水の惑星

水の惑星……前編

 私はシグナトリー。以前は人間だったが、今は違う。人格ソフトウェアとして小さな箱の中にいる。見た目は、雪のように真っ白いリモコンだ。

 そんな私を、胸のポケットに入れて肌身離さず携帯してくれる相棒がいる。マイヨールという名の生身の人間だ。数百年のあいだ生きているのに、二十代のような外見をしている。


 私たち二人は、オリオン腕連合に所属する調査官だった。あるとき一緒に罪を被り、連合によって流刑に処された。以来、果てしない旅を続けている。

 銀河の端に瞬間移動したと思ったら、次は宇宙の反対側に跳ばされる。行く先は誰にもわからない。そこで何か役に立つことを見つけたら、連合に知らせることになっている。

 もしも帰ることが出来たならば、の話だが。

 こんなことになった理由は話せば長いので、今は伏せる。ともかく、今回も私たちは跳んだ。





 気がつくと波打ちぎわにいた。

 残念ながら、南国のリゾート海岸ではなかった。岩ばかりで白い砂はどこにもないし、寝ころんだり遊んだりするビキニの生き物もいない。まして灰色の雲が厚くたれこめ、風は吹きすさぶ。

 暗く荒い波が、マイヨールの足もとに打ち寄せた。


「このところずっと、ハズレばかり引いている。楽しい光景を見ないことには健康に悪い」


 たしかに、寿命のないおまえでも退屈で死ぬことはあり得るな。だが待て、もうすぐ大きなイベントが到来するぞ。あたりの空気がしらじらしく生暖かいのは、ハリケーンが迫っているサインだ。


「2100年代の太陽系地球は、きっとこんなふうだったろうな」


 気候変動が後もどり不可能になった時代だな? おまえの直感は正しい。ついさっき分析を終えたが、二酸化炭素が多めな大気組成はその時期の地球を彷彿とさせる。

 ひと粒の雨がマイヨールの頬に当たり、彼の指先が肌の上をゆっくりと拭う。


「あるいは、ここは過去の地球そのものなのかも」


 いたずらそうに口角をゆがませるのは、マイヨールのクセのひとつだ。

 何をばかな。流刑のルールは制御できない空間跳躍なのであって、時間旅行ではないぞ。


「光の速度を超えて移動しているんだから、時間にも空間にもひずみが生じる。その際、少しばかり過去にさかのぼってもおかしくない」


 2500年代の住人である私たちが、期せずしてタイムマシンに乗り、400年ほど前の地球を訪れているのだろうか? 

 可能性は低い。

 流刑をともにする船が衛星軌道上から送ってくれた画像によれば、この星は大陸のない「水の惑星」だ。青い球の表面に島々が点々とするのみ。地球と共通するのは、月のような大型の衛星を持つことだけだ。


 私たちのいる島は、ごく小さいようだった。海岸沿いを歩くと三十分もかからず一周してしまう。何も期待することなしに、島の中心へ向かって探索することにした。

 案の定、葉を茂らせた植物のようなものばかりで、建造物や目印はなかった。行く手を遮って伸びる枝は、静電反発装置を貼ったマイヨールの腕が容易にかき分けた。

 道なき道は急な上り坂だったが、彼はパワードスーツを肌にぴったりと着ていたので、汗もかかなかった。


「巨大ムカデとか蜘蛛型エイリアンとか、なかなか出てこないものだなあ」


 何者にも出くわさないまま丘のてっぺんまでたどり着いた。

 地面に刺さる棒が、そこにあった。先のあたりに布のようなものが付着して、垂れ下がっていた。広げて観察してみると、色あせた赤い円形が見てとれた。


「これが白地に赤マルのフラッグだとすると、日本国の登山家が征服した山頂に私たちは立っている、というわけだな!」


 マイヨールの声は弾んでいた。


 温暖化によって、この星の氷は全て溶けきったというのが、マイヨールのシナリオだ。あるいは、超重力兵器を使用した大規模な戦争で陸地は沈んでしまったのだという。

 海に浮かぶ島々は、かつては空に向かってそびえる地球の山だったとでも?

 しかし、かの惑星がここまで水浸しになった記録はない。ありふれた日の丸のデザインは、異星人が独自に思いついたに決まっている。


「リモコンはアタマがカタくて哀れだな。時間旅行というものには、夢があるんだよ」


 今日のおまえは、らしくない。代謝モニター上では問題ないようだが、いよいよ気が変になる予兆か?

 その時、茂みでシャッと音がした。上を何かが飛んでいる。


「生命反応は?」


 ない。

 私たちは瞬時に透明なバリアを張りつつ、それが舞い降りて棒の先にとまるのを見た。

 トリだった。

 正確にいえば、トリのような形をした機械だった。

 それはクチバシらしきモノをひらいて何かを発信した。


「解読は難しいか? シグナトリー」


 いや、それほどでもない。トリからのメッセージは、こうだ。


〜ようこそ地球へ〜


 私は同じ種類の信号で応答した。


〜ふざけるな〜


「ふざけてはいません、連合調査官のおふたり」


 背後で声がした。

 ひとりの少女がいた。いや、正確には少女のホログラムだった。

 肩に届きそうな栗色の髪、長い手足、若々しい張りのある白い肌。

 ティーンエイジの娘。


「そういうきみは、連合の補佐官の格好をしているね」


 格好の問題ではないだろう、マイヨール。この小娘は、おまえの補佐官の映像そのものなのだから。







後編へ つづく

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