加科のくず

加科タオ

 早く冬になればいいのにって君は言った。

 僕はそうだねって返した。


 暗い空にはまん丸の月が浮かんでいる。

 君はそれをなんだか焦がれるような、慈しむような、でもなんだか寂しそうな顔をして見上げていた。


 本当は寒がりな君は上着のポケットに両手を突っ込んで歩いていた。僕は布に隠されて見えない君の手の形を目でなぞる。ゆるく握られた拳。それから、少し冷たい指先の温度まで想像して、何もないはずの僕の手の中に収めてみる。そうするだけで僕の手のひらはじんわり湿ってしまうのだから救いようがない。


 君に一番似合う季節は冬だと思う。

 だから僕は冬が嫌いだ。


 澄んだ空気も、たまに降り積もる雪も、白く凍る息も、君に似合っている。

 僕は不安になる。

 君が自分にぴったりだってこと、いつか冬が気付いて連れ去ってしまうんじゃないかって。

 連れ去られた君は冬に馴染んで、僕の触れられない、なんだかキレイなものにかわってしまうんじゃないかって。


 君にこんなこと話したらきっと笑うんだろうな。笑う君は見たいけれど、きっと僕は僕の形でいる限り、この馬鹿げた悩みを君に打ち明けることはないだろう。


 僕はわざと君の数歩後ろを歩いた。

 君の姿が見えないと落ち着かなかった。


 あんなにキレイだとすごく近くにある気がしちゃうよ。

 そう言う君はたぶんまだ月を見ている。

 そうだねって返す僕は違うものを見ていたけど、その言葉は心からのものだった。




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