第13話 分からないから手品って言うんだよ

「凛那」

 座り込み、顔を自分の膝にうずめている彼女の名を呼ぶ。

「――人生捨てたもんじゃねえって、俺が思わせてやるよ」

 彼女は一瞬ビクッと身体を震わせ、ゆっくりと顔を上げた。

「あ、あの時、も、いってました……」

 泣き声を交えながら彼女は声を絞り出す。見上げる顔には涙の痕が付いていて、頬も赤い。

「おう、俺は何度だっていう。生きてると辛い事は九割だが――いや八割、七割――そんな低くもないか。でもな残りの一割が嬉しければそれがいずれ二割、三割と膨らんでいく。極端にいえば、死ななければきっと良い事ある!」

「そ、そんなの、かんたんに……し、信じられません」

 瞳を潤ませながら、彼女は俺を見上げる。

 そうだろう。誰だって信じられない。もし信じられる奴がいたら、それは『今が幸せな奴』か『将来が約束されている奴』くらいだ。

 そんな簡単に無責任すぎる言葉を信用はできないのが普通だ。

「それを確かめるには今よりも『先』に行かなきゃ分からないってことなんだよ。過去の選択が良かったか悪かったかなんて、未来の自分にしか分からん。でも過去の楽しかった一割を思い出せば、きっと苦難に満ちている九割の『今』を勇気づけさせてくれる。だから、今は……えーっと、なんだ、ほら、すこし、未来の為に俺と一緒に『楽しい一割』にしようぜ! これから辛い事があっても乗り越えられる為に!」

 昂我はいえーい! と天高く拳を振り上げる。ノリで振りあげたせいか、雪で足元が滑り脚はがに股でとてもカッコいいとは言えない。

 我ながら何て締まりのない励まし方だろう。もうちょっと良いやり方もあったんじゃないかと思うが仕方ない。これが赤槻昂我なのだから。

「な、何ですかそのポーズ、ふ、はは。な、泣いてる人の、隣でやるポーズじゃ、ないです」

「そ、そうか。カッコいいと思うんだけどな」

 凛那に笑われてばつが悪そうに頬を掻きながら、苦笑いして腕を下ろす。

「ほら、寒いだろ」

「え?」

 ポンと空中を舞ったのはホット缶コーヒー。彼女は突然飛んできた事に驚き、急いで手を伸ばして何度かお手玉してから、しっかりと両手で包み込む。

「暖かい……」

 しゃがみ込んだまま缶コーヒーで手を温め、次に頬を温める。

「でも、これ、コーヒー……」

 凛那は涙を拭いながら恨めしそうにこちらを見る。

「……飲めません」

「あ、わりい。こっちにするか」

 昂我は左手からレモンティーのペットボトルを渡す。

「ど、何処から――いつの間に?」

「手品」

 にひひと笑って、彼女の手から缶コーヒーを奪う。彼女の手に触れたとき、あまりにも冷え切っていて、そのまま握ってしまいそうになるが、ハッとして缶だけを引っ張り上げた。

 握っても良かったが何故己の手を引っ込めてしまったのか、自分でも分からない、と今は思いたい。

「だって自販機……何処にありました? こ、こんなに暖かいのに」

「分からないから手品って言うんだよ」

 缶コーヒーを口に付けて喉に流し込むと、身体の芯から熱が上がっていくのが分かる。凛那も同じようにペットボトルを開けて、レモンティーを口に流し込んだ。

 喉を鳴らした後、同時にお互い、ほっと息を吐きだす。

「……昂我君は優しいと思えば、そうでもないときがあって、なんか意地悪です」

「そうか? 俺は何時だって優しいぜ。体と心の九割は優しさで出来ている」

 昂我君と呼ばれ一瞬戸惑ったがここで顔に出すと照れくさいので、ぐっと堪える。

 いつまでも座っているままでは大変だろうと思い、「ほい」と凛那に手を差し出す。

「座ってるとコートが濡れてしまいますよ、騎士姫様」

 丁寧に言ったつもりが彼女は頬を膨らませて、ご機嫌斜めに昂我の手を握って立ち上がった。

「やっぱり、優しくないかもしれません」

 凛那は立ち上あがるとすぐに離れてしまったが、彼女の手は先ほどよりも暖かい気がした。

 それが飲み物によるものなのか、なんなのか。

 とりあえず深くは考えないようにして、二人は再び歩き出した。






 目を赤くした凛那を連れて自宅到着後、妹の『お兄ちゃんが泣かせた彼女連れてきたあ!』の大声から始まり、両親の慌てふためく姿を凛那に見せたのは人生最大の汚点だったのは言うまでもない。

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