没したことはないけれど、多分そろそろ来るぞ」


 どういうこと? と三善がきょとんとした様子で首をかしげる。彼にしてみれば、“大罪”はどの教区にも等しく現れるものであり、特に変わったことなど思いつかないようだ。


「……聖所せいじょ、ですね」


 その印がついた箇所をじっと見つめ、ホセが呟く。


「正解」

 帯刀が大きく頷いた。「今までの“嫉妬”出現個所というのは、現存しているかどうかは問わず、かつて聖所と言われていた施設があった場所だ」


 これは予想だが、と彼は言葉を続ける。


 “嫉妬”は聖所に置かれている『何か』を探しているのではなかろうか。何か、の部分はまだ分からないが、おそらく“七つの大罪”がまだ大聖教と分裂する前に祀られていたものに関係があるだろう。そういったものが日本国内にあるらしい、ということを、帯刀は何度か聞いたことがあった。


「それに心当たりは?」


 ホセの問いに、むしろこっちが聞きたい、と帯刀が返す。


「今日はそのヒントが何かないかを聞きに来たんだ。ここ数年、“傲慢”と“嫉妬”は行動を共にしていた。“傲慢”の第一階層を浄化したのはみよちゃんだって聞いていたから、何か心当たりはないかと思って」


 ふむ、と三善は考えた。


「……ええと。あの時の“傲慢”は雨ちゃんの『釈義』が欲しかったらしいけど」


 雨ちゃんとは? と帯刀が尋ねたので、三善は先日の聖フランチェスコ学院の出来事をかいつまんで話した。


 先天性釈義の能力者・土岐野ときのあめが“傲慢”に狙われ、彼女を利用して事件を起こしていたということ。彼女の能力のひとつに「釈義の譲渡」があり、“傲慢”はそれを手に入れようとしていたこと。


 三善の話をじっと聞いていた雪は、薄氷色の瞳を細め、何やら考え込んでいるようだ。


「それは確かに珍しい釈義だ。なんでかは分からないが、”傲慢“は何らかの理由で『釈義』が必要としていて、簡単に釈義を得るために能力者を求めていたのは想像できる。しかし、“大罪”が釈義を必要とする理由、ねえ……」

 とぶつぶつ呟いている。


 ホセはそんな彼の様子を眺めつつ、ただひとり真相にたどり着いていた。彼らにそれを悟られぬよう、そっと目線を外す。


 おそらく、“大罪”が探しているのは『契約の箱』だ。それならばすべての辻褄が合う。


 昨日のトマスとの邂逅が脳裏をよぎる。


 ――『契約の箱』だよ。処分してくれたか。


 彼の声を今でもはっきりと思い出せる。トマスの言う『アレ』は一般的に解釈されるものとは随分異なる。あれは『釈義』だ。とんでもない厄災を招く代物で、正当な管理者のみが扱える。それを“大罪”が探しているとなると――。


「ブラザー?」


 帯刀の声に、ホセははっと顔を上げた。帯刀だけでなく、この場にいる全員がホセに注目している。突然難しい顔をして黙り込んでしまったので、何かあったのではないかと想像させてしまったようだ。


 慌てて場を取り繕うとしたが、遅かった。


「あ、ああ。なんですか」

「何か思う当たることでも?」


 帯刀の鋭いまなざしがホセを射る。その瞳を向けられれば、大抵の者は口を開くのだろう。しかし、ホセは肩を竦め適当にはぐらかした。


 それを見て、帯刀はどう感じたろう。しばらく何かを思案している様子でもあったが、ふっとため息をつき、ホセから目を逸らした。


「……まあいい。何か思い出したら教えてくれ」

 いずれにせよ、と帯刀は言う。「この状況が続くと、さすがに我が帯刀家でも事件を完全に揉み消すことができなくなる。どうにかして先手を打ちたいんだが」

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