第三章 (4) 怒り
「ああ、崩れちゃった。君の部下がね、昨日俺の腕をぶった切ってくれたものだから。復活するまで適当に補っていたんだけど、この湿気じゃあ駄目だったか。嫌だねぇ、日本は雨が多くて。そうは思わない?」
「あいにく、私の祖国は雨と霧ばかりでしたので。……戦うおつもりで?」
ホセが問うと、“
「あの子がそのように御所望だからね。お前たち聖職者が怖いんだってさ。恐怖を感じるものは全て悪だ。悪は退治してやらなきゃ」
あの子とは、とホセは一瞬考えたが、答えはすぐに出た。はっと顔を上げ、問い質すような口調で“傲慢”に尋ねた。
「まさか、土岐野さん……」
「君には関係ないでしょ。それよりさぁ、自分の身の回りの心配をしたら? 君、『前の俺』に会ったときはDoubting Thomasの野郎を連れていたでしょ。あれが造反したから別の生き物に乗り換えたの? 随分可愛らしい犬っころだこと。役に立つの、あれ」
「犬っころ?」
「真っ赤なお目目の子犬ちゃんだよ」
男のその発言に、ホセは思わず目を瞠った。
おそらくそれは――犬っころで連想するのもどうかと思うが――三善のことだ。なぜ“傲慢”がそれを知っているのか。否、知るはずがないのである。そもそも三善は“七つの大罪”に知られぬよう隔離して育てられたはずで、プロフェットとして活動するようになってからもなるべく目立たぬよう位階を調整した。この事実を知っているのは、ホセと、専属教師であるケファ、それから大司教補佐のジェームズ・シェーファーくらいである。
三善の存在を、“
となると考えられるのはただ一つ。彼は既に何らかの形で三善本人と接触してしまったのだ。
全くもって嫌な予感しかしない。
「……彼を、どうした?」
「殺しちゃったかも。だって『
頭に血が昇るのが自分でも分かった。しかし今にも溢れ出しそうなドロドロとした気持ちを垂れ流してしまっては元も子もない。張り付いた笑みを浮かべたまま、ホセは首を傾けた。そうですか、困りましたね。そのように呟きながら。
その様子を見て、“
「お前の弱点は、感情を上手く隠せないことだ」
瞬間、男の姿が忽然と消えた。ホセは斜め上を見上げ、左腕に巻かれた器械から何かを繰り出した。乾いた摩擦音が響き、それが止まると同時に彼は地面を蹴り上げた。
ホセが宙に浮かんだのと、彼が先程まで立っていた場所に炎の雨が降り注いだのはほぼ同時だった。激しい爆風はホセの聴覚を侵してゆく。熱がこちらにまで這いあがってくる。火の粉が舞い、熱で目が焼けそうだった。
「っ、痛……」
彼は自分の左腕から真っすぐに伸びる『何か』――ワイヤーを横目で見つめ、ふ、と息をついた。こんなこともあろうかと、両腕に常に仕込んでいるものだ。とはいえ、腕に相当な負担がかかるのであまり使いたくない代物なのだが。
ホセはリールでそれを巻き取り、すとんと連絡棟の屋根の上に降り立つ。地上を見下ろし、流れてゆく白い煙をじっと見つめた。こうしてみると、まるで地上が全て真っ白に染まってしまったかのようだ。例えば、新雪がすっぽりと地上を覆い隠したかのような。
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