ひしゃげた
水原緋色
第1話
大雨が降る前、長雨が降る前、サワガニが川から上がってくる。
あぁ、明日は雨かな。なんて、中学生の頃までよく思っていた。高校に上がってからは親に送迎してもらっているから、なかなか歩く機会もなく。それでもたまに飼い犬の散歩に出かけると、サワガニが道路を歩くのを見つける。雨が降るななんて、晴れた空を見上げて思う。到底考えられないけれど、自然界の生き物は敏感だ。天気予報より正しい。
サワガニをみた翌日やはり雨が降る。やっぱりか、と独りごちる。雨は嫌いじゃないけれど、低気圧のせいで頭痛がするのであまり嬉しくない。自分の頭痛の具合でも天気がわかる。雨の降る前日はひどく悩まされるのだ。
晴れた日。飼い犬を連れ外へ足を運ぶ。掛け違えたボタンのように、少しずれた交差点は戦国時代かそれ以前からかの名残らしい。その理由はもう忘れてしまったが。その道路の真ん中に、ひしゃげたサワガニがいた。せっかく川から、水に流されないように逃げて来ていたのに。
僕らの世界もこんなものなのだろうか。逃げても逃げてもどこにもいけず、元の場所に帰ることもできず、死んでいく。やるせない思いが胸に溢れた。納得している僕がいた。
いつか僕らはあのひしゃげたサワガニのように突然死を迎えるのだ。
サワガニくん、君は幸せだったかい?
僕は幸せに生きるよ。
自嘲気味に声を出さずに笑う。
飼い犬が早く行こうと、一声あげた。
ひしゃげた 水原緋色 @hiro_mizuhara
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