永久に続く夢の中で
青空奏佑
プロローグ
プロローグ
中学校を卒業し、あと数日も経てば高校生になるというこの時期に、僕は一体何をしているのだろう。自分自身でそんなことを思ってしまっているのだから世話がない。
電車に乗って一時間以上経過している。気が付けば電車は路線を一周し、それまでの間、多くの人間がこの車両を出入りしていた。
子供から大人、老人まで様々だ。疲れた表情を浮かべる男性、楽しそうに小さな声で談笑している男女、読書をしている女性。老若男女、色々な人間がこの車両に犇めいている。今朝のニュースでは、世界規模で人口減少が止まらないと話題に上がっていたが、しかしこの車両内ではそんな世界の様相など微塵も感じられない。
ふと、視界にランドセルを背負った男の子が飛び込んできて、何となく昔の出来事を思い出す。
あれは小学三年生の頃、確か道徳の授業であったはずだ。担任であった女性教師が、授業が始まるや否や、黒板に白いチョークで大きく「将来の夢は?」と書き記した。何事かと思っていたら、次にその女性教師は座っている僕等に対し、穏やかな笑みを携えながら「みんな、将来の夢はありますか?」と尋ねて来たのだ。
その時、僕はその問いかけ、特に「将来」という箇所に酷く違和感を覚えた。そして、そんな担任の問いかけに平然と「将来の夢」を語っていたクラスメイトが不思議で仕方がなかった。
隣の席に座っていた女の子はケーキ屋さんと答え、クラスで一番やんちゃだった子は、野球選手と答え、クラスで一番頭の良かった子は、宇宙船の設計者と答えていた。
とりわけ記憶に残っているのがその三人の夢。他のクラスメイトが何と口にしていたかは思い出せない。ただ確かであったことは、皆とても生き生きとした表情で夢を語っていたということだ。
女性教師は教室を大きく回りながらクラスメイト一人一人の話を聞いていて、僕にも「有紀君はどう?」と尋ねて来た。しかし、結局僕は「分かりません」としか答えることが出来なかった。
その道徳の授業がどんな風にまとめられて終わったのかは思い出せない。ただ、嬉々として将来を語る同級生と、その様子を慈しむような表情を浮かべて見守っていた女性教師の姿が妙に印象的で、しかし僕はそれを受け入れることが出来なかった。そこに居るはずなのに居ない。水に浮かぶ一滴の薄汚れた油、まさしくそれで、僕はどうしても馴染むことが出来なかった。
そしてそれは今も変わらない。いや、むしろそれは小学生だった時よりも悪化している。僕はどうしてもこの世界に馴染むことが出来ない。とりわけ、将来に希望を抱くことが出来ない。
仮に、こんな時代でも将来に対して何ら不安を持ち合わせることなく常に希望を抱くことが出来ている人間がいたとしよう。たぶんその人は、病気的なまでの楽観主義者か気が狂った人間、もしくはすでに全てを諦めてしまった人なのだと思う。
だからきっと、こんな風にいたって平凡で平和なこの車両内にいる人達も、心の奥底では僕と似たような思いを一度くらいは抱いた経験があるのだと思う。ただそれを表に出していないだけだ。表には出さず、言ってしまえば現実を忘れ、いつ壊れるかも分からない平和な日々を過ごしている。
平凡が敷き詰められた車両。あちらこちらから話し声が聞こえる。皆楽しそうにしているせいか、たった一人でこの場所にいる僕が随分と場違いな奴であるような気がしてくる。
そんな場違いな人間がもう一人。ちょうど向かいの座席に目を向ける。そこには、僕と同い年くらいに見える女の子が座っていた。
彼女は僕がこの車両に乗った時にはすでにその場所に座っていた。だから、彼女は少なくとも一時間以上この電車に乗っていることになるだろう。仮に僕と同い年なのだとして、こんな僕に言う資格などないけれど、だとすれば彼女もまた僕と同じように随分と無意味なことをしている。
一駅、一駅と電車は停車し、同じ線路を回る。無意味な時間は過ぎ去り、陽は落ちて行く。気が付けば車内は夕日に包まれ、橙色に染まった。
昼間はあれだけ賑わっていたのに、それが嘘であるかのように車内は静まり返る。周囲を見渡すと、車内には僕と向かいに座っている女の子以外、誰もいなくなってしまっていた。
正面に座る彼女に目をやる。すると、彼女の方もちょうど僕に目を向けていたのか、視線が交わった。
不思議と、目を逸らすことが出来ずにじっと見つめてしまう。目に呑み込まれる。彼女の目だけしか見えなくなる。強くて脆そうな目だった。
そして、彼女はゆっくりと口を開き、「あなたは、こんな世の中で生きていく意味があると思う?」と、淡々とした声で僕に問いかけて来た。どこか懐かしいと感じられる声とその言葉を聞いて確信した。きっと、彼女もまた僕と一緒で、どうしたってこの世の中に馴染むことが出来ないでいるのだろう。
女の子の背後に広がる窓ガラス。
不意に、その窓ガラスの向こう側にある巨大な宇宙船が目に飛び込んだ。僕の視線に気が付いたのか、その子も後ろを振り返り、橙色に染まった宇宙船に目をやった。
巨大な宇宙船。大人たちは希望の船だと口を揃えて言う。僕にしてみれば、あんなものただの鉄屑に見えて仕方がない。
この世界は、僕が生まれた時から終わることを決定づけられている。
女の子の質問は「こんな世の中で生きて行く意味があるか」
「僕の方こそ教えてほしいよ」それが、彼女に対する僕の答え。
彼女は宇宙船を見つめたまま、「そうね」と呟くだけ。
それは電車が次の駅に着くまでの一呼吸、時間にしてわずか五分の出来事だった。
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