車窓の陽

いつからか旅をすることを諦めた。あの車窓から覗く赤い陽の光を、目を細めながら眺めることや、食べものを片手に履き古したスニーカーをより一層すり減らしていくことが、あたたかい幸せであったことは記憶していたのだけれど。


地獄へと足を踏み入れたとき、私は落ちたのだと確信した。もう戻りようのない道を後ろに携え、動かない体を引きずって血の海へ溺れていく。それだけの運命だ。

なんとも世は甘くないもので、酸素のひとつも無い場所では満足に脈拍を刻むこともできなかった。後悔先に立たず、などとよく言うものであるが、これほどこの言葉を痛感した瞬間はない。


地面は誰かの死体で出来ていた。平らに押し込まれた体がひどく窮屈そうで、私もいずれはこうなるのだなと思った。太陽はいつだって私たちを焼き殺す。

はて、と足を止めて後ろを見たとき、広がった光景はもう見覚えのないものだった。私はこんな道を歩いてきてはいなかったはずだ。そんな予定では。


目が冴える薬を胃に入れることは生きることと同義。しかし私たちはもはや生きるために生きる生き物ではなくなっていた。それならば生きることなどしなくたって構わないじゃないか。

車窓から身を乗り出して頭から落ちるべきである。この身は既に地面より深い場所に落ちているというのに。


「何が好きなの?」

もう忘れてしまった。自分のためにすることなど。自分の幸福など。私はもう血だ。そして地面だ。誰かに踏まれるばかりの人生だ。


踏みならされて平らになった地面はひどく窮屈で、私は自分の思考さえ忘れてしまった。あのときの陽の光はまだ記憶しているのだけど。

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