第20話 どんな手段を使ってでも人類を守る
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陽が落ちて大分時間が過ぎていた。
「予定より遅くなったか」
浅蔵壬剣は早々に帰宅し赤槻昂我が見つけた物質を調べる気でいたが、その前に紅葉区と石霧区の事件現場も調べていたら大分遅くなってしまった。二つの事件現場にも同様の物質が付着しているかと思ったが、そちらにそれらしいものはなかった。
《全知の視界》で過去と未来を感じようとしたが、暗闇の中、鎧の中から蒼い炎を漏らしながら歩く黒騎士の姿を見た学生が、ショックで倒れる姿だったので特に手掛かりはない。
(何故その後、襲わなかったのかまでは分からないが――理性がないから行動原理にも法則性はないのか……?)
浅蔵家は周囲を高さ三メートル程の白壁で覆われており、中に入るにはこの巨大な門から入るしかない。
敷地内には専属の庭師が毎日管理している植木があり、辺りには銅像や噴水なども見受けられる。誰もいない静かな庭を歩くと、目の前には三階建ての城の様な自宅が待ち構えている。
近寄る者を拒む外壁、威圧感のある洋館、まるで父親の様だ。普段は家にいない事も多いので、直接顔を合わせる事は少ないが、家を見る度に思い出すのは良い心地がしない。
玄関で靴についた雪と泥を落とし、靴のまま室内へ進む。
暖炉には常に火が入っているので、冷え切った頬や手が温められていく。
屋敷内が静まり返っているのはいつもの事で、柱時計が時を刻む音だけがホールに響いている。お手伝いさん達は自宅に帰り、また翌朝から働いてくれる。
もし父親が帰ってきていれば、この家には壬剣と父親しか存在しない。
螺旋階段を上り、西館三階廊下へと進む。
絨毯の敷かれた廊下を進んで自室に戻ると、やっと一息つけた気がした。コートを脱いで椅子に座ると、自然と息が漏れる。
自室は実に質素で黒を基調としたデザインのデスクと椅子、本棚。白黒のベッド、カーテン、飾りといえる物は何もない。
子供の頃から勉強一筋だったせいか、本棚に並んでいるのも参考書の類である。
シンプルな部屋に特別感情を持つことはないが、疲れて帰ってくると少々寂しい気もする。
(今度観葉植物でも置いてみるか……)
浅蔵家は物心ついた時から騎士としての訓練を行い、心構えを学ばせる。
壬剣はいつか父親から騎士紋章を受け継ぐ。
その信念だけを持ち、常に生活してきた。体育や常日頃のトレーニングは騎士として騎士鎧を制御するのに必要な基礎体力。勉学や書物の知識はどんな場面に遭遇しても臨機応変に対応できる知識。いつか金剛を継いだ時の為に、常日頃から無駄な行動はしたくなかった。
自分のやるべき事の為に全力を尽くす。無駄を全て弾き、意味のある行動を選ぶ。
それが騎士として騎士団長として、金剛の騎士紋章を継ぐ男の責任だと考えている。
何故なら騎士団長の自分が判断を間違えば、それだけで多くの人が犠牲になる
だから迷わない意志と的確な判断が要求される。
(そう考えると僕も父親と同じか、無駄を省き、結果を求める。努力した過程に意味はなく、どんな手段を使ってでも理想を手に入れる)
世間的には正しいのかもしれないが、幼少のころから勉強に身を費やしてきた身、その努力を認めて欲しいと考えるのは普通ではないだろうか。
父親の様に結果だけが全てと割り切れるほど、成熟した精神は持てなかった。
だから努力をせず、騎士鎧で成り上がった父親を子供の頃から認める事が出来なかったのだろう。
それとここ最近、浅蔵の『慎重な完璧主義』にも疑問が生じ始めた。
それは大きなものではない。巨大な池に小石が投げられた程度のものだ。
それでも波紋は広がり、気を抜くとたまに思い出す。
あの男、赤槻昂我が原因だろう。
赤槻昂我の行動や口調は壬剣からは出ないものだった。
全く知らずの人間を助ける為に、自己犠牲精神で飛び出す。根拠のない自信で皆を励ます。
冗談交じりの会話でその場を明るくさせ、活力を沸かせる。
悔しいが、彼がいるだけでその場が華やぐのも確かだ。
浅蔵はこれまで様々な人間に出会ってきた。
父親の威光にあやかりたい大人達。父親が街で有名な医者と知って掌を返す友人――いや、知人達。これまでの誰もが浅蔵の顔色や浅蔵を通して父親の姿を見ていた。
しかし赤槻昂我はそんな事はない。誰とでも同じように自分と接している節がある。
何も考えていないただの『阿呆』と言ってしまってはそれまでだが、あんな男はこれまで見た事がなかった。
自信の損得を考えず、他人と接する男、それが赤槻昂我。
(彼を見ていると僕が『損得だけを考えて動く男』だと思えてしまうな)
実際はそうなのだが。
人付き合いも突き詰めればすべて自分のため。
いつか自分に返ってくるから誰かを助けるし、勉強にも手を抜かない。そしていつかそれが他人を助ける事にもなる。しかしそれも他人を助けたいと第一に考えている訳ではない。結局のところ、助けた後も自身に何らかの利益があるから手を出すのだ。
誰も何も言わないが、世の中は結局そうして回っているのだと思っていた。
そして苦手としている父親と結局は同じ考えをしているとも思っていた。
もし赤槻昂我のように少しでも生きられたなら、もう少し、何かは違っていただろうか。
騎士でもなく、学校も違う、絶対に出会わなかったであろう男のように――。
赤槻昂我に嫉妬心が生まれ、それを認める事すら馬鹿らしくなり、壬剣は頭を振った。
「……まったく、何を考えているんだ」
(その男の為にもしっかりしなくてはいけない)
――と考えている自分に苦笑する。
本来の自分なら『赤槻昂我ではなく、どんな手段を使ってでも人類を守る』だろうに。
コートのポケットから本日手に入れたポールの切れ端を取り出す。
先端は人外の力で無理やり引きちぎられており、そのまま凶器に使えそうなほど尖っている。反対側はダイヤモンド・サーチャーの剣でカットした為、切り口は滑らかだ。
意識を集中すると左手の甲に光が集まり、《ダイヤモンド・サーチャー》が展開される。
先端についている粉は、物凄い力でポールを引きちぎったときに付いたものだろう。成分は顕微鏡などで確認しないとハッキリしない程に微細な粒子だ。
ダイヤモンド・サーチャーを使用すると意識が騎士鎧と同化し、壬剣の両目の視点以外にも騎士鎧の視点を感じ取れる。視点は徐々にズームアップし、粉の結晶までも確認、さらにその奥へと進んでいく。目指すは分子の領域だ。
壬剣は解析しつつも立ち上がり、己の目で現実も把握しながら本棚の前で立ち止まる。片手で引き抜いたのは鉱石が描かれている事典だ。
ページを持って椅子に再び座り、ページを次々と捲りながら、該当する化学式を探す。
「これはケイ塩酸鉱物か……フッ素……にアルミニウム……だと?」
嫌な予感が背筋を伝う。
フッ素とアルミニウムで構成された鉱石、しかも黄色がかっている。
「馬鹿な……そんな事があるのか? 何故!」
しかし何度ダイヤモンド・サーチャーで確認しても物質の構造は変わらない。この微細な粒子一つ一つが、もっとも辿り着きたくない答えを示している。
だがもし、この物質がそうだとしても何故あんな所にあるのか。楽観的に考えれば『援軍』がこの街に来たと考える事も出来る。
しかし状況は通り魔だ。しかも民間人を無差別に斬りつける黒い鎧の怪物。
通り魔は証言から黒騎士に間違いないだろうが、問題はそこではない。
黒騎士がこの粒子の持ち主だという事が問題なのだ。
ならば黒騎士化する前のあの男が、壬剣たちを騎士だと認識したのも合点がいく。
騎士に恨みを持っているから騎士を知っていたんじゃない。
己が騎士だから知っていたんだ。
「この粒子は……トパーズだ」
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