rain

hiyu

rain


 雨はいつの間にか止んでいて、辺りはまた日が射し始めていた。

 多分、通り雨だったのだろう。短い時間だけざあっと強く降りつけ、あっという間に去って言った。

 その雨から逃れようと走り出したのは俺の方だった。

 どこかそれをしのげる場所を探して、ぐるりと周りを見回した時、その雨の中で黙って佇むお前の姿が目に入った。

 俺を見つめたまま微動だにしなかった。

 その目に射抜かれて、俺の足も止まった。


 ほんの数分の雨が、俺たちの関係を180°変えてしまった。

 強く叩きつけるような雨が、そうさせたのか?

 それとも、これも、始めからお前の狙いだったのか?


 ガキの頃からの友人っていうのはたいていの思い出を共有していて、それこそ小学校の頃から今年で10年ともなれば、知らないことなんてものはほとんどないだろう。

 俺がこいつと友人関係を続けているのは多分気が合うからで、一緒にいることの方が当たり前に思えるくらい、、気付けば近くにいた。

 だからといって誰がこんなことを望んだ?

 少なくとも俺ではない。

 だから言葉が出なかった。


 いつもと変わらない帰宅路。着崩した制服。まるで引きずるように歩みを進めながら、昨日までと同じ他愛もない会話。クラスメイトのこと、昨日のテレビのこと、最近気になっている女性タレントのこと。

 好きな子の話、なんてのもした。お互い協力し合ったりすることはないけれど、その時によってうまくいったり、いかなかったり。

 俺にできた彼女を、お前はいつも「まあまあじゃね」って形容する。

 こいつのまあまあはいつものこと。たとえば俺がこいつを褒めても「まあまあかな」って言うし、テストの出来を聞いても「まあまあ」って答える。一緒に服を買いに行った時だって、俺が見立ててやった服を「まあまあだな」って言って購入した。その後、その服をヘビロテしていて、かなり気に入ってんじゃん、って内心笑いながらつっこんだ。だからこいつに言われた「まあまあじゃね」は、多分充分合格、ってことなんだろうと思っている。

 彼女というものができても、俺たちの距離は変わらなくて、いつも通りにうだうだと面倒くさそうに下校するお前の隣が、落ち着くんだよな、なんて俺は思ってた。

 そんなこんなで続いた10年間は、俺にとってもお前にとっても大事なものだと思っている。

 ──湿った風が吹く。

「雨降るかも」

 俺の隣でポツリとつぶやいたお前が空を見上げたから、つられて俺も顎を上げた。 

 直前まで、そろそろ髪切ろっかな、なんて自分の前髪をつまんでいたお前が、そのポーズのままぽかんと口を開けて空を見上げていたのに気付いて、俺は吹き出す。

「間抜けな顔」

 ぐいとお前の頭を押しやると、思ったより伸びていた髪の毛の感触が柔らかく、すっと俺の指が埋まる。

 その瞬間、まるで子供みたいにお前が笑う。にっこり、ともにんまり、ともつかないような顔で。

 だから俺は調子に乗ってその手をお前の髪に突っ込んだまま、ぐしゃぐしゃとかき混ぜてやった。頭をぐらんぐらんに揺らしながらされるがままになって、お前はやめろよぉー、と声を出す。けれどその声にはどこか甘えるような、ふざけてるような響きがあって、俺はますます調子に乗って両手で頭を抱え込むようにしてもっとかき混ぜる。

 ぎゃはははは、とか、わはははは、とか、そんな笑い声を立てて二人ではしゃぐ。 

 傍から見ればバカみたいに、俺たちは笑い合う。

 だって、それが俺たちの10年間だったから。

 形だけ逃げていたお前の頭をしつこくかき混ぜる俺の額に、ぽつり、と水滴が落ちてきた。

「あー、降ってきた」

 突然俺の手が止まって、お前も逃げるのをやめた。

「傘、ねーな」

 大雨ならコンビニでビニール傘購入。小雨なら気にせず帰る。そうしようと考え、伸ばしていた手を引っ込めようとした。

 けれど、どういうわけか俺以外の力がそこに加わった。

 見ると、軽くうつむいたお前の頭に乗った俺の手を、お前の手がつかんでいた。

 うつむいたお前の表情が、長く伸びた前髪に隠れてよく見えなかった。

 何だよ、まだはしゃぎ足りないのかよ。

 そう思ってにやりと笑い、またその手を引っ掻き回してやろうと思った。指先が頭皮を撫でた瞬間、俺の手をつかんでいたお前の手に力が入った。そのまま胸の高さまで引き下ろされ、俺は少し驚いた。

「どした?」

 お前は顔を上げなかった。

 だから、急に不安になった。

「────」

 お前の名前を呼ぼうとして、それまでぽつり、ぽつりとしか落ちてこなかった雨粒が、突然量を増したことに一瞬気を取られた。

 次の瞬間、雨は音を立てて大きく降り出し、目の前のお前が顔を上げたと気付いたのと、そのお前の口が何かを告げたのは同時だった。

 何か。

 本当は雨音のせいで聞こえなかったのだと思おうとした。

 けれど無理だ。

 俺はその言葉を聞いた。お前の声を、聞き分けた。

 ──好きだ。

 俺の目を見て、確かにそう言った。


 雨が、降る。

 音を立てて。

 これ以上ここにいてはいけない。

 だからお前の手を振り払おうとした。けれど、振り払わなくてもそれは容易く開放された。

 俺は周りを見回す。

 この雨がしのげる場所を探して。

 これ以上ここにいては、いけない。

 雨は強く降る。だから早く。

 雨宿りできる場所を見つけようと、走り出した。逃げるように。走りながら周りを見回す。

 雨の中に立ち尽くすお前の姿が、目に入った。

 俺を見つめていた。

 ただ、黙って。

 俺は足を止めた。

 ──もう、雨宿りの意味すらなかった。


 いつの間にか、雨はどこか遠くへ行ってしまった。

 空から射す太陽の光が俺たちを包んだ。お前の髪から落ちる雨のしずくにそれが反射していた。しずくはゆっくりと頬を伝ったが、その行方を、俺は目をそらしてしまい最後まで見ることができなかった。


 了

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